第3話 さようなら
あの東京ミッドタウンの夜から、半年ほど経った頃。
彼女から、相談を受けました。
退職を考えている、と。
……そっか。
そんなことを考えていたのか。
本社の会議室で、理由やこれからのことを一通り聞きました。
仕事もできるし、英語も堪能。自分の考えもしっかり持っている。会社にとっては、間違いなく貴重な人材です。
もちろん、辞めてほしくはない。
でも、本人が考えた末に出した結論なら、それを尊重したい。
そんな話をしていると、彼女が不思議そうな顔をしました。
「レイジさんは、引き止めないんですか?」
「ん?」
「普通、こういうときって、引き止めますよね?」
「ああ、そうだな」
「……?」
「課長には内緒だけどさw」
「はい?」
「俺、今まで本気で退職を希望してる人を、引き止めたことがないんだよ」
「えっ、どうしてですか?」
「まだ聞くかw」
少し笑ってから、答えました。
「だってさ。俺が引き止めたとして」
「はい」
「この会社に残った先の人生が、辞めて新しい道へ進んだ人生よりも、絶対に幸せになるって約束できるか?」
「……」
「俺には、できないんだよ」
彼女は、黙って聞いていました。
「もちろん、残ってくれたら嬉しいよ。仕事もできるし、みんなだって助かる」
「はい」
「でも、それは俺たちの都合だろ?」
「……」
「xxの人生だからな。自分で考えて、自分が信じた道なら、そうした方がいいんじゃないか」
こんな話を、退職を相談してきた本人へ明かしたのは初めてでした。
普段は、ここまで言いません。
なにしろ。
立場上、上にバレるとヤバいしw
しばらくして、彼女が笑いました。
「レイジさんって、やっぱり正直ですねぇ」
「そうか?」
「会社って、普通、俺たちの都合ですよね」
「だな」
「それに、部下にも上下関係をあまり意識させないし」
「ああ」
「……かなり変ですよねw」
……おい。
そこはギリ褒めてるんだよな?
「まあ、よく言われるw」
「そうなんですか?」
「血液型も、みんなからよく分からないって言われるし」
「Bでしょ」
即答。
おい。
早いな!!
「www。BとかABって、よく言われる」
「違うんですか?」
「言わないw」
「え~、なんでですかw」
さっきまで退職の話をしていたのに、いつの間にか血液型の話になっていました。
まったく。
この子と話していると、どうしてこうなるんだ。
でも、少し安心しました。
引き止めないからといって、必要としていないわけじゃない。そこだけは、ちゃんと伝えておきたかった。
いつもの調子で俺をからかう彼女を見て、こちらも少し、肩の力が抜けました。
「まあ、そういうことだから」
「はい。ありがとうございます」
「頑張れよ」
「はい!」
よし。
これで話は終わり。
と、思ったところで。
「あ、そうだ」
「はい?」
「課長にはさ」
「はい」
「レイジさんから、かなり強引に引き止められましたって言っといてくれw」
「ええっ!?w」
「いや、頼むって! 俺にも立場ってもんがあるんだよ!」
彼女は、声を出して笑っていました。
……まったく。
最後まで、上司の威厳がない。
いや。
いつもじゃないですよ。
――◇――
そして翌年。
彼女は、外資系のコンサルティング企業へ転職していきました。
英語もできる。
仕事もできる。
あの悪戯っぽい性格なら、新しい職場でも、きっと周りの人たちとうまくやっていくんでしょう。
……いや。
新しい上司も、からかわれているかもしれないけどw
そういえば、あの夜。
「イルミネーションデートしたって、リーダーさんに言っちゃおうかなw」
なんて言っていましたが、結局、リーダーからそんな話を聞くことはありませんでした。
よかったぁぁぁぁ!!
いや。
何もしてないんだけどね!!
ただ、一緒に歩いただけだから!!
……最後まで、誰に言い訳してるんだ、俺。
――◇――
それから、彼女がどうしているのか。
今は分かりません。
PMを長くやっていると、本当に多くの人と出会います。
何年も同じ現場で働いた人もいれば、ほんの短い間だけ関わった人もいる。そして、いつの間にか、それぞれが別の道へ進んでいく。
全員の顔を覚えているわけじゃないし、すべての出来事を覚えているわけでもありません。
でも、あの日、彼女が俺の言葉を覚えていてくれたように。
俺も、彼女のことを覚えています。
ネコの看病で、一週間休んだ子。
東京ミッドタウンで、俺を散々からかった子。
青山までの帰り道に、昔のプロジェクトの話をしてくれた子。
そして、自分で新しい道を選んで、会社を去っていった子。
あれから、何年経ったんだろう。
あの子も、元気でやっているかな。
今でも、ネコパンチを食らっているのかな。
東京ミッドタウンのイルミネーション。
青山までの帰り道。
あの夜、俺自身も忘れかけていた朝礼の言葉を、彼女が口にしたときのこと。
思い出すのは、そんなことばかりです。
……いやぁ。
ずいぶんと振り回されたけど。
今では、いい思い出です。
さようなら。
新しい場所でも、元気でな。
【了】
――◇―― ――◇―― ――◇――
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回のような仕事の話もありますが、
普段はもっとしょうもない日常ばかり書いていますw
笑える話もあれば、笑えない話もあります。
仕事の話、家族の話、若い頃の話、そして本当にどうでもいい失敗談。
ほとんどが、一話で読める短いエッセイです。
最初から順番に読まなくても大丈夫。
よろしければ、タイトルを眺めて、ちょっと気になった話だけつまんでいただけたら嬉しいです。
◎『気まぐれしょうもナイト』
https://ncode.syosetu.com/n2397lb/
ちなみに、今回のお話を気に入ってくださった方には、こちらの仕事関係のエッセイもおすすめです。
◎『008 青ざめリーダーと手作りストラップのシングルマザー』
https://ncode.syosetu.com/n2397lb/8/
◎『011 うちの期待の新人・星くんは……』
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◎『020 こんな上司はイヤだぁぁぁぁ~!』
https://ncode.syosetu.com/n2397lb/20/
◎『033 トラブル発生とニケのジャンパー』
https://ncode.syosetu.com/n2397lb/33/
……。
なお、面白さには個人差があります。
当たり外れは、自己責任でお願いしますw




