4 レディ・キャプチュアード 3
【ルーミィ】のブリッジでは、全天フォロビジョンの片隅を灰色の爆煙を引きながらゆっくりと墜ちてゆくテイントⅢの姿が映し出されていた。
「アル!明利!・・・だめか」
「くそっ!」
「己ぇぇぇい!!やりおったな!!」
目の前で起こったその一瞬の衝撃に、ブリッジは凍り付く。
「アルゥー!明ぃ利ぃ!応答してよゥー」
「応えてよゥー!お願いだよゥー明ぃ利ぃ!アルゥー!」
双星神が、消えかかるテイントⅢの航跡に向かって懸命に呼び続ける。
目の前で撃墜され、地表層に墜ちてゆくテイントⅢの姿を為す術も無く見ていたリトルは、抑えきれない絶望と怒りに我を忘れ立ち尽くしていた。
そして彼女は眼下に蠢く呪詛帯に向けて、突如として饒舌に呪いの言葉を吐き始める。
「・・・何だ・・・何をした。その者を傷付けることは許されない。余が許さない!絶対に許さんぞ!!手を触れおったな、この汚らわしい雑菌めらが。ぉのれ、うぉ己ぇい!灰さえ残さず焼き殺してくれようぞおおおお!!!」
リトルはブリッジの中央部に仁王立ちしたまま、腰まで届く蒼星銀色の髪の毛を振り乱して叫び続け、ブリッジの皆は、未だかつて見た事のない彼女の異様な形相に思わず戦慄を覚えずには居られなかった。
「ティア、何かおかしいよゥー。リトルが変だよゥー」
テミアの動揺が伝わると同時に、その上部メイン火器管制ユニットに座るラミアの発した声も、何かに怯えたように微かに震え始めていた。
「ありゃりゃ?何故??36式多弾頭定域重力弾頭弾(MIRVグラヴィトン)が自動装填されてるよゥー。えっ?勝手に発射管ロック解除されたよゥー?うわぁぁぁ!!何でぇぇぇ?序でに、全火器管制システムコントロール突如制御不能ゥー!」
「こりゃりゃ?何故??セカンダリー・ブラスターシステムが勝手にぃ、1番から4番エネルギー充填してやがるゥー。何でぇぇぇ?いゃゃゃ大変!!緊急停止コード全ーんぶ拒否ってるゥー、だめじゃい、こりゃ止まらんぞゥー!」
双星神の大混乱を余所に、【ルーミィ】の上部ミサイル発射口が次々と不気味に開き、いきなり鈍い衝撃を伴って定域重力弾頭MIRVミサイルが数発射出される。
空中に放たれたMIRVミサイルは、一旦無数に煌めく小型弾頭へと拡散し、地表層にある【ルヴァージュ】の残骸に憑りつき黒く蠢いている【ヴィオラディ・シグラ】に向かって、衛星軌道上から極超高速で襲いかかった。
「くっそ、んん!これ何んだぁ一体?!あぁー仕舞った!!ティア、全航法管制、姿勢制御に至るまで全て乗っ取られたぁ!いかん。航法システム全部持って行かれちまったぞ!!」
ティアスへ振り向いた伽罹那の顔から、潮が引く様にサッと血の気が失せて行く。
「冗談じゃないわ!!リトル、落ち着きなさい!ルーミィ、止めるのよ!こら、姉貴!!」
ティアスの悲鳴にも似た命令を無視するかのように、ぐるりと艦首を地表に向けた【ルーミィ】は、続けて間髪入れずセカンダリー・ブラスターを【ヴィオラディ・シグラ】目掛けて斉射し始める。
セカンダリー・ブラスターは、瞬く間に落下する定域重力弾を追い抜き、地表層に閃光の花を数発咲かせると、次々とプラズマ熱胞圏を生成し膨れあがっていく。
「この醜き雑菌の塊が!我が厭勝を込めし一撃にて、跡形も残さず塵芥に還るがよい!!」
絶叫をあげて不気味に慟哭するリトルの姿は、さながら猛り狂った龍の咆哮にも見えた。
