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ワイズブレット  作者: 槙弘樹
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サンボ・マンボ・コマンドサンボ

  004


 それからしばらく、雪崇は他地区に住まうケンシと別れた。

 彼は最後まで、詳しい事情を聞き出そうとはしなかった。物怖じしたのではなく、分をわきまえて踏み込むのを避けたのだろう。播谷ケンシはそれだけの判断ができる男だった。


 ひとりになった雪崇は、見通しの良い通りを選んで歩いた。今のところ、校門前に止まっていた黒塗りの高級車がつけてくる気配はない。街に学校が多いせいか、往来するのは下校中の小中高生がほとんどだった。左手に見える線路沿いの児童公園では、ランドセルを放り出した小学生たちがアスレチック遊具の間ではしゃぎ回っている。

 彼らのあげる哄笑の響きは、通過列車の轟音を背にしてなお、良く耳に届いてきた。


 なぜ、〈オレッド〉が再びこの国をうろつき出したのか――

 雪崇には全く理解できずにいた。

 母・万里恵の死をもって、彼らと相馬家とは完全に切れたはずなのだ。


「その世界的巨大企業がお前になんの用なんだ?」

 ケンシが口にした疑問は、そのまま雪崇の疑問でもある。

 そんな思料にふけっている間に、動くに任せていた脚はかなりの距離を稼いでいたらしい。気づくと周囲の風景は随分と変わっていた。自宅までもう五分もかからない距離だ。


 大通りから枝分かれした道は、いつの間にか車がすれ違うことすら困難なほど狭まり、緩やかに蛇行しはじめている。

 その両脇を固めているのは、雪崇の人生以上に歴史を持つ古い民家の軒並みだった。

 瑞城市では、外を歩けば自動販売機と同等の頻度で寺社に出くわす。


 この辺りもその例外でなく、すぐ先には小さな薬師神社が見え、その境内から半アーチ状に伸び出した八重桜の枝が、小道に花弁の絨毯を敷いていた。

 夕暮れ前の静かなひとときだった。

 人気がないこともあり、風に揺れる木々のざわめきがやけに際立って聞こえる。


 そんななか、後方から原付自転車(スーパーカブ)独特のエンジン音に近づいて来た。

 時間からして夕刊の配達だろう。

 狭い道ということもあり、雪崇は歩きながら路肩に身を寄せる。あちらも気を使ったようで、ギアを落として速度を抑えようとしているのが音で分かった。


 そうして両者が気を使ったにもかかわらず、接触事故は起こった。

 雪崇にも、バイクにも過失はない。

 桜並木の向こう、神社の境内から、唸りを上げて飛んできた革の鞄が全ての元凶だった。


 雪崇は思わず、目を見張って飛んでくるそれを凝視した。

 収まりきれずに飛び出でているあの突起は、縦笛(リコーダー)か?

 だとしたら、ランドセル――いや、それにしてはデザインが違いすぎる。


 凍り付いたままそんなことを考えているうち、雪崇は左肩に直撃を受けた。

 身体が反転し、玉突きの要領で右側によろめいた。

 そこへ原付が走り込んでくる。グラリとした程度のつもりだったが、身体の芯に感じたドンという重たい衝撃が、事故の発生を雪崇に伝えた。


 それ自体もショックだったが、雪崇が本当に驚いたのは、鞄の主らしき人影が投げ飛ばした荷物を追って、通りにいきなり躍り出てきたことだった。

 獲物を追う肉食獣さながらの、しなやかな跳躍。

 リティーナより少し大人びた感じの女性だった。


 何事もなかったかのように着地を決めた彼女は、そのまま動きを止めたバイクへ駆け出していく。

 対する配達員は、五メートルほど先で車体を素早く反転させ、突進してくる娘と対峙する構えをとりつつあった。量産品の安全メットに、履き古したジーンズ。ハンドルを握っているのは、どこにでもいそうなアルバイト風の若い男性だった。

