223.失われる家族の繋がり -親子-
戦闘描写があります。ご注意ください。
この勝負に持ち込んだのは、ケイには勝算があったからだ。純粋な身体強化のみでの戦いなら勝てる可能性があると。
だが、どういうことか。目の前の男の動きは酷く鈍い。その証拠にケイは2撃入れており、手負いは一切ない。
このチャンスを逃すほどケイは甘くない。
警棒を構えるとタバートの蹴りをいなしつつ彼の鳩尾に拳を入れる。確かに入ったが浅い。間際に後ろに跳ばれた感覚があった。
本来ならそこから追撃をする。しかし、ケイは突如正面から放たれる奇妙な気配を警戒して足を止めた。
タバートは真っ直ぐにケイを見つめる。
エルナやヒロタダから聞いた話では戦闘狂の変人、リーンハルトから聞いた話でも決して口数の少ない人間ではないらしい。
この種の視線、まるでリーンハルトが激怒した時と同じではないか。
「……愚息の知人にしては利口。だが愚かしい真似だ。オレは今回お前達と殺し合うつもりはない。」
タバートのあまりにも自分勝手な発言にケイの眉間には深く皺が刻まれる。
「フェベさんを、リーンハルトさんの親友を、たくさんの人間の命を奪っておいてどの口かそんな馬鹿げたことを言ってんだ。親子の因縁だか、進化した新人類同士の熱戦だとか関係ねぇ。オレがここでアンタを仕留める。」
「……クソガキめが。」
目の前の男は口角を上げると、勢いよく地面に踏み込んだ。まさに足がめり込むほどに。
何自滅行為をしているんだとケイは目の前の光景を疑ったがすぐに彼の狙いは分かった。
「【生命の血樹】。」
かつて仲間だったフェベを殺した技。
血液から生み出された自動追尾型の樹木の枝が命あるものに迫ってくる。それは何かを仕留めるまで止まらない。
噂には聞いていたがケイにとっては初見。【無効化】が地中まで効いていないことを見越して、地中を通るように技を発動させたのだ。この技はかなりの速度で放たれるため、【無効化】がすぐさま発揮されず地面から出てから少しラグを生む。
ケイは攻撃する余裕もなく避けていると小さく通信機からヒロタダの声が聞こえた。
それと同時に【無効化】が消えた。
ケイは全身から【黒炎】を噴き出す。
そしてタバートは能力が自分だけにかなりの濃度でかけられていることに気づく。【無効化】の効いている空間は必ず使用者に繋がっている。
「そこか……!」
「ヒロタダさん!」
【生命の血樹】は林の奥にいたヒロタダに一直線に向かう。それをケイの【黒炎】も追いかける。
だが、スピードはどっこいどっこい、いずれもヒロタダが咄嗟に出せる速度ではない。
「【水源化】!」
突如飛び降りてきたのはリーンハルトだった。
高速で移動する樹木の枝を手で握り、血液を水と化す。リーンハルトが無理矢理握った手からは血が出ているが、リーンハルトは然程気にした様子はない。
その様子をタバートは気に入らなそうに睨みつけた。
「お前も、ヨハナも、気に食わねぇ。思い通りにならねぇ。」
ポツリと呟いた言葉は誰にも届かない。
背後の、ケイにも。
ケイは先ほど戦いを交えたディルクから奪ってきたナイフを振るう。もちろんその刃には猛毒が塗られたまま。掠った時点でケイは一度距離をとった。ナイフが奪われ、やり返される危険があったからだ。
そしてタバートの足下に氷が伸びる。
タバートはすぐに自分の体内に入った異物に気づく。
「「逃がすか!」」
息子は暴走せずに進化した能力を易々と使いこなし、彼が見つけた才能の塊もまた同様に進化していない状態の優れた能力を見せつけてくる。
気に入らないことばかりだとタバートは舌打ちをする。
「クソガキども、舐めてんじゃねぇぞ! 【死の芽生え】!」
「「「!!」」」
3人とも足場の揺れに驚きはするも確実に対応する。
地面に生えていた【生命の血樹】から、誰かを狙うわけではなく無差別に生えていく。
「ケイ!」
「はい、【黒炎雨】!」
「【水源化】!」
森から天高く伸び市街地へ向かおうとする枝をケイの黒い無数の炎が燃やしていく。
そして、地面からはリーンハルトがタバートの能力を全て水に変えたが故に泥水が溢れ出す。
ヒロタダは2人の制圧力に驚きつつもタバートの逃げ先を目で追う。その速さはリーンハルトやケイが瞬間的に見せるような全速力の動きを常時発揮しているような速度。遠目だからこそ目で追えるような速さだ。
「リーン、北西の方角!」
「……ッ、」
「追いますか!」
「……いや。」
タバートが向かった先には町がある。特務隊も駐在しているため問題はないだろう。
それにタバートのあの動きを見る限り、恐らく彼もまた能力を解放し、副作用に冒されている。街中で暴れるようなことはしない。
