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智良と小さな巫女  作者: めじろ
9/12

現場検証

 智良(ともよし)は崖のふちに立って景色を見渡した。


「ヨッシー危ねえよ」


 目のくらむような高さではない。しかし、下に流れる谷川には大きくてとがった岩がごろごろしている。落ちれば大怪我。助けが呼べなければ死ぬ。


 智良は鈴奈(すずな)が最期に見たであろう景色をじっと眺めた。振り返って背後を見分する。木々が鬱蒼と生い茂る。下生えは笹。人間が身を潜めるのは簡単だろう。


「高崎、笹の中にキャンプや焚火の跡がないか探してくれ」


「おう」


 手分けして背後の笹も崖の下も捜した。しかし、伯父の言うとおり何も見つからない。現場周辺を撮って一旦休憩する。舗装されたところまで道を戻った。


 路ばたに座りお茶を飲んで休んだ。


 智良は携帯電話を取り出した。自宅からの着信は大量にあるが、欲しい連絡はまだない。曽根の携帯を呼び出し通話ボタンを押した。曽根はすぐに出た。


「智良だ。曽根、何かわかったか?」


『ごめん、なにも』


 智良は昨日のうちに曽根に連絡して、情報を集めてもらっていた。品行方正で爽やかな人格を通しているが、曽根はハッキングを趣味にしている。もちろん、ハッキングは犯罪。しかし、曽根いわく「情報を悪用するから罪なんだ。僕は扉を開くだけ。暗号を解くのが楽しいんだ。開いた後は元通りに閉じてるよ」。だから、真実を明らかにするために県警をハッキングしてもらったのだ。現場の写真や捜査ファイルを手に入れるために。


「やっぱ、超能力者とか見える奴とか、どっか頭のネジ外れてるよな」


 高崎は遠い目をして呟いた。


「高崎も共犯な」


「へいへい」


『何?』


「何でもない。どのくらいあれば見つかる?」


『まだデータ化されてないのかも。片っ端から漁っているんだけどな。交番の端末も検索したのに。警官個人の携帯もチェックしてみるよ』


「そこまでやらんでいい」


「怖! いいんちょ怖い! ガチで怖い!」


「現場の写真を送る。一応お前の目でも見てくれるか?」


『もちろん。あ、画像はアクセスして勝手に持っていくから送らなくていいよ』


「やめて怖い! 俺は委員長が怖い!」


『…高崎君、データっていつでもどこでも拡散するから、大事なことは携帯に残さずに紙にメモしておいたほうがいい』


「ええ!? ちょ、俺の携帯! 勝手に動いてる!」


「気を付けるよ今すぐ」


『是非そうして。僕程度のハッカーなんてごまんといるから』


「もう嫌だー! 穴掘って入りたい」


「落ち着け。曽根はハッキングした情報を犯罪に使ったりしない」


『そうさ』


「精々好きな女子に意地悪するくらい」


『わあああ! 言わないでくれよ忘れたいんだ!』


「もちろん。今回のことも他言無用だ」


『約束だぞ!』


「ああ。画像の解析頼む」


『大したことはできないけど、見てみるよ』


 通話を切ってもう一度山に入る。


 現場を通り過ぎ、奥へ進む。


「ヨッシー? どこ行くんだ?」


「見ておきたい場所があるんだ。そこ行ったら帰ろう」


「どこ?」


金明神(こんみょうしん)の祭祀場」


「もしかして、鈴奈ちゃんが掃除してた場所?」


「ああ。行けるとこまで行ってみよう」


――泉がね、金明(こんみょう)さまの居場所なんだ。満月の夜はとっても綺麗。


 山道をひたすら歩く。陽はじりじりと傾いていく。道は次第に狭くなり両側から枝葉が手を伸ばす。足元はでこぼこになり、川筋と交わり、急斜面を這うように登る。


 高崎が音を上げる。


「これ、ほんとに、道?」


 智良は無言で突き出た枝を掴む。振り返ればまだ辛うじて道だとわかるくらいのけもの道。間違えたかもしれない。眼の前には智良の背丈より高い斜面。これを登って道がなかったら引き返そう。


 木の幹に手を掛けてぐっと身体を持ちあげると、開けた大地だった。


「…ここ」


 見つけた。


 目的の場所ではないが、鈴奈が言っていた。


――お花畑があるの。段々になってて、季節になったら順番に咲くんだよ。私が育ててるんだ。


 全体に淡い色合いの花々が段ごとに、あるいは間隔を開けて植えられていた。広い段は体育館ほど。狭い段は四畳半ほど。棚田のように花畑が斜面に広がっている。その間を道が縫うように続いている。


「すげえ…」


 険しい山の中にぽっかりと現れた桃源郷。鈴奈はここにいたのだ。


「金明神って、花畑の神さま?」


「いや、御神体は泉だと聞いてる。ここは前庭だと思う」


 智良は花々を眺めて歩く。なんだか身体が軽くて雲を踏むようだ。


 まるで、あの世とこの世の境。三途の川は花畑の中を流れているという。きっとこんな場所。


 鈴奈の言葉を思い出せるだけ思い出す。


――お山の奥にね、お花畑があるんだ。


「村の、花畑」


――毎日、少しずつお手入れするの。村のひとたちにも、手伝ってもらうんだ。でもね。


「もっと奥に、いちばん奥に、泉が」


――神さまのいるところ。ここだけは、わたしがひとりで、毎日お掃除するんだ。


「満月の夜が、いちばん、綺麗…」


――泉がね、サファイアみたいなの。


 智良は一番奥まで進んだ。しかし、花畑より奥には行けなかった。道は茨で遮られていた。茨の前に立て看板。


『危険! 立入禁止』


 急に体重が戻った。かさこそと枝葉が揺れた。


「…」


 智良は目を閉じて集中する。雨島神(あめしましん)本体を祀る孤島は、その空気が陸地と一線を画す。茨の奥の空気はピンと張りつめている。間違いない。鈴奈の泉はこの奥だ。


行きたいと思った。


 鈴奈の一番大好きな場所。


 智良は首を振って口に出す。


「――帰ろう」


智良は両手で頬を叩いた。


鈴奈はもうそこにいないのだ。


高崎を呼ぶと、景色をパシャパシャ撮っていた。


「遊ぶな」


「いやいや、待ち受けにぴったりじゃん」


 振り返った。優しく美しい景色。鈴奈が育てた花々。


「…そうだな…」


「あ…」


 高崎は振り向いて俯いた。


「ごめん。テンション上がってた」


「いい。褒めてくれるなら鈴奈は喜ぶと思う」


「ううん、やっぱ、フキンシンだよな」


 智良はベストな角度を探して携帯を取り出した。パシャリ。花畑が携帯に切りとられた。


「いいのに撮れた?」


「ああ」


 携帯を降ろしたその向こうの景色。真ん中で鈴奈が笑っているような気がした。もちろん、そんなことはないし、今後もありえないのだけれど。


 山の険しさに隠れてぽっかりと浮かぶ花畑。桃源郷は大切な巫女を失い、どこか淋し気で頼りない。智良は花畑をしっかりと目に焼き付けてその場を後にした。


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