 ただひとつ、右手に自動拳銃に似た物が握っていることを除けば――。


 それから先のことは、何が起こったのかはっきりとしない。

 恐怖か混乱か、それともこれがパニックというものなのか。

 何がもたらしてものであれ、とにかく雪崇は唐突な立ちくらみに襲われた。


 頭がぐらつく。ぶつけ、ぶつけられた両肩が妙に重たい。

 意識が混濁し、白昼夢と溶けこむように現実感が希薄になっていく。

「なんだ……これ」

 経験のない感覚に、雪崇は左手で目頭を覆った。


 近くのブロック塀に身体を預け、深呼吸を繰り返す。目を閉じ、視界的情報と思考を頭の中から締め出した。しかしなお、奇妙なほどに呼吸が苦しい。

 熱でもあるのかと額へ移した手に、ぬるりと生あたたかい脂汗が絡まった。

「大丈夫?」


 しばらくして、いよいよ膝を折りそうになった時、その声は聞こえてきた。

 喘ぎながら顔をあげると、事故原因となった張本人たる女性がいた。新聞配達とのやり取りになんらかの決着をつけ、今度はこちらの面倒を見にきたらしい。


 間近で顔を見合わせた瞬間、「これは夢ではないか」という疑念を雪崇は一層強くした。

 こんな整った顔立ちの人間がいるわけがない。

 ほとんどFF(ゲーム)の登場人物だった。

 極端な美男美女しか描けないコンピュータグラフィクス世界の住人でもなければ、ここまで端正に過ぎる美貌というのはあり得ない。


 彼女の真っ直ぐな黒髪は、濡れているのではないかと思えるほどほど艶(つや)やかだった。それでいて、風に撫でられたわけでもなくサラサラと流れている。

 筆で引いたような、しかし加工の形跡が全く見られない柳眉。その下で輝く理知的なアーモンド型の双眸は、全てを見透かすように何処までも深い。そして、リティーナに勝るとも劣らないほど瑞々しくなめらかな肌だ。これは、先ほど見たロシア人とはまた違う趣で白く透き通り、それ自体が淡い光を放っているようにさえ見えた。


「危ないところだった。運良く私が近くで花見をしていなかったら、あなた死んでたのよ」

 その大仰な表現に、雪崇は思わず苦笑した。

「現実と違って、夢の中では運が良い方なんだよな。俺」

「一分一秒を争うってほどでもなさそうだから、これを片付けるまで少し我慢してて」


 女性は一方的に言うと、手にしていたハンカチを開いた。包まれていた鈍く黒光りする物体は、どの角度から検証してもサイレンサー付きの小型の拳銃にしか見えなかった。

 彼女はしばらく観察したあと、それを躊躇なく弄りはじめた。

「弾倉を抜いて、薬室の装填弾を取り出して、安全装置をかけてるのよ」

 なにをしているのか訊いた雪崇に返った答えが、それだった。


「で、その鉄砲は?」

「新聞配達の格好したやつが持っていたのを回収したの」

「そいつはどこに?」

「私の〈必殺サンボ・マンボ・コマンドサンボ〉に恐れをなして逃げてった。――フフ、拳銃相手にも勝てるなんて、やっぱりあれは最強ね」 彼女は喋りながらも作業を終え、今度は携帯電話を取り出した。


「じゃ、今から救急車呼ぶから」

「救急車?」思わぬ言葉に雪崇は小さく目を見開く。「いや、そんなのはいい。さっき、バイクのハンドルかどっかに軽く引っかけられただけだ」

「あなた、自分がバイクに接触したんじゃないって、まだ気づかないの?」


「ん――?」

 そうは言っても、当の右肩には打撲傷のような鈍痛が確かに居座っている。何もなかったはずはない。混乱する雪崇をよそに、娘はなぜか、続く言葉で血液型をたずねてきた。

 おとなしく「AB型」と答えると、今度はRhのタイプを問われる。

「Rhプラスだよ。天秤座で干支はイノシシだ。他には何が知りたい?」


 娘はその言葉を無視して、どこかの番号をプッシュした。無言で応答を待ちはじめる。

 手持ちぶさたの雪崇は、しかたなく患部の様子を確認することにした。左手で、ぶつけた右肩に触れてみる。瞬間、指先に思いもしない感触があった。粘り気のある液体で服がぐっしょりと湿っている。雪崇は慌てて首を伸ばし、死角になっていた部分に目を向けた。


