十話
翌日、真岡は八日日ぶりにサイド探偵事務所へ連絡をした。
「はい、こちらサイド探偵事務所です」
「あ、真岡です」
「おー、真岡か。お前のおかげでばっちり浮気現場を押さえられたよ!」
「本当ですか! おめでとうございます!」
「あーありがとう。ま、お前の依頼は受けられないけど、今日も依頼があるから、来れるなら来いよ。あれだろ? 動物が得意なんだって? だとしたらお前の力が必要かもしれない」
道祖土という人物は、結果に素直な人だと思った。仕事に貢献したことで真岡のことを認めたのだ。
「え、いいんですか? 給料は出ます?」
「給料? 日給五千円でどうだ?」
「行きます!」
前日に、モモネに謎の理由で漫画探しを断られたところだったので、真岡は安請け合いをした。とにかくモモネに会って事情を聞きたかった。失礼があったならそれを詫びて、関係を修復したいと考えていたのだ。
「じゃ、オフィスに来い」
道祖土がインターホンの番号を教え、真岡はメモを取った。
「少ししたら依頼人も来る。急げよ」
「はい!」
充電を終えたスマートホンをミニバッグへツッコミ、真岡は戸締まりをして部屋を飛び出した。
曇り空の下を走る。涼しくなった風が心地よかった。
歩道に散らばる落ち葉を蹴散らしてやってくると、サイド探偵事務所のあるレンタルオフィスへ初めて入る。
「狭いだろ?」
「え、ええ」
本来なら個室のスペースに無理矢理テーブルを付けたレンタルオフィスは、たった三人の人間がいるだけでエレベーターのような窮屈さを感じた。
真岡の居心地が悪いのはなにも人口密度によるものだけではなかった。備え付けのデスクの前で並ぶことになったモモネとの望まぬ距離の近さが余計だったのだ。
モモネは真岡を見るなり表情を硬くし、真岡とは一言も交わす気はないとばかりに腕を組んでそっぽを向いていた。
「はい」
インターホンが鳴り、道祖土が出る。二言三言交わすと、受話器を置いた。
「来たぞ」
道祖土が言ってしばらくすると、オフィスの扉が開く。
つやつやに磨かれた革靴に縹色のスーツ姿の男。鋭い目つきと前髪を横に流した独特の髪型。
真岡には見覚えがった。真岡の志望する神獣学研究所の説明会で壇上に上がった研究者の一人だ。
普神祐介。
新進気鋭の研究者にして、黒い噂の絶えない学者だった。
オフィスの空気が引き締まる。普神が湛える冷めた笑みで、事務所にいた人間全員が警戒感を抱いたのだ。
「こちらがサイド探偵事務所ですか?」
笑みを浮かべたままくぐもった声で喋るので聞き取りずらいと思った。
「はい、そうです」
「捜し物に掛けては業界一と聞いてきたんですが、随分と節約しておられるんですね?」
「ええ、まぁ。それでご用件は動物の捜索と聞いていますが?」
道祖土は愛想笑いをして、普神の小馬鹿にしたような物言いを受け流す。
真岡はハッとした。神獣学は、その名の通り世界の伝承に現れるような超常の存在にまで高められた動物を特定し、その実在を確定することを目的としているのだ。普神という研究者が探したい動物といえば神獣以外に考えられなかった。
「そうです。私が探しているのは日本で古くから神の遣いと扱われてきた狐です。それも恐ろしく真っ白い狐なんです。サイド探偵事務所の力を持って、ぜひとも見つけてもらいたい」
「狐、ですか。なにぶん初めてなのでどこを探せば良いのやら」
道祖土が難色を示すと、普神は一枚のメモをデスクの上に置いた。
「えー、コヅカ?」
「キツネヅカです」
普神の言葉を聞いたとき、真岡の隣でモモネがぴくりと反応する。
「あー、狐塚。狐塚古墳っていうのが東京にあるんですね。世田谷と調布か」
「そこを重点的に探していただきたい」
「わかりました」
依頼には関係ないことだが、真岡はどうしても色々と聞いてみたくなった。
「あの、すいません。単純な興味で質問してもよろしいですか?」
「ん、なにかな?」
「なぜ古墳に神獣がいると考えるんですか?」
