224.語りき話譚
「あ、ケイ。」
「お、ルイホァ。」
2人はリーンハルトの家に向かう途中の道でたまたま出くわした。ケイは日中は高校に行っており、部活にも参加したらしい。自分持ちのジャージを着ている。一方で、ルイホァは訓練帰りのためジャージを入れたカバンを持っていた。
「オリヴィアさんとハーマンさん、ヒロタダさん、エルナさんは仕事、シュウゴさんは大学だって。」
「もー、最近任務も少ないから鈍っちゃうよ。」
「まぁ特務隊の仕事が少ない分にはいいことなんだけどなぁ。」
「そうだけども〜。」
元々話し好きではあるが、いつもより妙に饒舌なケイにルイホァは違和感を抱く。
「何でケイが緊張してるの?」
「いやーだってよ。戦争の話ってピンとこなくて。それにリーンハルトさんってさ、何やかんや自分のこと話さねーじゃん?」
「まぁ、隠し事は下手っぴだけど本当に知られたくないことは素振りを見せないよね。」
あぁ、とケイは頷く。
「……でも、戦争の話は聞いて楽しいものではないよ。リーンハルトと、その周りの話を聞く限りじゃ元々ウルツ班に所属していた8人のうち3人は亡くなってる。」
「あぁ、フェベさんの娘のゾエさん、オリヴィアさんの婚約者のシモンさん、リーンハルトさんの親友のエメリッヒさん。」
「そう。」
「でも、オレ達が向き合う最終決戦に勝たなきゃその犠牲の繰り返しだ。聞かなきゃどうしようもねーよ。」
「……そうだね。」
ルイホァはケイの言葉に頷いた。
「あれ、何でここに?」
「どうも、図書館に本を返しに。」
くぁ、と眠そうにシュウゴは欠伸をこぼした。12月のような寝不足ではなさそうだが、任務明けで疲れているらしい。
ヒロタダの家に向かうため、ヒロタダは徒歩、シュウゴは自転車を引きながら進む。
「聞きましたよ。ケイとヒロタダさん、無傷で紋付を倒したって。オレがボロボロになって倒したのに、ってちょっと思います。」
「あはは、今回は相性も良かったし、ケイが接近戦で圧倒的に有利だったからな。でも、きっとアドルフさんはシュウゴじゃなきゃ倒せなかっただろう。」
「味方が強すぎましたから。」
実際のところ、能力以外の武器の使い方に優れる人だからヒロタダの指摘はごもっともなものである。
彼の自虐は本気でなかったようでのほほんと口を開く。
「でも、2人の能力とか、エルナの能力って平和ですよね。オレ好きですよ。無敵要塞って感じで。」
「……シュウゴ、唐突すぎて意味が分からない。」
恐らく彼の脳内では何か思考があったのだろうが、【共感】を使うわけではないため分からない。
シュウゴはオレ口に出してませんでした? とすっとぼけたことを尋ねている。ヒロタダが頷くと彼は口を開いた。
「だって3人の能力って相手を怪我させずに無力化できるじゃないですか。」
「使い方次第だけどな。」
「そうですけど。でも、そういうのに救われてる人っていると思うんですよね。」
ヒロタダはシュウゴの言葉に足を止める。
エルナはモモ・カンナヅキを、ケイはクリフォードやハンフリーを救った。
「僕は……。」
「逆説禁止です。ヒロタダさんだって気づいてないだけできっと救ってますから。」
「やけに強気だな。」
シュウゴは目を丸くすると、ふと笑う。
「やっと、助けたかった人を助けられたからかもしれません。」
行きましょ、と彼は歩き出す。
細くはあるが出会った時に比べるとだいぶ頼りになる背中になったなとヒロタダは微笑んだ。
「ハーマンさん! ごめんなさい、迎えお願いしてしまって。」
「構わない。今回ばっかりは遅れるわけにはいかなそうだからな。」
「そうね。お酒は飲めなそうだから残念だわ〜。」
そんな彼女もまたどこか緊張しており、決してそんなことは思っていないだろう。
助手席に乗り込むとシートベルトを装着する。それを確認したハーマンはアクセルを踏む。
「でも驚いたわ、あのリーンハルトが自分から戦争のことを語るなんて。」
「今までで話すことはあれど、あくまでも報告の一環や情報を補うためって感じだったからな。」
「そうなのよ。もういっそ墓場まで持っていくつもりなんじゃないかと思ったもの。」
それはお前もだろ、とは言えないがオリヴィアにはバレているだろう。ハーマンはハンドルを切りながらため息をついた。
「でも、話してくれるってことは、やっとリーンハルトが私達を戦力として全面的に扱う覚悟ができたってこと。
今までは信頼はせど、失うことが怖い故に守ろうっていう意識が無意識下に働いていたようだから。」
「それがこっちにバレてることは気づかない、妙な所で鈍感だ。」
「恋愛もね。」
「そうだったな。」
2人はあはは、と笑った。
「ただ、私たちが話を聞かなければならないってことは、それ以上に今までみたいに協力してどうにかするとかあとから来る助けを頼りにしてってことが許されない可能性が高いから、気は抜けないけどね。」