「あれ……」という、我ながらすっとんきょうな声が漏れた。

 上腕のやや背中側に、黒い小さな空洞が見えたのだ。しかもそこから、鮮血がとぷとぷと冗談のように噴き出している。「なんか、これ……穴ができてる」

 雪崇がどこか他人事のようにつぶやいた時、電話口に向かって娘がしゃべりだした。

「救急車をお願いします。男性が腕を撃たれて負傷しました――」


 彼女が現場の住所と傷の具合、輸血に必要な血液型を伝えるのが不思議と遠く響いてくる。

 それから娘は警察にも通報した。雪崇はぼんやりとした意識の中で、通信指令室相手にやりとりする彼女の声を聞いた。用いられた拳銃や発射弾数、逃走したバイクのナンバーについて言及していたのを耳にした気もする。


「俺、撃たれたみたいだ」

「そうね」と、電話を終えた娘が言った。

「応急処置するから、とりあえず上着脱ぎなさい」

 命令に従うと、娘は雪崇のカッターシャツに手をかけ、女性とは思えない膂力で引き裂いた。そうして剥き出しにした肩の傷口を、鞄から取り出したタオルで塞ぎはじめる。

 破りとった袖が包帯代わりになった。


「撃たれたみたいだ。穴があいてる」雪崇は馬鹿みたいに繰り返した。

「出血が大袈裟なだけよ。ショック症状が出るってほどでもないし、銃創としては軽症の部類でしょ、たぶん。それより一応、シャツに止血開始時間書いとくから」

 耳には届いていたが、意識はもう話を聞いていなかった。


 されるに任せるまま、雪崇はただ幼児のように繰り返す。

「撃たれた……穴があいてる」

 そして、熱に浮かされたような頭で気づいた。

 これはリティーナに知られたら、絶対泣かせることになるだろう。


  †


 ――現実には、単に「泣かせる」程度では済まなかった。

 病院へ搬送されたところまでは記憶もはっきりしているが、すぐにはじまった緊急手術中に、雪崇は眠りに落ちた。単に気を失ったのか、麻酔による昏倒であったのかは自分でも区別できない。ともかく術後も延々と眠り続けたらしい。


 目覚めたのは明くる朝、午前十時過ぎのことであった。

 この時、ベッドサイドから弾丸のように飛びついてきたのがリティーナだった。

 聞けば、「規則で禁じられている」という病院側の説得を頑として受け入れず、一晩中、雪崇に付き添っていたという。午後、警察が事情聴取に訪れた時も、彼女は濡れ落ち葉のように雪崇に貼り付いたままだった。


