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十一話

「事前情報が少なすぎる。明日、世田谷区役所に電話して、狐の目撃情報があるか聞いてみよう」

「それじゃ、今日は解散ですか?」

「ああ、疲れたから解散だ!」


 坂を登り切ったところで、道祖土は座り込んだ。


「自然の多い場所なんかをピックアップして探した方がいいかもしれません」

「そっちは頼むー」

「わかりました」


 真岡は、素人考えながら、神獣だって自然な環境を好むと思っていた。人工物である古墳の周辺よりも狐の住み着きそうな場所を探す方が早いと思ったのだ。東京は緑が少ない。動物にとっては辛いが、人間にとって探す場所を絞りやすい状況になっていた。


「お先に失礼します」

「おう、頼んだぞ」


 真岡は帰ったらインターネットで東京の航空写真を眺め、捜索場所を洗い出すことしか頭になかった。


 モモネが、敵意にも似た目で真岡の背を見つめていることには気づかなかった。


 自宅に着くと、真岡はさっそくノートパソコンを起動してブラウザを立ち上げる。東京都の地図を表示して眺めると、調布市と世田谷は狛江市を挟むように並んでいた。狐塚古墳が近くにあることから、昔は狐の群生地だったと考えられた。ただ現代の地図では緑は少なく、狐の生息できる場所はないに等しかった。


「普神博士なら、こんなことはとっくに試してるかもな」


 真岡は、先行する科学者の失敗を繰り返しているかもしれないと思いつつも、住宅地に囲まれた狐塚古墳を見て感じた自然のなさを思い出していた。どう神経を研ぎ澄ましても狐の気配を感じられないのだ。


「別行動させてもらおう」


 狐のいる場所をピックアップしておきながら、すべて外れたときの申し訳なさを想像し、真岡は一人で捜索することも考えた。道祖土やモモネに付き合ってもらうほど確証があるわけではないのだ。


「これは夜でもできるな」


 古代に生きた神獣という超常の存在を探すために、オカルト研究会の知恵をまた借りようと考えた。


 パソコンの右下にあるデジタル時計が午後四時になりそうだと示している。


「まだ間に合う」


 真岡はパソコンをスリープ状態にすると、慌ただしく家を出て大学へと向かった。


 段取りが悪いと思いつつも、何かを見つけるために調べることの楽しさを味わっていた。探偵業で味わった人間の裏側を舐めるようなことではなく、純粋な好奇心を満たすためだけの行動に天職のような充実を覚えたのだ。神獣学を志したのは間違いではなかったと確信する。


 真岡が通う獣医を育成する大学へつくと、敷地内で馬を乗り回すサークルなどがすでに活動をしていた。動物に関わる大学でもあるため犬を訓練するサークルなどもあり、獣くさいことは避けられない。ただ、それを嫌とも思わない人間が集まっていることだけは自慢だった。


 オカルト研究会が活動拠点にしている部屋へ行くと、すでに会合は始まっていた。


「すまん。遅れた」

「真岡さん。今日は来る予定ではないはずですが?」


 会長の渡辺が、議事の進行を中断して乱入した真岡を迷惑そうに見つめる。ショートボブの女子だ。古代文明が好きで、一人でマチュピチュまで行った猛者だった。


「議事の後で良いから、また知恵を借りたい。特に一年の田中さんだ」

「え、僕ですか?」


 まだ十代の田中は、縁なしの眼鏡をくいっとあげた。


「ああ、神獣学が好きだったよな」

「雑誌やサイトを読みあさる程度ですが」

「それを聞きたいんだ」


 中国大陸における伝説上の動物、玄武を飼いたいと常日頃から口走っている面白い男子だった。


「わかりました。では、議事に戻ります。以前、真岡さんから提供された『名探偵は超能力者である』という命題について、追加の報告があります。石川くん、お願いします」

「おう」


 超能力の専門家を自称する三年の石川が立ち上がった。


「まず、真岡さんの発想は天才であると思う。あれから、推理小説を超能力小説として何冊か読んでみたところ、明らかに名探偵と呼ばれる人たちは見えないものが見えている節があった。超能力ものはマイナーで希少だと思っていたけど、読み方を変えただけでゴールドラッシュを迎えている。ぜひとも名探偵を超能力者にして読んで見て欲しい。最後にもう一度言わせてくれ。真岡さんは天才だ! 以上です」


