第三十七話 復讐
数日の滞在を経て、俺とコルネリア、そしてその廷臣団はコリントに帰る日を迎えた。和大は自分の取り巻き達をそれぞれの帰る場所に送り届けながらコリントに戻るそうだ。
俺たちはキントスや、アチア、ヴァレオス達に別れを告げ帰路を辿った。と言っても、境界付近まで転移術で飛んで少し歩くを繰り返すだけだったから、二日でコリントの宮殿の中庭に帰ってこられた。
そこは夢の中で見たままの姿を保っていた。
「ユーダイ。ここには悪い思い出もあるでしょう。別荘で暮らすことも出来ますよ?」
「いえ、ここで構いません」
「そう、ですか」
コルネリアに見られないように小さく笑う。
ここだ。ここで全てが始まり、そして一度終わった。ここでなら俺は怒りを忘れないでいられる。
今の俺にとってそれは、楽園で暮らすより遥かに心地が良い。
荷を解いて、十歳の頃まで過ごしていた自室に入る。
子供用の絵本や玩具が整然と片付けられていて、部屋の中には埃一つ無かった。全てがあの頃のままだ。
俺が育った部屋だと教えると、ラミアは嬉しそうにあちこちを見て回った。
今の俺が寝るには少し小さいベッドに腰を掛ける。
ブルトゥスと打ち合わせたパース殺しの決行日が近づいている。
計画は簡単だ。かなり前に脱出に使った制服を使って忍び込み、パースを転移させ、人気のないところでブルトゥスに殺させる。後は死体を送りつけて貰えばいい。
計画を頭に思い浮かべつつ、ラミアを残して部屋を出た。そして、コルネリアの執務室を訪ねる。
「お仕事中すみません。少しお願いがあるんですが……」
「ええ、もちろん構いませんよ。何ですか?」
「カサンドラスで色々あって、キントス殿の魔力を継承するための黄金剣を見ました。俺も母様が使う祭器を見たいなと思ったんです」
コルネリアは書類仕事用のメガネを外して、立ち上がると俺を案内した。
カサンドラスでは厳重に保管されていたが、コリントではそうでは無かった。鍵のかけられた礼拝堂があって、その部屋の奥に短剣が飾られている。
「いつか、その時が来ればこの短剣を使って私の千剣を貴方に譲ることになるでしょう」
「……思い出した。よく、ヴァレオスやエリアスとここに忍び込んで遊んだんだ」
「ええ、そして私がそれを見つけて、こっぴどく叱ったものです」
俺は礼拝堂のベンチを撫でた。最前列のベンチにはテーブルのようなものが付いている。俺達はよくその下に隠れて、でも結局見つかってしまうんだ。
「コルネリアさん、暫くここで一人にして貰えませんか?」
「……いいですよ。ここを出る時は鍵を閉めて、私のところに返しに来てください」
そう言ってコルネリアは鍵を差し出す。すると、受け取ろうとする俺の手を女はギュッと握った。無感動に目礼をして部屋の観察に戻る。
女が礼拝堂を出て、ひとしきり思い出に浸ると、黄金剣を手に取り懐に納める。
これさえあれば、パースの力を俺の物にできる。
礼拝堂を出て、鍵を閉める。宮廷の窓から、斜陽の燃え滾るような光が差し込んでいた。
数日して、あっという間に決行の日がきた。不文律など無視して俺はパースの館の、そう、グラジオと再会した辺りに転移した。
俺は制服を見に纏い、ラミアは自分に幻術を施して正門に回り込む。
相変わらず出入りの多い門を何食わぬ顔ですり抜け、俺達はパースの執務室を目指した。
「ここも変わりませんね」
「ああ、不思議と懐かしく感じるな」
皮肉混じりの笑みで返す。
執務室の扉の前に辿り着き、俺はなるべく恭しくノックをした。
「どうぞ」
その声を聞いて、心臓が跳ねた。あの時の恨みを晴らすことが出来る。そう思うと、興奮で足が疼いた。
