231.追憶 -蔓延る病-
残酷な表現があります。ご注意ください。
あの一件以来、オレ達の進撃は続いた。
あの頃オレはどれだけ人外れた様相をしていたのか。
オレ達が紋付やキメラを討伐していくにつれて戦争は佳境に入っていく。むしろオレ達が促進しているのではないかと思ったくらいだ。
そんなオレ達に言い渡された命令は突然の休暇。
何を悠長なことを言っているのか、とオレは思うと同時にこの頃何も時間を潰すことなど持ち合わせていないことに気がついた。
班長であるウルツさんでさえ疲労の色を見せていた頃、飄々としていたのはやはりエメリッヒだった。覚悟が決まっていたからか、それとも何か違う要因か。オレには一切分からなかった。
何もない日々をただ身体の休養にあてていると、帰省から戻ってきたらしいゾエに出会った。彼女も班を結成した時より痩けたなと失礼なことを考えていたが、彼女もまた自覚していたのか苦笑するに留め、オレを呼び止めた。
「ゾエは実家に帰省してたんすか。」
「そう。母さんと、ドロシーに会いに行ってた。」
「ドロシー?」
「私と同じ能力を持ってる子。血は繋がらないけど、大切な家族。能力のせいで孤児院に預けられた所で私と会ったの。」
他人とは思えなくてね、と彼女はエリア:ジパングでこさえてきたらしい抹茶の菓子を無理やりオレの口に突っ込んだ。比較的向こうは平和らしく、こちらのような戦争の日々はないようだ。
「……リーンハルトは休めた? 恋人とかは?」
「いると思いますか?」
「いないわね。そんな春めかしい顔見たことない。」
「分かってること聞かないでください。」
この時のオレはロクな関係などなかった。
1回知り合いの班員に進められて女性と恋愛ごっこをしたことはあるが無理だった。気持ちが向かない。それをきっかけにオレは絶対に好きと思わない限りは恋人など作らないと誓った。それなら1人の方がよほど有意義だ。
ゾエはそんなオレを見て笑うばかり。
「いいわよ、恋は。」
「したことあるんすか。」
「リーンハルトと一緒にしないで。それなりにはしてるわよ。」
「へー。」
「興味ないわね。」
オレは図星だったため答えなかった。
「……戦争が一区切りついたらさ、たくさん旅でもするといいわ。それでトーキョー支部にでも行きなさいな。」
「なんで。」
「研修に行ってた頃が1番人間らしい顔してた。それにいいとこでしょ、エリア:ジパング。リーンハルトの好きな抹茶菓子もたくさんある。」
確かに、言われてみるとオレの人生の中であの2年が1番穏やかだったのかもしれない。だが、この時のオレに具体的な未来を描く思考なんて残ってなかった。
「……生き残ったら考える。」
「大丈夫、リーンハルトは生き残る。そんな気がするし、君みたいな死に急ぎは私を含めた周りが死なせないから。欲張ってみなさいな。」
ゾエはオレの背を数回叩くと明るく笑った。
さてここからはリーンハルトも知らない話も含まれることとなるため、この物語を見守る人々に全ての真実が伝わるように語ろう。
全員が休暇を終え、再集結した頃、このユーマニティ戦争の戦況を大きく揺るがす武器が投げ入れられた。
それが感染症、【ヒューマンウイルス】というものだった。シモンをはじめとするオリヴィアや当時感染症センターに勤めていたアドルフを中心に各エリアの研究部門は盛んに解析や実験を進めていた。
恐るべくはやはりシモンの能力であった。
彼は人造人間であり病にかからないイチヨウとうまく連携をとりながら病が蔓延る現場で解析を進めていた。
彼は病が発見されてから1週間でウイルスが、キメラ作成の際に生まれたものであり、異種同士の血液の混合と新人類の甲状腺から抽出されるホルモンを多く含む脳髄液を化合させることで精製されることが判明した。
そして間もなく、そのウイルスがヒトにしか感染しないこと、アドレナリンの分泌により活性化し、宿ったヒトが生命活動を終えれば、その後約72時間かけて死滅することやヒトからヒトへ移ることがないことも明らかとなった。
ただ、なぜか感染は緩まることなく人類を蝕むように拡大していく。
しかし、シモンは天才だった。
そのさらに1週間後にはそのウイルスを2日で殺す薬を作り出してしまったのだ。
大打撃を食らっていた特務隊は感染拡大地域へと派遣され、戦と病の鎮圧に奔走した。その中でオレ達は紋付や強い敵と遭遇することもあり確実に戦果を上げていった。
