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十二話

 白い狐探しは困難を極めた。


 まず、道祖土が手当たり次第に確認した公的な機関では、狐の存在を把握していなかったのだ。そのため捕獲許可を取ろうにも、先に狐の存在を証明しなければならないという苦しい状況におかれた。


 真岡も道祖土に許可をもらって別行動をして、世田谷区と調布市にある自然の残る地域を歩いて調査したものの狐の存在を示す痕跡すら見つけることはできなかった。かろうじて、調布にある米軍基地で狐が目撃されたという噂話を聞いたが、基地へ潜入する訳にも行かず、確かめようがなかった。


 モモネは一日も休まずに捜索へ同行したが、一切の協調性をオフにしているのか、まったく協力する姿勢を示さなかった。


 サイド探偵事務所のエースでもあるため、道祖土は特に咎めることなく放置していた。モモネに頼らずとも捜索はできると、道祖土だけでなく真岡もプライドを賭けて尽力した。


 捜索から五日目、真岡は研究室の教授に協力を仰ぎ、民間の狐研究家を紹介してもらい、世田谷区と調布市で狐がいる可能性の高い場所を教えてもらっていた。


「はぁ、いねーな」


 真岡は、世田谷区の夕暮れが間近に迫った多摩川沿いを歩きながら、茂みの動きを眺めながら溜め息をつく。


 研究家いわく、狐は神経質で狸のように人家の屋根裏に住み着くような根性はないため、里山がなくなった二十三区ではまず見ることはないとのことだった。


 反論する気など起きなかった。むしろ、素人の真岡ですらそんなことはわかっていた。


 東京に狐なんていない。

 それでも真岡は、諦めなかった。


 神獣がいると思いたかったのだ。狐くらい見つけられると思っていたのだ。獣医として学んできた自分が、野生動物を一匹も見つけられないというのは我慢がならなかった。動物のために学んでいる自分が、動物に避けられるということが耐えられなかった。


 傲慢だった。


 驕り高ぶった考えが浮き彫りになり、真岡は自己嫌悪した。獣医学を学んだだけで、動物の味方だと思いこんでいたのだ。愚かにも。


 夕方の鐘が多摩川に響いた。


 採用通知のことを忘れて狐探しに没頭する自分がバカバカしく思えた。モモネの信頼を厚くするのが目的だったのに、反感を買うことをしているのだ。


 モモネは明らかに白い狐探しを嫌がっている。ついでに普神博士も嫌っている。一方的に。その理由を知りたくても教えてくれそうにないのは、真岡が普神と同じ人間だと思われているからだった。


「狐、キツネ、来つ、寝、か」


 真岡は狐の語源とされる言葉をなんとなく反芻する。真岡なりに調べて出てきたのは、この程度だった。よくある昔話だ。美女に化けた狐と夫婦になった男の話だった。犬が美女の正体に気づき、吼えて追い払う。男は妻を捜しに山へ行き、見つける。妻の正体が獣だとわかっても一緒に暮らすことを告げる。その時の言葉が、家に来て一緒に寝ようという意味の、来つ寝だったのだ。それから、その獣のことを狐と呼ぶようになった。


 ふと、美女に化けた狐とはモモネではないかと思った。


 人間離れした嗅覚は狐のものと言っても良いのではないか。仮にモモネが狐だとすれば、白い狐探しに協力しないのも説明できてしまうのだ。真岡は、モモネ狐説をバカな考えだとは思えなかった。モモネからはどうにも一般人とは違う雰囲気を感じられたのだ。


「少し調べてからだな」


 モモネ狐説を頭の片隅においておき、休憩を再開する。連日の狐探しも多摩川を眺めているとやる気がなくなっていた。


 白い狐でも調べた。東京には、白い狐を祀る神社が二つほどあったが、どちらの由緒も古墳時代に遡るようなものではなかった。神話の時代に連なる白狐なんて、真岡の短い人生の中で見たことも聞いたこともなかった。まるで歴史の闇へ隠されてしまったようにひっそりと存在しているのだ。誰かが意図して隠したように。


「山口さんの話が一番近いような気もするけど、稲荷神社なんだよなぁ」


 後日、オカルト研究会から呼び出しがあり、パワースポットマニアの山口から稲荷大社の白狐について聞くことができた。稲荷神社に二匹の老狐と五匹の子供狐がやってきて神の遣いにしてくれと頼んだことから、稲荷山では狐が神の遣いになったという話だった。白い狐は老狐の奥さんのほうであるらしいのだ。


 ただ、これに反論したのが神獣学を得意とする田中だった。渡来人の秦氏が自分たちの氏神である稲荷を日本の狐に同化させるためにつくった作り話で、実際は日本人から稲荷山の狐塚をぶんどった話だと水を差したのだ。


 稲荷神社でパワーを補給したこともある山口が激怒し、田中へ供給されたパワーを示し、稲荷山へ難癖をつけるなとパワーがなくなるまで罵倒した。


 真岡は二人の諍いに巻き込まれてへとへとになったことを思い出しそうになったので、慌てて頭を振って追い払った。


 立ち止まって多摩川の黒い流れを見ていると、冬を感じさせる冷えた風が真岡の首筋を抜けていく。夕方の冷え込みは日に日に増しており、そろそろ厚手の上着を用意しなければと思った。