 石川は、全国のミステリー作家の作品を台無しにする方法を力説して満足げだった。そこに真岡の名前を加えるのを迷惑に思う。モモネの能力に大筋の予想を立てたのは石川なので、彼の発見に対する喜びに水を差す気にはならなかった。


「ありがとう。以上が最後の議題となります。お疲れ様でした」


 研究会の面々は、定例会が終わると退室していった。

 残ったのは、指名した田中と会長の渡辺だった。


「渡辺さんも残れるの?」

「神獣学と聞いては帰れませんから。神獣は古代文明の一部です。捨て置けません」

「はは、さすがだね」


 真岡は、渡辺の行動力を知っているだけに無理をして追い出そうとは思わなかった。そんなことをすればドアを蹴破ってでも話に混ざることが容易に想像できたのだ。


「それで、どんな神獣のことを話せばいいんですか? 玄武ですか?」

「いや、今日は玄武じゃない。神獣学研究所の普神博士が調べている白い狐だ」

「白虎ならぬ白狐ですか」


 田中は、笑い所のわからない駄洒落を言いながら、記憶を掘り返すように黙り込んだ。


「白い狐、日本書紀に記述がありましたね」

「あ、そうなの?」


 渡辺がすんなりと文献をあげた。


「なんでも白い狐が都に現れると豊作になったり、凶作になったりするそうです」

「うん? 良いことも悪いことも起きるのか」

「そうみたいです。あと、稲荷大社にも白い狐が祀ってあったような。山口さんに残ってもらえばよかったですね」


 山口はパワースポットマニアで、パワーの残量を事細かに計算して手帳に書き付けている女子だ。その女子がいれば稲荷大社の白狐の話も聞けたかもしれなかった。


「情報はあまりありませんが、少しだけ思い出しました」


 記憶を漁っていた田中が口を開く。


「少しでも情報が欲しい。教えてくれ」

「では、お話しします。日本で稲作が始まった頃、ネズミによる被害が深刻でした。そのネズミから稲を守ったのがネズミを食べる狐でした。古代の人々は狐を田の神の遣いとして崇めたんです。お供えはもちろんネズミでした。時代が下って、人々は狐にネズミの油揚げをお供えしていたんですが、途中から入ってきた仏教の影響で、ネズミを殺すことが禁忌となり、ただの油揚げを狐に奉じるようになったんです。それから狐の好物は油揚げとなりました」


 田中の口から、とうとうと流れ出す見てきたかのような古代の生活風景が印象に残る。


「ネズミから稲を守ったのは高床式倉庫とネズミ返しだと思っていたわ」

「仏教には狐を悪者とする傾向がありますから。中国大陸から伝わった九尾の狐の伝説などもその典型かもしれません。ただ、狐は年を経るごとに妖孤、天孤と格上の存在になるという考えもあり、狐が神の使わした獣であるという考えは中国大陸にもありました」

「なるほど、益獣として神格化されたのが日本の狐なのね」


 渡辺が、狐の神聖性は文化であるとまとめた。


「ですが、真岡さんのお望みとなる白い狐についてはちょっと知識がありません。お役に立てず申し訳ない」

「いや、いいんだ。ありがとう」


 狐塚が作られた理由がなんとなく理解できた。古代の人たちが狐に感謝するために作ったのだ。そして、普神はその感謝の土地に白い狐が戻ると考えている。思考の出発点があまりにも違い、航空写真で動物の居場所を特定しようとした浅はかさを思い知ることになった。


「とても残念そうですけど?」

「え? そ、そうかな」


 渡辺に指摘されて、真岡は慌てた。

 田中がしょんぼりと悲しそうな顔をしていたのだ。

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