【香粋】の大気圏を一気に突き抜けて超高速で突入した無数の定域重力弾の雨は、膨れ上がるセカンダリー・ブラスターの高出力荷電粒子エネルギー熱胞群の直上にて炸裂すると、次々と超重力閉鎖空間を形成し、不気味に蠢く呪詛残骸を封殺する為その存置空間の全てを強烈に縮退し始める。
蒼天から降り注いで来た灼熱プラズマの発する高エネルギーの渦は、重力閉鎖空間の重力壁に遮られ、あっという間に太陽中心核部に比する程の超高圧灼熱地獄空間を地表に出現させた。
地上に輝いた太陽は、星龍の厭勝をも纏って破壊力を幾倍にも増幅させると、黒い呪詛帯の本体である超古代文明の残した超越魔法技術制御の積層念疑似生命体【ヴィオラディ・シグラ】を、徹底的に焼却し融解封滅していったのである。
【香忰】の大地をも巻き込み融解させながら、跡形もなく消し飛んだかの様に見えた【ヴィオラディ・シグラ】であったが、テイントⅢを追っていた呪詛枝の一部が本体から飛び散るように僅かに千切れると、その超重力閉鎖空間による滅却破壊から辛うじて逃れていた。
パラパラと地表層へ落下した呪詛枝の数遍には、まだ強力な呪詛威力が効き残っており、のた打ち回る環形動物の動きにも似て地表層を這いずり海岸線へと辿り着くや否や、次なる獲物としてこの星に生息していた小さな海生原生生物へと憑依した。
【ヴィオラディ・シグラ】の呪詛帯は、新たな憑代を手に入れると再び見る見る増殖を始め、「碧めウミウシ」の様な青黒い軟体生物の姿を造り出す。
そして更なる増殖を繰り返しながらも、小丘位の巨体を持った3つの個体へと絡み合って集合し、あっという間に淡緑色の海中へと姿を没していったのである。
遥か遠い過去、それら呪詛帯に与えられた本来の最終目的を果たすため、【香忰】の南半球にある「ある存在」を感知し、それを目指して動き始めたのであった。
「ティア、奴らの再生体部が、どっかに行くよゥー。逃げてるゥー」
「ティア、個体数3を確認、大っきいのが海上を東進してるよゥー」
【ルーミィ】のブリッジでは、双星神が確りとフォロモニターで索敵観測を続けていた。
「・・・捕捉追尾サイトに、ロック・オンしておけ。・・・今は・・・な」
釘付けとなって全天フォロビジョンの下方を見つめ続けるティアスは、呻くような声で途切れ途切れに呟くと、瞬時にして出現した高エネルギー渦巻くプラズマ超重力閉鎖空間の地獄絵図の光景を、遥か眼下に見下ろし困惑していた。
「・・・そうか・・・これも【星龍の顕現】なのか、まるで狂気・・・だな」
やがてティアスは、先ほどの様子から豹変し猛り狂うようなオーラを発し続けているリトルの後ろ姿へと視線を移し、背筋に思わず冷たい一筋の汗が零れ落ちるのを感じていた。
「双星神、奴の正気を保たせろ!!兎に角HESPERを呼び続けるんだ!」
そう指示を出したティアの脳裏には、嘗ての禍々しい過去を再現するかもしれない不吉な予感が過り、双星神も必死で制御機能を取り戻そうと次々に技を繰り出す。
「リトル、リトルこら、こら、確りしろよゥー。HESPERコントロールの水郭結界、応答せよ」
「どしたの、リトルゥー、こら、確りしろゥー。ロゴス・プログラム稼働停止を確認、まずいよゥー」
「くぅっそおゥー、口輪のロゴス・プログラムも持ってかれたよゥー!制御コントロールを一切拒絶ゥー」
「キタ~。んっとに!超絶拒絶再封印自閉モードだよゥー!Ⅿ.C.B HESPER9500-MrⅣ本体緊急再起動コマンド・強制介入コンタクト反応なし。リンクゲートもすべて拒否られたよゥー」