 スマートホンが鳴る。道祖土からだった。


「おい、一度、世田谷の狐塚古墳に集まってくれ。少し話し合いがしたい」

「わかりました」


 この狐探しで、道祖土と真岡は絆のようなものを結んでいた。困難な依頼にめげずに取り組む姿を互いに認め合ったのだ。


 真岡は茜と群青が入り交じる時間を走った。


 狐塚古墳を支えるコンクリートの土留めにモモネが寄りかかっていた。その隣で道祖土も寄りかかっている。


 同じ態度であるのに、二人には明確な溝があるように見えた。


「おう、来たか。さっそく話し合いをしたいんだが、お前ら、この依頼をどう思ってる?」


 疲れのせいか、道祖土から発せられた声は普段よりも低く、怒っているようにも聞こえた。


「狐を見つけるのは絶望的だと思います」


 真岡は正直に答えた。


「いや、俺が聞きたいのは、そういうことじゃねぇ。もっと正直に」

「気に入らない」


 道祖土が真岡の答えを訂正しようとすると、モモネが答える。

 真岡は、久しぶりにモモネの声を聞いた気がした。


 普神の依頼に対して率直に感情を表明する姿に、モモネ狐説が有力な考えであると思えてくる。


「そうか。お前はどうだ?」


 依頼に対して私情を挟むのはいいのだろうかと思いつつ、道祖土が聞きたいのだからと答えることにした。ただ、依頼人の依頼に対して個人の感情を持とうとしなかったため、改めて聞かれると答えにくい質問だった。


「そうですね。もうやる気はありません」


 多摩川のせせらぎを聞いたせいか、その思いが強くなっていた。

 道祖土もモモネも少し驚いた顔をする。


 真岡には、二人がそろって意外な反応をしたので、なにかおかしなことを言ったのかと言葉を思い返した。


「なんだ、同じか。お前はてっきり、あの普神とか言う研究者と同じ人間だと思ってたよ」

「研究者としては尊敬してます。でも、これは計画を立ててやるべきで素人を駆り出すようなものではないと思います」


 道祖土に普神と同じと言われてむっとした。真岡は、資金を集めるために人の弱みを集めたりしていないのだ。


 普神は、ライバル研究室が出しゃばらないよう常に相手の弱みを握っていると囁かれているし、事実、普神を抑えることができるのは神獣学研究所の所長だけであると専らの噂であった。


「なんにせよ、俺も今回の依頼は気にくわないしやる気もなくなった! よって、捜索を打ち切ろうと思う!」


 道祖土が宣言した。

 今度は、モモネと真岡が表情を変える。


「なんだ? そんなにおかしいか?」

「でも、サイド探偵事務所はお金が」

「そんなのはどうでもいいんだ。この依頼は終わり! 別の依頼で稼ぐ!」


 モモネの心配をよそに道祖土は打ち切りを強行した。


「賛成です」


 真岡は道祖土のやけくそのような決定を尊重する。


 普神の研究に対する姿勢は尊敬できるが、その他の点で関わり合いたくないというのが正直な所だった。


「うん、それがいいかも」


 モモネの声から警戒感が薄れ、安堵したようにも聞こえる。


「よし、というわけで打ち上げだ。俺が今からいっぱい叱られてくるから、打ち上げに付き合え!」

「いいですよ」


 真岡は即答した。この数日間の白狐探しは、悩んだり落ち込んだりすることが多く、気分転換を欲していたのだ。

「わかった。少しだけなら」


 モモネも頷いた。


「じゃあ、さっそく」


 道祖土が待ちかまえていたようにスマートホンを取り出して電話を掛ける。

 相手は普神だ。


「あー、もしもし、普神さん。良い知らせがあります。ええ、心して聞いてください。なんと、サイド探偵事務所の全会一致でこの依頼をお断りすることになりました!」


 もったいぶってからの依頼の断念に、普神はどんな反応をするのだろうと真岡は興味を惹かれた。


「え? それは脅しですか? ええ、ありもしない神獣探しなんて無理です。わかりましたか? どぅーゆーあんだーすたん? おーけー! それじゃ、失礼しまーす」


 途中から妙な英語を使って道祖土は普神の追求をかわし、依頼の破棄を強引に成立させた。


「よし、飲むぞ!」


 道祖土は上機嫌で歩き出し、真岡とモモネは顔を見合わせた。


「よかったね」

「な、なにがです?」

「白い狐探しが終わって」

「わ、私はとくになにも思ってないですから!」


 真岡にはわかっていた。この依頼を断ったことで、誰が一番よろこんでいるのか。


 モモネのムキになる姿を見ていると微笑まずにはいられなかった。

 それを見てモモネがさらにムキになる。

 真岡は、そういう反応をするモモネを可愛いと思った。


 道祖土の案内で環八通りを横断し、ハッピーロードという賑やかな場所へ案内される。


「なにが食べたい?」

「動物性タンパク質ですね」

「お前、なにいってんだ?」

「すいません。肉がいいです」


 真岡も貧乏な院生の一人だった。食費を削りながら道祖土たちに付き合っているのだ。


「私も」

「お、決まりだな。焼き鳥屋に行くぞ」


 道祖土の案内で炭火焼きの店へ入った。


 時間がまだ早いことからカウンター席が空いており、モモネを真ん中にして三人で腰掛ける。道祖土が慣れた様子で串ものを頼んでいった。その横では、モモネがドリンクのお品書きを見て生ビールを注文する。


「え、お酒飲んで大丈夫?」

「どういう意味ですか? 私は成人です」


 童顔というわけではないが、モモネはどうにも未成年に見えてしまうのだ。特段背が小さいというわけでも発育が旺盛ではないわけでもないのだ。


「うーん、あ、肌がキレイなんだな」

「え」

「あ、ウーロン茶を一つお願いします」


 真岡は、モモネが若く見える正体を指摘してから注文をする。

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