「あの速さで逃げてる中、待ち伏せも考えられる。それが1人とも限らねーから準備が整ってない、しかもこっちも正式な班じゃねぇから追わない方がいいだろうな。」
先ほどの腑抜けとは一変、目元は真っ赤になっているが冷静な判断を下すリーンハルトがいた。
ふと、ケイと目が合う。彼はこちらに訴えてくるためヒロタダが口を開いた。
「……リーン、お母さんとは。」
リーンハルトは目をぱちくりとさせると、ふっと柔らかく微笑んだ。
「おかげさまで。エルナもいてくれっから大丈夫だ。さっきは悪かったな、2人とも。」
ヒロタダは再びケイと顔を見合わせると安堵したように笑い合った。
それから施設に戻ると、エルナから報告を受けたらしいベルリン支部の特務隊員が集まっていた。そこには案内を務めてくれたナータンも班長として来ていた。
彼はちょうどヨハナに手を合わせていたところらしく、血塗れのリーンハルトの手を見て困ったような顔をした。
リーンハルトは施設側の手続きを済ませると、代わりに報告を行なった3人の元へ戻ってきた。
「おう、ケイとヒロタダもお疲れ。まさか無傷で紋付とか倒してくるとは思わなかったぜ。エルナも、悪かったな60kg担がせて。」
「冷静に考えると面白かったすよね。オリヴィアさんやルイホァに見せたかった。」
「揶揄うんじゃないわよ!」
脳天が届かないため腹に拳が打ち込まれた。
それを見てリーンハルトはケラケラと笑っていた。
「……でも、3人のおかげで最後の最後に聞きたいことも聞けた。名前を呼んでもらえた。十分だ。」
親子なら無償の愛情をもらって、普通に名前を呼んでもらって、何てことのない日常をともに過ごす。
それにも関わらず、リーンハルトは十分だと言わんばかりに笑う。
「十分なわけないだろ。バカ野郎。」
「……!」
軽くハグをしてやると、少しだけ耳元で息を呑んだことがわかった。控えめに額をヒロタダの肩に少しだけ置くと、息を長く吐きヒロタダの背を叩き礼を述べる。
「オレも、今回ので考え直した。またオレがポンコツになる可能性も否めないし、ケイやヒロタダの戦いの報告を聞いて、オレ達の班は間違いなく『Dirty』との最終決戦で主力になると確信した。
だから、みんなは知っておくべきだ。
……オレが経験してきたユーマニティ戦争の全てを。」
「……最終決戦は戦争になるってこと?」
「そうだ。」
エルナの質問にリーンハルトは頷いた。その言葉の厳しさにエルナは顔を強張らせた。
「エルナには声優の道がある。ケイも来年から特務隊を辞めてバスケ選手だ。ヒロタダも裁判所事務員としての仕事がある。他の4人だってそうだ。だから、ちゃんと戦争を知って、それから参加するのか決めてほしい。」
「なら早いうちがいいっすよね! 明日とか!」
へ? とリーンハルトは虚をつかれたように間抜けな声を漏らす。
ケイはちゃっちゃかと通信機を繋げる。少し考えた様子で、公的なものでなく私用の回線に切り替えた。
「オレ、とりあえずルイホァに聞いてみます。明日の夜、ヒロタダさんちでいいっすよね?」
「いいけどもまた僕の家?!」
「あ、繋がった。ルイホァか、今いいか?」
通信機の向こうから『大丈夫だよ!』という彼女の明るい声とパウルの声がした。
まぁ事務室よりは落ち着くかと、勝手に納得してヒロタダも誰かにかけようと考える。確か3人は合同任務の筈、内容は能力発動した動物の保護であるからオリヴィアとシュウゴは作業をしている可能性が高い。
なら、ハーマンか。船の運転で気づかなければシュウゴにかければいい。
『こちらハーマン。どうしたヒロタダ。』
「すみません、任務中に。」
2人はリーンハルトの予定など聞かずに手早く約束を結んでいく。
「エルナは予定大丈夫なのか?」
「別にないわよ。昼間に仕事は終わるからね。」
「あ……そう。」
「申し訳ない、とか思わないでよね。」
リーンハルトは図星だったらしくエルナの言葉に肩が揺れる。その指摘にさらに申し訳なさそうに顔を歪めた。
いつもの調子で分かりやすい反応を返すリーンハルトにエルナは鼻で笑った。
「アンタはそれでいいのよ。班で集まった時からちょっと強引で、仲間思いのおバカで。」
「……おバカいうな。」
不貞腐れたように言ってみたものの、おそらく聞いていないだろう彼女に苦笑いを浮かべた。
【こぼれ話】
リーンハルトは見た目母親似、性格はかつて父親とそっくりだったそうです。ただ根っこの部分は母親に似ており、幼少期のほとんどをウルツとエメリッヒと過ごしているため、あまり影響は受けていません。