「すみませんね。彼女は俺の義姉なんで」

 雪崇は動く方の手でリティーナの背を撫でながら、警官たちに言った。

「無理に退出させるつもりなら、聴取はお断りしないといけません」 

「いえ、いえ。もちろん居ていただいて構わないんですよ」

 所轄少年係の警官だという若い巡査部長が、はにかむように柔和な笑みを見せた。

 言われなければ警察関係者だとは想像もできない、大学生のような青年だ。


「事情聴取だとか、今日はそういうことでうかがったんじゃありませんから。面会許可がおりたので、ちょっと様子を見に寄らせてもらっただけです」

 白昼、住宅地で発砲事件が発生し、未成年が被害者となった――

 この構図は、事件を一挙にデリケートなものとしたらしい。


 当局が最初の接触を歳の近い少年係に託したのも、そのあらわれだろう。

 いきなり根掘り葉掘り聞き出すのではなく、まずは当たり障りのない雑談から。

 被害者となった青少年の人権と心理に最大限配慮しつつ。

 四年留守にしていた間に、警察はずいぶん優しくなったようだった。


「それで、相馬くん。気分はどうですか?」

「率直に申し上げて、最悪ですね」

 雪崇が答えると、警官は「分かります」というようにうなずいた。

 だが、彼が本当に理解しているとは到底思えない。


 なぜなら雪崇が気に入らないのは、まずなにをおいてもリティーナが泣いていること。

 そして、あれほど「靴は脱がせるな」と言っておいたのに、どこかの愚か者が寝ている雪崇から半身を引っペがしてくれたことだった。

 特に後者は避けられる悲劇であっただけに憤懣やるかたないものがある。


「それはそうと、きみは最近、シンガポールから越して来たんだってね」

 穏やかな声が訊いた。部屋の隅で彫像のように佇んでいた別の警官である。

 こちらは見るからに大変なベテランで、雪崇が好感を持つほどの小男だった。

「なんとか、ご両親とは連絡とれんものですかねえ?」


「父はまだ海外にいます。母は死にましたし……他に親類はいませんね」

「今回のことは本当にショックだったでしょう」再び若い警官が口を開いた。「我々としてもできるだけの支援はさせていただくつもりです。ただそのためにも、もし話ができるようだったら、参考程度に何があったかを教えてもらいたいんですよ」


 もちろん、と警官は急いで言い足した。「すぐにというわけではありません。今は混乱しているでしょうし、まずはご家族や友達に連絡をとって安心したいでしょう」

「まあ、ちょっと整理する時間は欲しいですね」

「こういう場合、当然の欲求です。急ぐ必要はありません。もし心の準備ができたら、外に待機させている担当の警官に声をかけるか、お渡しした名刺の番号まで連絡してください」


 そうすると約束する。

 雪崇から言質を得ると、警官たちは満足そうにうなずき辞去を申し出た。そして、本当にそれだけで帰っていった。

 ありがたくはあるが、いくらなんでも淡白すぎはしないか。さすがに首を捻りかけた時、雪崇は自分以外にもうひとり有用な証人がいたことを思い出した。


 あの不思議な少女だ。

 彼女なら、雪崇を十人集めるより有用な情報源となったに違いない。

「あのコ、名前くらい聞いとくんだったかな――」

 独りごちる声が、個室を包む静謐な空気に溶け込んでいく。


 手術の時に外された時計は、サイドテーブルに置かれていた。

 その文字盤の針は、間もなく十四時を示そうとしている。

「そういや、学校サボっちゃってるよ。なあ、リティーナ。ちょっと良いか」

「なあに? どこか痛い?」


「いや、電話かけてこようと思って。どっかに俺の財布なかったかな」

 瞬間、彼女の顔から血の気が引いた。

「駄目だよ。寝てなきゃ駄目。あんなに血が出てたのに、動いたら雪崇君が死んじゃう」

 他人なら笑ってしまうほどの過剰反応かもしれない。


 だが、彼女が生まれ育った国柄を考えれば、雪崇はその気になれなかった。

 まともな統計調査をやっていないフィリピン政府の公式発表など、まったく信頼に値しない。識字率九十パーセント超、平均寿命七十前後という数字は、貧民層(スラム)やストリートチルドレンを含めない外向けの見栄だ。


 農村の一部では、新生児の三人にひとりが成人になる前に死ぬともいう。

 単なる風邪が命取りになることもめずらしくない。

 事実、リティーナはそれで姉弟を失ったとも聞いていた。

 シンガポール時代、雪崇が熱を出しただけで彼女が大騒ぎした所以《ゆえん》だった。


「動くなら、私、車椅子借りてくる」

「いやいや」これには流石に小さく苦笑した。「撃たれたの肩だよ。普通に歩けるって」

 じゃあ、せめて私も一緒に行く。そう言ってきかない彼女を連れ、病室を出た。その雪崇を見てロビィのソファから腰を浮かせた私服の男が、詰めている警官なのだろう。


 彼を手ぶりで制し、雪崇は公衆電話に向かった。暗記していた番号をプッシュしていく。

 ちょうど休み時間ということもあり、播谷ケンシはすぐに携帯電話を取ってくれた。

「――相馬か。お前、昨日俺と別れたあと何があった?」

「いやな。それがちょっと、ややこしいことになっててさ」


「撃たれたって? ニュースで見たよ」

 聞けば、周囲はかなりの騒ぎになっているらしい。

 学校も午前中に全校集会を催したあと、昼前に緊急下校となったという。

「そっか。そこまで大げさなことになっちゃったか。なんか、治ったあと顔出しづれえ」

「それとな、一応報告しとくけど、夕べ俺の家に警察が来たぞ」


「え……マジでか。なんで?」

 だが、冷静に考えるとあり得ない話ではなかった。警察は今回、特捜本部を設置したと聞く。犯行に拳銃が使われたということで、暴対課も連携に加わっているとの話だ。その筋の組織が関与している可能性を含め、かなり大々的な捜査が展開されているのだろう。


