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「どうしたんですか? 何か見つけたんですか?」
誤作動を起こしたような重松の動作を、美由希は不思議そうに見ていた。
「ほら、これ」
重松は検索結果の画面の下の方に表示されているサイトを、クリックして開いた。
優しげな緑色のデザインを基調としたページが画面一杯に拡がる。
「『定期研修会のお知らせ』とありますね。これは医者向けの勉強会みたいな物ですか?」
どうやらそのページは、阪奈和整形外科医会という団体のホームページの一部分のようだ。
「見てみい、この定期研修会っちゅうやつ。いっぱい書いてあるけど、この『変形性膝関節症での〜』って標題ついてる研修会は『於・橋本ロイヤルホテル』とある。橋本市で開催されるっちゅうことや」
「もしかして犯人はこの研修会で橋本市を訪れてたんですか?」
重松はすぐには声を発せず、そのページを何度もスクロールしながらチェックしていた。暫くして手を止めると、画面から目を切り美由希の方へ向き直る。
「どうもこれを見るに、過去にも橋本市で何回も開催されとる。最低でも年に一回は」
「ほんならやっぱり?」
「阪奈和整形外科医会っちゅうことやから、犯人が堺市で開業医やっとるんやったら加入しててもおかしない」
「年に一回ずつでも、何年か行ってたなら土地鑑が出来たと考えても不自然やないですね」
重松は再び電子画面と正対する。
「……この阪奈和整形外科医会の代表者と連絡を取ってくれへんか? 電話番号はこのホームページに載ってるから」
ホームページに顔写真付きで示された代表者は守屋明利という人物である。写真の守屋が白衣のような服装をしていることから、彼も現役の医師のようだ。
「分かりました。すぐに電話します」
今日が日曜日であったことも幸いした。守屋は自宅に在宅しており、電話はすぐに守屋へと繋がった。
美由希が受話器に話しかけている間、重松は親指と人差し指で両瞼を押さえつけながら、ただじっと佇んでいた。まるでそこだけ時間の流れから取り残されたように。
「……はい、ありがとうございます」
受話器を置く音が妙な緊張感を演出する。重松は解きほぐされたように美由希の近くに歩み寄る。
「午後から会ってもらえるそうです。自宅が大阪市内らしくて、一時半に来て欲しいとのことです」
「今度は近くで楽やわぁ」
重松はあっけらかんと笑った。二人だけの会議室の引き締まった雰囲気と不釣り合いな笑顔だった。
「どうします? 今ちょうど正午くらいですけど?」
「守屋と会うのが一時半やろ? とりあえず散らばってる捜査員に連絡して、被害者の交友関係を洗てる班には、被害者が堺市で病院に行ってた事実がないかの確認を徹底するように言うといてくれ。連絡が終わったら、俺らは昼飯や」
重松は胸ポケットを二度ほど掌でポンポンと叩き、部屋を後にした。その仕草は喫煙に向かう時の一種の決めポーズである。
美由希はドアが閉まると同時に携帯電話を取り出し、あくせくとボタンを押していた。
美由希からの連絡を受けた佐久間はまさに水を得た魚だった。
福島区を中心に聞き込みを行っていたが、昼時になってもまだ、手応えを掴めずにいた。しかし、コンビニで弁当でも買って昼食にしようかと鈴木と話していた矢先、美由希からの着信を受けた。
被害者の一人である矢沢が堺市で病院を訪れていた事実を突き止めたという。しからば、他の被害者たちも同じ病院の患者だったと仮定すれば、犯人が入れ墨を確認した方法も、財布を遺体から抜き取った理由も説明がつく。
興奮気味で早口になり、所々呂律が怪しくなりながらも、美由希はそのように報告をしてきたのだ。そして与えらた指示は、他の被害者たちが堺市の同じ病院――それも恐らく整形外科の個人病院――を受診していなかったかを洗えという物だった。
「いやぁ、そういうことでしたか……。重松警部は物凄いことに気がつきはりますな」
鈴木が助手席で目を見開いて感心している。昼前に佐久間と鈴木で運転役を入れ替わったのだ。
一方で佐久間は何事もないような大人しげな顔をしている。
「病院とは、簡単に思い付きそうなもんで今まで誰も思い付きませんでしたな」
「でも、まだ決まったわけやないんでしょう? あくまでも矢沢が堺市で病院にかかってたのが分かっただけで……」
鈴木の発言は一厘も間違ってはいない。まさに今からその仮定を確証へと昇華させるための捜査をしなければならないのだ。
佐久間が平然としているのには他にも理由があった。病院というキーワードを耳にして、一つの記憶が蘇った。と言っても、たった数時間前に聞いたばかりの話だ。
今朝の捜査会議が終わってから、いの一番に向かった菱谷の友人から、とある話を聞いていた。それは菱谷の趣味の話だ。
「鈴木さん? 朝に堺市の菱谷の友人の所に行ったでしょう?」
「ええ、彼とつるむのに菱谷は何遍も堺市を訪れてたから……」
「その時にボウリングの話を聞いたの覚えてますよね?」
佐久間の問いかけに対し、鈴木は無言で頷いた。鈴木も佐久間同様に蘇った記憶があるのかもしれない。
「確か、頻繁に趣味のボウリングをしてたんやけど、一回怪我して暫く止めてた時期があったとか」
鈴木は宝物を掘り当てたような嬉々とした表情を浮かべる。二人の意思が合致した瞬間だった。
「その怪我っちゅうのが……」
「堺市のボウリング場で、投球した時に太腿の付け根の肉離れを起こしたんでしたね?」
佐久間はあえて焦らすように訊く。
「そうでした。それで最初は我慢して続けてたんやけど、えらい痛なってきてすぐに病院に行ったとか」
「聞いた時はただの笑い話やと思たけど、これは重要ですよ。普通肉離れやったら整形外科に行くでしょう? しかも場所が太腿の付け根やったら、確実にズボンを脱いで患部を見てもらうやろうから、腰の入れ墨が医師には見えた可能性が高い」
「間違いないですね。大阪市内に住んどった菱谷が堺市で入れ墨を他人に露出したとしたら、それしかありません」
鼻息荒く鈴木が捲したてる。
二人のすべきことは決まった。佐久間は手帳を懐中から取り出し、武骨な指で頁を繰る。
「よし、今朝会うた菱谷の友人に電話してその病院の名前を聞き出しますわ」
車内の時計によれば、もう午後に足を踏み入れていた。携帯のディスプレイに表示された着信履歴を見ると、美由希から着信があったのがちょうど十二時だったのだから当たり前だ。
微細な点の羅列で描き出された『勝野美由希』の文字を眺めているだけで、佐久間は梅雨空のような憂いを帯びたもどかしさに襲われる。心の内をいつまでも打ち明けられないでいるのだ。
だが今そのような感傷に浸っているわけにはいかない。
佐久間の指先がボタンを順になぞり、菱谷の友人の電話番号が完成された……