「完全に乗っ取られちまったよゥー。テイントⅢからの通信機能も回復しないし、どおしようゥー、ティア」
為す術も無くお手上げ状態を曝す双星神に、ティアスは檄を飛ばし続ける。
「アル達なら何とかなる、信じて放っておけ!それより今はルーミィの自律干渉を遮断するのが優先よ、何でもいい、凶水(御神酒)デバイスの海にでも鎮めるんだ!!何が何でも、こいつを黙らせろ!!」
ティアスの指示を受け、あらゆるプロトコル停止コンパイル・ソースを構築して必死にコンソールと格闘を続ける双星神、その額にも玉の汗が噴き出している。
(最後の手段を使うまで、打てるだけの手は打っておきたい)
そう思ったティアは、続けて一際冷徹な声でリトルに向けて言い放つ。
「ルーミィ!お前は人間優先工学をインプラント・ロードされていた筈では無かったのか?」
「あっハハぁ!無論じゃ。聞くに堪えない汝ら人類属の愚直な「妄想的諫言」は、確かに耳に入れておいてやったぞ。それはそれは、慎ましき幻想であったなぁ!真っ事、笑止よのぉ!!供物自身が主に対して従え等とは道理に適わぬ、烏滸がましゅうて片腹痛いわ!!」
リトルは、一頻り甲高い嘲笑をあげながら罵倒する様にティアスへと返した。
「汝らの愚かなる妄想に基づく教唆的「諫言」とやらを聞き入れてやっておるが故に、今、余の者の命を救おうとしておるのが解らんのか?然らば、そこで事の次第を大人しく眺めておるが良いわ!!」
凄まじいばかりに怒りの形相をしたリトルが、ティアスに向かって振り返り様に吠え掛かり、灼熱の視線を交して睨み合いを続けるティアスとリトルは、互いの相容れぬ激情に翻弄されるように火花を散らす。
ティアスに用意されていた「奥の手」を使うリスクは未だ大きく、彼女の心は葛藤を続け、額に浮かんだ大粒の汗がジッと滲み出てはゆっくりと頬を伝って滴り落ちて行く。
「是より、余、自らが助けに赴くぞ。待っておるがよい!」
リトルはそう言ってぐるりと前方へ向き直り、明らかに大気圏突入を示しているのだろうか、ゆっくりと両手を前に掲げ始める。
「あっハハハァ!余の者に手を掛たる報い、思い知ったか穢れしモノ共よ!!いざ、余の者よ待っておれよ!必ず我が手の内に取り戻してやろうぞ!!」
リトルが狂気の嵐に憑かれたかのように叫び続ける中、その言葉を制してティアスが再び説得を試みる。
「待つんだ、ルーミィ!落ち着きなさい。まだ早すぎるわ」
だが、【ルーミィ】の放つ業火の如くに燃え上がった激烈な怒りは、そう簡単に治まる物では無かった。
「汝、余の邪魔をするでない!これ以上の議論は無用ぞ。もし、余に歯向かい邪魔立てすると言うならば、例え汝らとて容赦はせんぞ!」
「こんのぉバカ姉貴め!早いって言ってるだろうがぁ!!」
ティアスの制止に構わず、猛り狂ったルーミィは大気圏突入態勢へと移行する。
「ティア、駄目だよゥー!強制停止インサート、全ーんぶ受け付けないよゥー」
「シャぁねえ!!物理的に黙らすっかよ!」
伽罹那はチラリとティアスに目配せしながら、身に着けていた護身用小型ティザーを足首からそっと引き抜き、リトルへ向かって飛び掛るチャンスを探り、ステップを弾く。
「そこで威勢よく独り荒ぶるおチビさんよぉ・・・覚悟せえやぁ!!」
伽罹那がそう叫び、小型ティザーをリトルへ向けて彼女の注意を引き付けた瞬間、ティアスもリトルへと銃口を向けたブラスターを静かにショックモードへとスライドさせながら、そっと指をトリガーに触れて引き金を絞った。