「どっからか、途中までお前と帰ってたことが漏れたみたいだな」ケンシが冷静に指摘した。「まあ俺たち、ロシアの黒服と門のとこで派手にモメたし、目撃者は大勢いたはずだ」

 汗の浮きはじめた手で、雪崇は受話器を握り直した。

 ロシアの黒服。オレッド財閥。連中を持ち出せば、起こった事の全てに説明がつく。

 病室のベッドで目覚めた時から考えていたことだ。


「今回の件、あの時の連中と何か関係があるのか?」

 沈黙から何かを感じ取ったのだろう。ケンシが訊いた。

「分からない……正直、あいつらが絡んでなけりゃ、俺の周りでこんなことは起こりえないと思う。ただ、仮にこれがあいつらの仕業だとして、なんで俺を狙うのかがさっぱり分からない」

「特権階級の考えることなんて、俺たち庶民には分からないもんだろ」


「確かに。でも――今気づいたけど――もしあいつらが俺を殺そうと思ってるなら、目標を達成するまで徹底的にやるはずだ。これで諦めるなんてことは、まず絶対にない」

 殺す。徹底的にやる。すべて自分にかかる言葉だったが、現実感がまるで伴わなかった。

「また狙われるってのか」

「間違いなく。……そっか。てことは、のこのこ学校に出て行ったらお前らまで巻き込むな」


「お前、知恵熱出るぞ」ケンシが笑った。「馬鹿のくせにあんまり難しく考えるなよ」

「そうは言ってもな」

「なあ、たとえばイノノウエやエロスみたいなのが、そんな複雑なこと考えて生きてるように見えるか?」

 思わず口元が笑みの形を作った。世の中には笑える馬鹿と、笑えない馬鹿の二種類が存在する。あのふたりは間違いなく前者であり、後者の象徴的存在が〈オレッド〉だった。


「イノエロと言えば」ケンシがつぶやいた。「あの連中、今日は学校来てなかったな」

「両方ともか?」

「朝、メールだけ送ってきやがってな。どうもあの馬鹿ども、一度は荷物取りに帰ったらしいが、そのあとはほとんど徹夜でお前の家を探し回ってたみたいだ」

 雪崇は今度こそ本当に笑った。ひとが銃撃されて生死の境をさ迷っている時、この世にはメイドたんとやらを求め、夜を徹して街をさ迷っていた人間がいたのだ。


「ストイックなまでに、自分のキャラクターに忠実なやつらだ」

「な、そんなもんだよ。あんまり気回してないで、今は自分の治療に専念しな」

「そうだな」完全に納得できたわけではない。だが、少しだけ気が軽くなったのは確かだった。「ケンシ、色々ありがとな」

「おう。じゃあ、またなんかあったら連絡してくれ」


 雪崇はもう一度、礼を言って受話器を置いた。傍らのリティーナを見ると、彼女は腰を落としたアマレスのような構えで周囲を警戒していた。電話中の主を守るため、ずっと見えない敵と戦っていたのだろう。そんな彼女に声をかけ、来た道を引き返す。

 病室に戻ると、いつの間に入り込んだのか、来客が雪崇の帰りを待っていた。


「ハアイ、なかなか元気そうね」

 応接用の椅子に腰かけ文庫本を広げていた彼女は、陽気に手をひらひらとさせた。

 肩甲骨のあたりで切りそろえた、鴉の濡れ羽のように艶やかな黒髪。

 雪崇を超える上背と、ぞっとするほど整った相貌。

 優雅に組まれた形の良い脚は、身体の半分はありそうなほど長い。

 こんな人類がふたりと存在するとは到底思えない。


 あの日、出会った少女がそこにいた。

挿絵(By みてみん)

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