そこで、パウルの事件が起きた。
リーンハルトがある紛争地域に行っていた頃に起きたことだ。この時リーンハルトとエメリッヒは別の地域に派遣されており、一連の出来事や犠牲を知ったのはのちの話である。
パウルの事件、とは普段冷静な彼からはどうも想像し難いものであった。彼が他の班員の戦果を聞き、休養中にも関わらず焦って単独で別の班の討伐任務に合流した上、大怪我をしてきたのだ。
結果としては、パウルのおかげでその班の全滅は免れたのだが、休養を言い渡されていたにも関わず、命令違反をした彼の罪は重い。
その尻拭いは、パウルの弟であるフィリップが行うことになった。
本来は同じ班に所属する2人でツーマンセルを組んでいくのだが、前線に出る予定のなかったウルツがヤンと、パウルが治癒次第モニカと組んで応援という形に収まった。
同じ班のゾエも、弟のフィリップも、どちらもその出来事には驚きを隠せなかった。
「でも兄さんがあそこまで焦るなんてなー。」
「兄弟だから分かる、なんて言わないの?」
「言わねーし、言えねーわ。」
「ゾエさん、フィリップさん。」
待ち合わせの場所に現れたのはアドルフだった。
彼は急いで精製したらしい持てる限りのワクチンを2人に託してくれた。
「重いから落とさないようにな。」
「はいはい。っと。」
「どうしたの?」
フィリップは器用に片手でダンボールを持ち上げると右手に何かあったのか手の甲をジッと凝視した。その様子をアドルフもまた不思議そうに見つめていた。
「どうかしたか?」
「いや、何かチクっとしたような……静電気かね。アドルフさん、すみません。」
「私はそんなに感じなかったから気にしなくていいよ。戦ったらもっと痛いことなんて山のようにあるだろう?」
「それもそうですね。」
2人は笑い合う。
【分解】とか【針】とか、静電気より余程痛い能力を持っているくせに何を言っているのかとゾエが呆れながら自分に託されたワクチンを抱えた。
「ほら、さっさと行きましょう。」
「はーい。じゃ、行ってきます。」
「気をつけて。通信機の方にワクチンの説明書……副作用などを記載したデータを送ったから確認しておくようにね。」
2人はアドルフに見送られながら目的地に向かった。すでにこの時から『Dirty』にとっての最終決戦の火蓋が切られたことも知らずに。
2人は現地に着くとすぐに現場の医師達に薬を渡した。その療養施設には数百人が過ごしており、誰もがその特効薬で救われると信じていた。
だが、一向にその効果は出なかった。
「これ確実にアドルフさんから貰ったもの?」
「間違いねーよ。オレ達2人が離れることはなかったし、貰って寄り道もせずに来たからな。……ハァ。」
怠そうにため息をつくフィリップはやや顔が紅潮しており、ゾエは怪訝な表情を浮かべた。
「大丈夫? フィリップ、もしかして。」
「……大丈夫、とは言い切れねぇよな。任せていいか?」
「もちろん。検査してもらいなよ。」
フィリップは素直に頷き、検査室に向かった。
薬の効果は必ずしも効くとは限らない。だが、シモンは限りなく100%に近いものを作り出す。その男が全員に効かないものを作り出すわけがない。
それならば何らかの副作用かと現地の医師とともにアドルフから渡された説明書のデータを確認した。だがそこにも思い当たる記載はなかった。
その原因を確認している最中、2つの出来事があった。
1つ目は、なぜかその施設全体で通信機が外部地域と繋がらなくなっていることだ。物資供給はゾエ達が来る日と同日に行われたため1週間後まで外部から人が来る予定がない。つまり完全に外への連絡手段がないのだ。
2つ目は、フィリップが感染症を発症していることが判明した。
ヒトからヒトへの感染はないとされていたにも関わらず、これには医師も動揺を隠せなかった。検査を行なったがウイルスの変異はなく、症状も感染経路を除けば従来のものと変わらなかった。
そして、前駆症状は体熱感や息苦しさなど風邪のような症状なのだが、次第に筋肉が壊れて身体全体の痛みや虚脱感に襲われ、最終的には動けなくなる。
その期間は1〜2週間と言われるが、今回はその期間が短い。
嫌な予感がする。
ゾエはすぐに近くにいた鳥を音で呼び寄せ、メモをつける。決して鳥を制御することはできない、でも誰かに届いて、と。