「そうだな。」
オレもやるべきことを、とハーマンは内心で決意を固めた。
「あら、リーンハルト。締め出されてるの?」
「バッカ、ヒロタダがまだ帰ってきてないんだよ。あと5分くらいっつーから食べ物とか飲み物買ってきたの!」
「寒いんだから部屋で待ってればいいのに。」
「待つっつの! エルナも入るか?」
「いいの……?」
「ここで外で待たせるとかオレ極悪非道すぎないか?」
エルナは言われるがままにリーンハルトの部屋に導かれる。
何てことないかのように入ってしまったが、エルナの心臓は一気に暴れ始めた。鼻腔にリーンハルトの匂いが届き、緊張もさらに増していく。
「どうした赤い顔して。寒かったか? 早く入れば?」
「ぶぁ、バッカじゃないの! 寒いに決まってるでしょ!」
「何でそんな怒られんのオレ……。」
そんなリーンハルトを玄関に置いてエルナはズカズカと中に入る。
リーンハルト班の人が勝手に持ち込んだものや贈ったもの、あとは家具や家電しかない殺風景な部屋。確かに彼はここで生活しているのにすぐに消えてしまいそうな、そんな部屋。
「アンタ、結婚しちゃえばいいのに。」
「はぁ? 何でそうなった?」
リーンハルトの非難は気づかぬうちに不満も含んでいたのだが、それにエルナは気づかない。
「だって、そしたらアンタには家族がいて、帰るところがあって、暖かい家も、守る物も、愛情を注いでくれる人も、生きる明確な理由があることになるでしょ?」
「……まぁ、そうかもしれないけど。でも、好きでもない相手と結婚する趣味はねーぞ。」
「今のリーンハルトは相手のことを好きであればあるほどしなそう。」
彼は目線を逸らす。
否定の言葉は口にしなかったあたり、それは肯定なのだろう。
「じゃあ今度オレの質問な。」
「今更何よ?」
「お前はのこのことそんな寂しい男の部屋に入っていいわけ?」
「は?」
不意にリーンハルトの気配が背後に迫る。
かかる息に彼が近距離にいることを容易に察する。
もちろん振り返ると目の前にはピンクの髪の男の顔があり、彼女の呼吸は止まる。
「大体、あの広告撮影の時だってそうだったんだよ。」
「……何の話よ。」
「お前がパーソナルスペース狭すぎって話。今の発言もだし。本当に調子狂う。」
この言葉の真意はどこにあるのか。
エルナが口を開こうとした時だった。
ピーンポーン。
まるで呑気な音が部屋に響く。
リーンハルトは情けない顔でエルナから離れると弱々しい声で返事をしながら玄関の扉を開けた。チャイムを押した主はシュウゴだったらしい。
「リーンハルトさん、お待たせしました。ヒロタダさんの家開き……、」
シュウゴの視線が玄関に置いてあるもう1つの靴に注ぎ、そのまま部屋の奥にいる人影に移る。
彼は僅かに目を細めると、靴箱に置きっぱなしの買い物袋を手に取った。
「ごゆっくり。」
「待て待て待てオレらも行くから。エルナ!」
「むしろあたしが先に行くわ!」
勢いよく飛び出た彼女はそのままチャイムも無しにヒロタダの部屋に入っていった。
「……何してたんですかムッツリ。」
「はぁ?!」
その赤面が全ての答えだろう。シュウゴはわたわたとするリーンハルトを一瞥すると、それ以上の言及はやめ、さっさとエルナに続いてヒロタダの部屋に入った。
30分もしないうちに全員が集まった。
どのタイミングで話すかとヒロタダは思ったが、何やらシュウゴが呆れたような顔で先に食事を、と言ったため、食事をとってから話す運びとなった。
食事中、何やらリーンハルトとエルナが妙な動きはしていたが、この2人にはよくあることだと誰も気に留めない。
茶を飲んだ所で何となく落ち着いた空気になり、リーンハルトが寛ぎながらも口を開く。
「昨日今日で集まってもらって悪かったな。」
「リーンハルトも、やっと話す気になったんだ?」
ルイホァがいつも通りの勝ち気な言葉を告げると、彼は参ったと言わんばかりに手を挙げた。
だが、その後に7人に向けた表情は任務前の表情と寸分違わない、どこか緊張感を帯びた表情だった。そんな彼の様子に他のメンバーも笑みを消した。
「……さて、ユーマニティ戦争のことも話すわけだがどこから話せば。」
「お前が生まれたところから話したらどうだ?」
「長くなるぞ?」
ハーマンの提案にリーンハルトはいいのか、と目を丸くした。しかし、その場に提案を棄却する者はいなかった。
「話せばいいんじゃないっすか? オレ達はみんなリーンハルトさんの話聞きたくてここに来たわけですし。」
「そうか……。」
ケイの言葉にリーンハルトはどこか安堵したように呟く。
そしてどこか遠くの、懐かしい記憶を思い返すかのように窓の外を見た。
すべてのはじまりはあの日。
自分が生まれた自然豊かな、エリア:ドイツの田園風景を思い出しながら、リーンハルトは話し始めた。
次回より過去編に入ります!
残酷な描写が増えますのでご注意ください!