「真っこと、汝らも愚よのぉー。邪魔立ては無用ぞ、もう良いわ、汝らはそこで大人しく黙っておれ!」
リトルは少しも驚く事無く呆れた様に冷たく言い放ち、侮蔑を込めた冷たい瞳で伽罹那とティアスに一瞥を与えた途端、強烈な重力がブリッジを襲い始め、伽罹那とティアスは一瞬にして体の自由を奪われた。
「ぐっ、ティア・・・ダメ、だ・・・か、体が、・・・動かない」
伽罹那は、強力な加重Gに曝され多重操環円フォロシートの中でガクッと膝を折ると、荒い息遣いで苦悶の表情を浮かべていた。
そして伽罹那の手にしていた小型ティザーが、重力に抗しきれず床に転がり落ちると同時に、キャプテンシートに抑え込まれていたティアスの手からもブラスターが滑り落ち、床で「ガチャリ」と大きな音を立てる。
「くそっ、何故・・・だ。リト・・・ル」
蒼白な顔を苦渋に歪めて、ティアが呻いた。
「げほっ、・・・管制制御取り戻せ。しっかりしろぃ・・・か、伽罹那。・・・おっ、落っこちっぞうゥー」
「あぐっ、・・・大気圏突入回避だ。止めさせろぃ・・・か、伽罹那。・・・だっ、だめかもなぁこれよゥー」
双星神もそれっきり身動きが取れず、それぞれのコンソールシートにねじ伏せられたままか細い呻き声をあげ続けていた。
リトルはブリッジの艦内重力制御システムをコントロールし、【星龍の顕現】その狂気に駆られた【ルーミィ】は、ティアスらの動きを奪い去ると606分室のメンバーに向かって、荒々しくもその牙を剥いたのである。
その間にも、伽罹那から操艦制御コントロールを奪い完全に掌握した【ルーミィ】は、自らの艦首をぐっと押し下げ、テイントⅢの航跡を追尾しながら【香粋】の大気圏へと突入を開始した。
「クッ・・てめえらも・・・確りしやがれってんだ。この間抜けの・・・乗っ取られ双星神めがぁぁ・・・」
内蔵をグッと抑え付けられる程の苦痛を必死に耐え、伽罹那は多重操環円フォロシートの中で矛先の定まらない怒りを抱きながら、がくりと跪き喚いていた。
ティアスは、視線の片隅に入っていた床に転がるブラスターを諦め、何事か決心したかの様に首筋に込めた力を抜くと、ヘッドレストにストンと頭を預け目を閉じる。
「ホンと!このクソ姉貴めが・・・呆れたわ。・・・伽罹那、テミア、ラミア。ぐゥッ・・・緊急手動操艦管制ドライヴの用意だっ!・・・」
そして、キャプテンシートに躰を押し付けられたまま、閉じた瞼を薄らと開けて遂に最後の切り札を切った。
「これより・・・室長権限<Qs-0R>を行使する!!生体端末(OST)包括機能・コントロール全面停止プラグコード・強制インストール。ル・・・ルーミィの制御機能をフル緊急遮断だ。・・・ゃ、奴を強制排除する!!!」
ティアスは、全ての臓腑が押さえつけられるように襲い掛かる強烈な重力に逆らって、コンソール・フォロビジョンに向けて腕を伸ばし、渾身の力を預けた右拳を撃ち込む。
その鬼気迫る憤怒の気迫が籠ったティアスの表情を窺い見たリトルは、一瞬我に返ると怯みながら後ずさった。
「えっ?!何だと?、ちょっと待つがよい。今はダメだティアス!止めるがよい、余が助けに行かねばならぬのだ。今更、汝らでは大気圏突入リエントリー・コントロールさえ満足には出来ぬのだぞ。止せ!止めろオぉぉぉ!!」
「ググッ・・・もう・・・遅い!・・・<Qs-0R>・・・発動だ!!」
ティアスの発した言葉を受けるや否や、それまで偉丈夫に振舞っていたリトルの顔が見る見る強張り、怖れを纏ってってゆく。
