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二十一話

 翌日の寝覚めは、真岡にとってかつてないほど気分の悪いものだった。

 まず、よく寝付けなかった。

 次に、寝た気がしなかった。


 最後に、一晩中考えてみた結果、事件と普神が無関係とは思わなかったし、モモネに吐いた暴言は謝らないといけなかった。


 寝床から起き上がり、顔を洗い歯を磨いてもすっきりとしない。問題を放置したまま、なんの対応もせずにいるのが気持ち悪かった。このまま採用通知を運良く見つけたとしても喜べる気がしないのだ。なによりも別れ際のモモネの顔を良いものに塗り替えたくて、胸の辺りをかきむしりたくなる。


「ダメだ、このままじゃ合わせる顔がない」


 小さな洗面台に真岡の吐き出した水で鏡ができていた。古いシンクはどんなに綺麗な水を張ろうとももぼやけた顔しか映さない。ぼやけたくせに無様に歪んだ表情だけは読み取れた。


「確証だ。確証を得よう」


 真岡はその顔を睨み付ける。

 なんの根拠もなく謝って許してもらえても真岡の気が済まない。

 非の打ち所もなく真岡が間違っていたという証明をするのだ。


 すなわち、普神と二つの事件が無関係ではないことを証明しなければならなかった。


 一般論として、ないことは証明できないことになっている。俗に言う、悪魔の証明だ。ただ無関係でないことは、関係あることを証明することなので可能だった。


 とはいえ、二つの事件の真相は警察で預かって捜査している。

 真岡は頼れる警察官がいないし、鬼崎に頼るのはなんとなく嫌だった。


 もし頼るならば、道祖土を介してになる。そこまで頭の中で線を引いてから、別の切り口を考えた。


 被害者への聞き取りだ。中平博士と学術振興会。どちらも一介の院生には繋がりがない。まして事件に関わることを軽々しく教えてくれるとは思わなかった。それに普神の影響力が予想された。普神をおそれて沈黙することは容易く想像できる。普神の影響がないところから情報を取るしかないのだ。


「誰かいないか」


 数分間、どこかに気安く話しかけられる博士はいないものかと考える。


「あ、自分の研究室の教授がいるじゃないか」


 真岡は閃いた。

 身支度を済ませて、研究室へ顔を出すことにした。


「おはようございます」

「あ、真岡さん。おはようございます」


 眼鏡を掛けた世話焼きの権化がいた。秘書か事務方のトップの方が向いているのに、獣医を志す不思議な女子院生の佐伯だ。


「教授は?」

「もう授業に行きました」


 一級下の佐伯に尋ねつつ、真岡の部屋よりも少し広い研究室を見回した。資料棚が壁際にぐるっとあり、応接用のソファーがあり、院生用の机と椅子があった。数週間前の光景とあまり変化はないように思えた。


「そっか。なんか言ってた?」

「かなり怒ってますね」


 研究室への出席をサボり、論文も見せず、採用通知の紛失を黙っているのだ。いつかは雷をもらわねばならないと思っていた。


「だろうね」


 真岡は教授がいないことをいいことにデスクを物色する。書類に用はなかった。名刺や案内状、お知らせなどの中に中平教授や学術振興会へ繋がるものを探す。公的な連絡先はインターネットで調べれば出てくる。それでは不十分だった。事件に関わることなので、もうちょっとディープな連絡先が欲しかった。


「あの、何してるんですか?」

「この辺に俺の採用通知が落ちてないかなーって」

「まだ見つかってないんですか?」


 佐伯は、ペンを放り出してあからさまに呆れてみせる。


「真岡さん、私は違いますけど他の志望者の心証を悪くするようなことだけはしないでくださいね?」

「ああ、わかってる。わかってる」

「信用なりませんね」

「そう? ところで、教授は最近忙しかったりする?」

「え、そうですね。少し前はなにか慌ただしく電話したりしてましたけど」

「どこに電話してた?」

「そんなこと知りませんよ」

「そっか」


 少し前とやらが、学術振興会員の殺害に関わることだとすれば、どこかに連絡先が控えてあるかもしれないと、さらに物色を進める。


「お」


 クリップで名刺の留めてある礼状があった。


 名刺は、本命の中平のものだった。礼状には、院生を受けいれてくれたことに対する教授からの丁寧なお礼が書いてある。日付を見ると、採用通知が届いたと報告した日だった。


「まずはこれ」


 真岡はスマートホンで名刺の連絡先がぼやけないように写真を撮る。


「真岡さん、それはまずいですよ!」

「内緒にしておいて」

「もー」

「学術振興会のもあればいいんだけど」

「あ、それです」


 真岡が物色を続けると、佐伯が声を上げた。


「なにか思い出した?」

「はい。学術振興会のことで獣医学会に問い合わせの電話をしてたんです。来年度の科研費は滞りなく支給されるのかって」

「獣医学会か」


 真岡は、思考の片隅になかった組織の名前に辟易とした。遠ざかりたいと思っていた存在が、再び現れたのだ。


「そうだよなー、直で関係あるもんなー。事情は知ってそうだ」

「事情って、真岡さんはさっきから何を探してるんですか?」

「採用通知だけど」

「そんな見え透いた嘘はいいですから」

「え、バレてたの?」

「は? バレてないと思ってたんですか?」


 呆れを通り越して侮蔑の域に達した視線が真岡の顔を見据える。


「そ、そうだよね。学会のどこに電話してたかわかる?」

「事務局です」

「ありがとう。助かった」

「あ、どこに行くんですか?」

「採用通知を探してきます」

「はぁ」


 佐伯の盛大な溜め息を聞きつつ、真岡は研究室を後にした。

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