「良い質問だ。神獣には、おそらく知性がある。神獣ではないが、邪馬台国の卑弥呼の墓と呼ばれている福岡県の女山にある権現塚などは、大変見晴らしの良い場所にある。三千年前くらいの人々は、そういう誰かが見守るための場所というものを作っていた。縄文時代の人々とどんな約束があるのか知らないが、神獣はそういう要望に応える存在だと考えられる」
伝承を伝承で片付けない学者らしい考察だった。登場する人物や動物、名称などになにかしらの合理性や具体性があると仮定しているのだ。
「その狐塚という古墳は全国にあるんですか?」
「ああ、埼玉、山梨、奈良、岐阜、鳥取、福岡とある。今も全国の神獣ハンターに依頼を出しているが、東京に回す人員がいなくなってね。それで君たちに頼んだわけだ」
全国規模で一斉に調査をするには莫大な資金がいる。日本の研究者はどこも少ない資金でなんとかやりくりしている状況だった。普神がそれだけの資金を持っているのは、黒い噂が事実である証明になった。
「色々と教えていただきありがとうございます」
「興味があるなら、私の書いた本などもあるから買って読んでくれ」
「はい」
きっちりと本の宣伝をしていくあたり、旺盛な探求心を見せつけた。
「それでは、本日から捜索いたしますんで」
「ええ、お願いしますよ」
普神は研究員に指示をするように言い残すと、せまっ苦しいオフィスからさっさと出ていった。
「はぁ、研究者ってのはああいうのが多いのか?」
「いえ、珍しいと思います」
資金のある研究室であれば、尊大な態度を取るかもしれないと思った。
「よし、俺たちも行くぞ。狐探しだ」
道祖土のかけ声でレンタルオフィスから出て行き、世田谷区の狐塚古墳へと向かう。
目的地を目指すと、住宅街を横切る坂道の途中にコンクリートブロックで土留めをされた高台があった。看板があり、狐塚古墳と説明が書いてある。
「ここで狐を探すのか?」
道祖土は自然のない景観を見渡して、狐探しの難しさを嘆いた。
「とりあえず俺は聞き込みをしてくる。お前たちはなんか手がかりを探してくれ」
道祖土はそういうと、元刑事らしく正攻法で捜索を始める。
真岡は、モモネがどういう行動をするのかと様子を見るが、モモネは一向に動き出さなかった。ヒントとなる匂いがないからだと思ったが、最初からやる気がないようにも感じた。
「古墳を見てくるね」
まるでストにでも突入したように棒立ちになったモモネをおいて、真岡は狐塚古墳を見に高台へ登る。
古墳は公園のようになっており、多少の木々が植わっているものの野生の動物が住み着くような環境ではなかった。公園の真ん中に石垣で丸く囲まれた墳丘があり、細い石畳の歩道が墳丘の真ん中の石造りの土台へ続いていた。さきほど見た看板では、土台には稲荷の祠があったと書いてある。埴輪なども出てきており、五世紀後半に作られたと予想されていた。
「狐は木を登れたよな?」
もしかしてと思い、木の上を眺めても動物の気配はない。
「どこかに巣穴でもないかな」
狐が穴を掘って生活することを思い出し、公園の隅々まで巣穴を探して見るも動物の作った穴は一つも見つからなかった。
諦めてモモネの元に戻ると、土留めに寄りかかって暇を潰している。
「ダメだ。狐のいそうな雰囲気はない」
「そう」
モモネはいつになく冷たく低い声で反応した。
「昨日のことで、まだ怒ってるの?」
「さぁ」
一切の感情を表に出さないようにしていることだけはわかった。
「そっか。昨日は、たしか神獣学研究所から来た封筒を見てから態度が変わったと思うけど」
モモネは沈黙し、地面を睨み付けている。
「今日は今日で、普神博士の依頼をサボってる」
「あいつの名前を知っているの?」
「そりゃあね。研究所の説明会で話を聞いたから」
モモネのきつい視線が真岡に注がれた。明らかに警戒感を募らせている。
「おーい、そっちはどうだー?」
坂の下から一歩一歩を大仰に踏みながら道祖土が登ってきていた。
「古墳の近くに狐がいそうな気配はありませんでした!」
「そうかー! 近所でも狐を見た人はいないってさ!」
モモネの力がないと、なにも見つけられないのかと情けなく思えた。




