二十二話
自宅へ戻ると、さっそく獣医学会の事務局の番号を調べて電話をする。
「はい、こちら大東亜獣医学会の事務局です」
女性が出た。
「あ、私、真岡という者ですけど、先日そちらの会員さんが亡くなった件でお尋ねしたいことがありまして」
「あー、少々お待ち下さい」
保留音が鳴り、すぐにバトンタッチする。責任ある立場の人に変わるのだろう。
「はい、お電話変わりました。先日の事件についてのご質問と承りましたが、改めてどちら様ですか?」
「事件の犯人の捜索に関わった探偵事務所の者です」
大学や研究室に迷惑は掛けられないので、思わず探偵事務所を出してしまった。
「ああ、探偵事務所の。お話は警察の方から伺っています。それで何をお聞きになりたいんですか?」
「はい。殺害された辺春さんは誰かに恨まれたりしてましたでしょうか?」
「犯人は捕まったと聞きましたけど?」
慎重な受け答えだった。
「私が聞きたいのは、辺春さんと普神博士の関係です」
真岡は率直に尋ねた。妙な腹の探り合いは不利だと考えたのだ。
「どこまでご存知ですか?」
相手は、その二人を並べたことで食いついてきていた。
「普神博士が、科研費のことで辺春さんと揉めていたということくらいですね」
「噂レベルですね」
「本当のところはどうなんですか?」
「普神博士は、辺春さんが殺された翌日に科研費を請求し、それまで通ることのなかった申請を通しました。その科研費は数日前に支給されています」
かなり具体性のある発言だった。
「事実ですか?」
「はい」
「そうですか。ありがとうございます」
「いえ、それよりも。私が話したことは内密にしていただけますか?」
「もちろんです」
「助かります」
「失礼しました」
「はい」
真岡は電話を終えて、聞いたことをパソコンのワードプロセッサーへ打ち込んだ。
「いきなりすごいことを聞いてしまった」
普神は、殺害に関与したことを隠そうともしていないようだった。それよりも自分の研究が進むことに喜び、周りが見えていないようなのだ。
「これはもしかすると、誘拐事件の後も」
普神が尻尾を隠す気がないとわかり、確かめるのも簡単になってきた。
「次は、中平博士だ」
真岡は、画像からわら半紙へ書き写した番号をフリック入力して、中平博士へ直接繋がる番号へ掛けた。
数度の呼び出し音が鳴った後、病院で聞いた声が出る。
「はい、中平です」
「あ、はじめ、じゃない、昨日はお世話になりました。病院でお会いした真岡と言います」
「ああ、孫を助けてくれた。ん、どうやってこの番号を?」
「どうしても確かめたいことがあってなんとか入手しました。質問を一つしてもよろしいですか?」
「すさまじい執念だな。なにかね?」
真岡は一度深呼吸してから尋ねた。
「お孫さんが誘拐された後、普神先生の研究に許可を出しませんでしたか?」
中平は、言葉を詰まらせていた。
「どこで聞いた?」
「普神博士の人となりから想像しました」
「そうか」
普神の人格により、若干の嘘も信じてもらえた。
真岡は、真実を得ることよりも普神の研究に対する異常なほどの好奇心に薄ら寒いものを感じる。
「君の想像通り、孫がさらわれたと聞いた私が研究所を留守にしている間に、普神博士は計画書を提出し、副所長から半ば強引に許可を得た。もう止められないだろう」
「やっぱり」
「君はなにを調べているんだ?」
「実は、普神博士が学術振興会の辺春さんの殺害と中平博士のお孫さんの誘拐に関わってるのではないかと考えています」
「昨日もそんなことを言っていたな」
「辺春さんが殺された翌日に、博士は科研費の申請を通しています。偶然とは思えません」
「そうか。そういう可能性もあるな」
中平博士は、疲れ切った声で真岡の考えを了解した。
「お孫さんは大丈夫でしたか?」
「ああ、君の応急処置がよかったらしい。脳や臓器もそれほど深刻なダメージを受けていない。数日中には退院すると思う」
「良かった。質問に答えていただき、ありがとうございました」
「もしまたなにかあれば連絡を寄こしなさい」
「いいんですか?」
「ああ。一度くらいは孫の命の恩人の役に立ちたいからな」
「はい。そのときはお力を貸してもらうかもしれません。ありがとうございました」
「うむ。それでは」
通話を終え、研究所の所長との繋がりを持てたことで天にも舞い上がりそうな気分になった。
「それじゃ、あとはモモネか」
真岡は、モモネに会って謝るための方法を考えた。