「人間を、舐めてはいけないわよリトル。・・・ちょっと・・・頭を、冷やすが善いわ、バカ姉貴。眠れえぇぇぃ!・・・ルーミィ!!」
ティアスはそう声を振り絞ると、右手人差し指のリングに仕込まれた【ルーミィ】自律制御系緊急機能停止強制遮断プラグコード<Qs-0R>をコンソールフォロ・ビジョンに叩き突けた。
「ぅ己えぃぃぃぃぃ!!止めよ、止めんか!ティアス・マッコードォぉおおお!!!」
リトルの断末魔の様な絶叫がブリッジ中に響き渡ると同時に、至る所で一斉に「レッドアラート強制遮断」と、サインアップされたフォロウィンドが「ドカ、ドカ、ドカ」と花火の様に次々と浮かび上がる。
それと同時に、ティアスに向かって今にも飛び掛らんばかりの姿勢にあったリトルは、あっという間に意識を失ってそのまま膝から床に崩れ落ち、パタリと動かなくなった。
「・・・っ、ぶっはぁあ!へぁ、艦内重力制御コントロール掌握補正開始。げほっ、何か出そゥー」
「・・・っ、ぶっへぇえ!ほぁ、艦内各種アビオニクス異常なし正常稼働。ぐほっ、何か出るゥー」
「「ゲろゲぇロゥー・・・ッ・・・」」
「・・・クッそう、勘弁、出すなよ双星神ーうおぉい、喋るなぁ、喰っちまえィ!」
伽罹那の助言を受けて、必死に堪え切った双星神の中身は、本当に噴出する寸前だったらしい。
漸く重力の拘束から解き放たれた彼女達だったが、一息つく間もなく大気圏突入の修羅場が待ち構えていた。
「・・・痛ったたっ、んっ途にもう!!こいつぅバカじゃない?冗談じゃないわよ!お肌弛んじゃってない?・・・ちょっとぉ双星神、そこに転がってる大バカリトルの体を固定!お願いね」
ティアスが振ら付く頭を押さえながら、身窄しく床に転がった獲物を、今や遅しと待ち構える双星神の餌食として与える。
「ラッジャですゥー!こんの迷惑千万娘め。この際だ、たっぷり悪戯しちゃろかのゥー」
「ラッジャですゥー!こんの恐怖の爬虫類小娘め。いっそ亀甲縛りにしちゃろかのゥー」
双星神は床に転がったまま昏睡状態にあるリトルの体を、勢い明利のコンソール・ボックスシートへと豪快に蹴り落として、あっという間に雁字搦めにユニットベルトを巻きつけ始めた。
当然、二人の表情には狂気を孕んだ尋常ならざるものがあったが、果たして双星神が「亀甲縛り」の架け方を知っていたかどうかは甚だ疑問ではある。
「それじゃあ、惑星降下開始を・・・もうしちゃってたわね。伽罹那、大丈夫かしら?出来るだけ大気圏突入姿勢制御は上手にお願いよ。イナーシャル・フィールド・キャンセラー全出力展開、行くぞ!」
ティアスは両頬に手を当てクイクイとマッサージをしつつ、姿勢を正しながらブリッジ前方に目を遣った。
彼女の見据える視線の先に居た伽罹那はと言うと、強張った筋肉を解し乍らも荒い息遣いで漸く立ち上がり、やや険しさを残した表情でティアスへ向かい力強く返答する。
「ラ、ラジャーです。ちょっと筋肉痛だけど、全力集中、乾坤一擲。勇気!元気!歓喜!前進!絶好調でぇい!!」
伽罹那は重力の軛から解き放たれた途端、Aiインターフェイス・バックアップのサポートも得れぬまま、その生身全身から迸る魂魄一つで大気圏突入の操艦をやり遂げる覚悟を決めた。
「くっそお、復活じゃああ!!勝ち取るのみだぜ、やってやる!いっくぞぉおおお!!!」