通信機が使えない今、そして救援物資が来ない今、藁にもすがる思いだった。
「……何で!」
ゾエもまたその数日後、前駆症状を呈していた。加えて検査も陽性、絶望的だ。筋肉量が少ないゾエはそれなりに進行が早かった。
自分たち以外にも新たに発症した医師が数名いた。どういうことだと首を捻っていると医師の1人が尋ねてきた。
「あの、お伺いしたいんですが、何かここに来るまでに違和感というか変わったことはありませんか?」
「……変わったこと?」
「ハイ。我々も一部の者だけ発症しているんですが、やはりウイルスは変容していないんです。」
「どういうことですか……?」
「我々の中で発症した人間は、いずれもワクチン、予防薬を入れた人間に限るんです。加えて、病の進行が早い人間はお2人が持ってきてくださった薬を服用した人に限るんです。」
医師の言葉にヒュッと喉が鳴る。彼の言うことが意味すること、それは自分たちが疑われているより他ない。
「私たちが持ってきた薬品を疑っているんですか?!」
「そういうわけではありません。この薬品は一度開けてしまえば変性します。素人がそれを一瞥して分かるわけがないんです。もしあなた達がうまく能力を隠しているなら……。」
「それはありえません。互いに素性は割れていますし、あ、」
ゾエは思い当たることがあった。
今回の薬を渡してきたのはアドルフ、彼が薬を準備した。そして通信機が使えなくなったのは彼から送られてきた薬の説明書を開いたときだ。
彼もまた付き合いは長い。
だが、何より受け渡しの時にフィリップが何かに刺された感覚があったと言った。その場では気の所為で終わってしまったが。
「あの、私の手の甲に何か傷はありませんか?!」
「傷ですか?」
箱を渡された時に自分の手がアドルフと確かに重なった。そこで自分が気づかないほどの小さな傷をつけられていたのなら。
医師は【超視力】を用いて確認をした。
「何か針で刺しました? でも、それにしては傷が小さすぎるような……。」
「やっぱり!」
裏切り者はアドルフだ。
しかも、感染症センターに潜り込んでいる人間でないか。
自分はどうすればいい。
通信機が使えない今、連絡ができない今、どうする。
ゾエはペンを紙に滑らせながらその医師に告げた。彼は確か感染していない上、新人類であるからそれなりの身体能力もある。
「あなた、今元気よね!」
「は……ハイ?!」
「なら、今すぐこの療養施設を出てこの手紙をウルツ班の誰かに渡してください!」
「万が一の未知の感染症を広げるわけにはいきません! それにあなたの治療が……。」
「あなた達の目は節穴ですか、違うでしょう! あなた達がウイルスに変容はない、薬剤のせいだと言うなら私は信じます! 私は間に合わない可能性が高いからいい、それでたくさんの命が救える! 今あなたのやることはここから走り出すことです!」
見えないリスクと見えている情報、優先すべくは明白だ。
医師にもそれが伝わったのだろう。彼もまた下唇をグッと噛んだ。
「……分かりました!」
「……お願いしま、」
ゲホ、と咳き込むと口の中に血の味が広がる。
だが、医師は振り返らず走り出した。ゾエも大人しくする気は無かった。
「フィリップ、フィリップ!」
「何かあったか。」
たった数日にも関わらず彼は所々腫らしており、気怠そうであった。どうやら熱もあるようで何とか立っている、といった様子であった。
サージカルマスクを申し訳程度にしようとしたが、ゾエは興奮気味に話し出す。
「感染センターに裏切り者がいる! しかも今回のをきっかけに大きく動き出す可能性が……!」
「キャアアアア!」
施設の外から悲鳴が聞こえる。2人は先ほどまでの気怠さを感じさせない俊敏な動きで表に出た。
目の前には、遺体。
ゾエが手紙を託した医師が倒れている。
「あらあらあら? ウルツ班の女ねぇ。でも、もう死にかけかしら?」
「……何だよアレ。」
「……フィリップ。」
ゾエの言葉にフィリップは動きを止める。
目の前の『Dirty』の人間の手には『d』の文字が刻まれている。そして妖艶な彼女が率いるのは、大量のキメラと多数の敵。
そして、ヨコハマに現れたヒュドラを模した巨大なキメラである。
フィリップの目には絶望が映っていた。しかし、ゾエは鋭くそれを睨みつけた。あることを、成し遂げるために。
この辺のエピソードは番外編モニカ、パウルで語られています。