今度は、艦全体の姿勢制御イコライジング・ゲイン・コントロールがフィードバックされ、彼女の身体にズッシリと圧し掛かって来るが、それでも多重円環操艦フォログラムに包まれた伽罹那は、身悶えながら必死に活路を見出そうとしている。
「ぐぐっ、くそっ・このっ・ばかっ!・・・。ちょっとぉ高度が足りな・・い?ああクソっ!!・・・。思うように動かせねぇやな」
何時もなら重力制御コントロールにより、大した難儀もせず滑る様に緩やかに進入する筈であった本来の惑星大気圏突入と違って、【香粋】のネットりとした大気との絡みは、体中から湧き上がる悲鳴となって伽罹那の躰に襲い掛って来た。
全身から発せられるその痛みにも似た悲鳴を上手く躱して、それでも彼女は必至の操艦術で何とか墜落の危機を切り抜けようと試み、踠きながら運命を切り開くべく格闘を続ける。
蒼銀色をした【ルーミィ】の艦体底部に展開された、青白く発光するイナーシャル・フィールド・キャンセラーと、【香忰】の濃密な大気との間に生じた断熱圧縮により白銀色から青い燐片へと変化する幾筋もの帯を撒き散らしながら、伽罹那の操艦に応えて【ルーミィ】は一気に大気圏を切り裂いて跳び続ける。
「緊急制動ゴー・スターン!全身全霊で逆噴射だぁぁぁぁ!減速開始、このぉおおおおお!!ばかリトルゥゥがぉぉおおお!!!」
【ルーミィ】のバリアブル・エンジン・スラスターが一斉に逆立ち、それに加えて艦主前部からの逆噴射炎が幾重にも連なって吹き上がると、艦全体に振動が奔る。
「ティアぁぁぁぁ・・・ウミだぁ!うみ!!海!!!あそこへ飛び込むよ!!」
伽罹那の絶叫と共に一気に高度を落として行く【ルーミィ】の眼前には、萌木色をした海面が急速に迫っていた。
「上手くやって、任せたぞ伽罹那。双星神、ブリッジ重力制御手動切り替え、艦首・艦底部アンチ・ショック・アブソーバー・フルスロットル。総員対ショック姿勢!何でもいいから掴まんなさい!!」
ティアスの努めて冷静な声に如何反応したのか、双星神は振動に包まれながら必死に抱え込んでいたアームレストから即座に手を離すと、何故だか確りと合掌し始める。
次の瞬間、凄まじい轟音を上げてルーミィは艦首部から一気に海面へと激突した。
「ぐうっっ!!ひっぎゃあああ、激突ゥー!」
「ぐぐっっ!!だっあぁぁぁぁ、沈むゥー!」
双星神の絶叫がブリッジに響き渡る中、【ルーミィ】は壮絶な水柱を残して【香忰】の海中を突進する。
「大丈ー夫!沈まなーい!!特務航宙艦だぞ!!」
思わず口に逆上せた訳の解らない反論で気を紛らわせる伽罹那を余所に、ブリッジの全天フォロビジョンには、海中の暗がりの中で黒々と不気味に渦巻く高密度の水流が映し出されていた。
そのネットリと逆巻く水流の渦を潜り抜けるや否や、その向こうには海底樹塊海溝に沿って並び立つ樹根柱群状の絶壁が目前に迫って来る。
「うっぎゃぁああ!!こんなとこに根っこなんか張んなよぉぉぉ!なんて浅さだ、ぐっそぅぅう。そうりゃぁぁあああ!艦首うぅぅ上がれぇえいぃぃ!!」
多重円環フォログラムの中で、体を大きく拗ねらせながら負けじと伽罹那が叫ぶ。
そして間一髪、巨大な樹根柱の絶壁に激突する寸前、彼女は艦体を大きくロールスライドさせると一回転半捻りを加えて、突進する推力を一瞬で海面への浮上推力へと振り向ける。
伽罹那の見事な操艦術は、海底樹塊海溝の樹根柱群状の絶壁へ激突する寸前に艦体姿勢を横に受け流して、【ルーミィ】の巨体を一気に海面へと浮上させる力へと変換させたのであった。
「こりゃいかん、おいらの目が回るゥー!」
「こりゃあかん、あたしゃ壊れるぞゥー!」
「壊れなーい!だぁーってろ!死にたくなけりゃな、くっそ!・・・止まんねぇーや、も一回行くぞ!」
強張る躰を必死に反らして動き続ける伽罹那は、アンダー・ゲインの発する強烈な負荷を必死に耐えていた。
「「お願いよゥー!諸天様、善神さま、伽罹那サマ!!わしらまだ死にたかァないぞゥー!」」
何時しか合掌を解いてバンザイ姿となっていた双星神が、こんな時でもキッチリとハモって叫ぶ。
「死なーい!やーっかましぃわ!双星神、あたしの手で締め殺すまで死なせるか!」
その美しくエネルギッシュな動きとは裏腹に、必死の形相で【ルーミィ】の躁艦を続ける伽罹那。
「ばっかね皆、舌噛んじゃうわよ~」
ティアスの方はと言えば、こんな危急の状態であっても心なしか楽しんで居る様にさえも見える。
そして浮上反動で一気に海面へと突き出た【ルーミィ】は、鋭く輝く一振りの刀剣の様に見事海上に直立すると、続けて今度は艦体を捻りながら再び勢い良く海面へ落下し、荒れ狂う海面に艦体を叩き付ける。
強烈な衝撃が立て続けにブリッジを襲い、荒っぽく沈んでは浮上するクジラのブリーチング擬きを三度ほど繰り返した後、ルーミィは【香忰】の淡緑色をした濃密な海上に、大人しくその身体を委ねたのであった。
「はぁぁ・・・!それにしても結構酷かったけど、お見事よ、伽罹那!よくやったわね。一休みして、お疲れさん。で・・・双星神、アルと明利の坦務代行をお願い」
一際大きな溜息を吐いたティアスは、振り乱した皎銀色の髪をかき上げ、キャプテンシートにゆっくりと体を沈めながら伽罹那を労う。
「ラ、ジャー・・・でぇす。はぁ、はぁ。でも、もうだめ・・・そうかも、ふぅぅ」
多重円環操艦フォロシステムの中で寸前まで苦闘していた伽罹那は、激しい息遣いのままそう言うと、疲労困憊の姿でドサリと崩れ落ちるようにその場へ座り込んだ。
スマートで、ぐっと引き締まった彼女の全身には、今、噴き出した汗が滝のように流れ落ち、操艦イコライジングスーツをじっとりと濡らしていた。
「ティア、ラジャですゥー。よくやたぁー伽罹那、お疲れさん。あたしら生きとるぞゥー。ラミア、明利のサポート領域権限委譲受諾承認。艦体維持復元モード開始すっぞゥー、後は任せとけぃ」
「ティア、ラジャですゥー。頑張ったなぁー伽罹那、お疲れさん。もう死んでもいいぞゥー。テミア、アルのサポート領域権限委譲受諾承認。全域索敵サーチ開始すっぞゥー。こっちも任せとけぃ」
双星神は各個に其々(それぞれ)振ら付く体を落ち着かせると、直ぐさま艦体復元と周辺索敵を開始していた。
「アホか、ポンコツ双星神め。・・・覚えてろ。・・・何時かその首締めてやる・・・からな」
へたり込んだ伽罹那の顔には、絶体絶命の難局を乗り越えた安堵感からか、満足げに静かな微笑みを浮かべている。
ティアスの行使した「奥の手」、【ルーミィ】自律制御系緊急機能停止強制遮断プラグ・インストール・コード<Qs-0R>の発動により、その自律機能の大部分を凍結させられた【ルーミィ】は、当初の降下目標地点を大きく逸脱して、惑星【香忰】北半球側に連なる大陸の東方海上にこれまた無様に墜落、いや、辛うじての軟着水に成功したのであった。
「さて、それでは仕事に掛かろうか。・・・奴らを追うぞ、何としてもリディス少佐の確保とその情報を手に入れるんだ」
ティアスの瞳には自らの生存の喜びよりも、使命継続に対する執念の火がギラギラと燃え滾っていた。