俺とラミアは執務室に入り、後ろ手に鍵を閉める。それから制服を脱いでパースに姿を晒した。
「お久しぶりです。パース殿」
「本間……雄大……殿? これは困りますな。何の連絡も無しに来られては、おもてなしの準備が出来ません」
「その必要は無い。二十一年前、コリントの宮廷にグラジオを手引きしたのはテメエだな?」
その問いにパースは薄笑いだけを返した。
「ふふ、ようやく記憶を取り戻されたか。それで、私をどうされるおつもりかな?」
俺は金眼を剣呑に細めて、ペンを持つパースの手元を視線で射った。
「虚勢を張るのはやめろ。手が震えてるぜ?」
「さてさて、何のことやら、しかし、こうなっては私も力を使うしか無いようです。”龍鉄”」
痩せぎすの男は短く呟く。龍鉄はコルネリアの千剣と同じ材質で、この異界で最も硬い物質だと昔教わった。その防御力は覇級魔術でも簡単には貫けない。
「とはいえ、弱点はある。どれだけ硬くても、鉄って事は、外圧で歪められれば変形してしまうって事だ」
「ご冗談を。この肉体を変形させる事など、剣聖にも不可能ですよ!!」
俺は「ラミア、頼む」と囁いてからパースに悠然と近づいた。
「あなた如きに盟主は倒せない。理解出来たらお母様の元へ帰りなさい」
「そいつはどうかな?」
パースが繰り出したぎこちない拳を簡単に躱し、細い首に右手を添える。
そしてアルミ缶をそうするようにグシャリと潰した。
「面白えよな。こうして一度喉を潰して仕舞えば、手を離しても勝手に窒息するって寸法だ」
「ガッ、アグッ」
パースは呻きながらも空気を求めて暴れ回る。棚から本がドサドサと落ちて、机の上がひっくり返された。
「さあ、どうする? そのまま自分の権能に絞め殺されるか? それとも一か八か自分だけの力で俺に立ち向かうか?」
俺は懐の短剣に指を這わせつつ、尋ねた。
「グッ、はぁ、はぁ……」
ついにパースは龍鉄を解いた。同時に、奴の左手を短剣で貫く。それは注射針のように痩せぎすの男から魔力を吸い上げ、魔性の輝きを帯びた。
「もういいぞラミア」
背後に声を掛けると、苦しそうにしていたパースは急に顔を上げた。
「何故、突然、呼吸が楽に……ガアァ」
改めてパースの首を締め上げる。さっきとは違って、首は柔らかく俺の手の力を受け入れた。
「カサンドラスの領主じゃあるまいし。龍鉄を片手でへし折れる訳ないだろ? それにしてもテメエほど簡単に幻術にかかってくれる盟主は、そうそういねえだろうな」
嘲笑を隠しもせず、転移術の詠唱を唱えた。
挑発のせいか、それとも、首を絞められているからかパースは顔を真っ赤にして俺を睨みつける。
ラミアが肩に乗り、そして転移の光が執務室を満たした。
「お、ようやく俺の出番か?」
景色が瞬時に変わった。以前、ブルトゥス達に襲われた森の奥。
木々が吐き出す涼気が、復讐に酔って火照った身体に染み渡った。
魔族は、転移するなり、声を掛けてきた。
「ああ、力は回収済みだ。あとは任せる」
「ま、お待ちください。真実は全てお話しします。だからどうか命だけは、命だけはお助け……」
地面に頽れて上目遣いにこちらを見る男に、跪き、視線を合わせる。
「何でも良い。言い訳をしてみろよ。万に一つ、俺の気が変わるかもしれないぜ?」
背後から不満げに鼻を鳴らす音がした。
パースは目を血走らせ、黒い虹彩が縦横無尽に駆け巡った。
俺は男がどんな出鱈目を吐くか、静かに待つ。
「わ、私は、私は……私こそが王だ! 千剣? 剣聖? それが何だというんだ! シュミッツェルを見ろ、あそこまで都を栄えさせた盟主がいたか!? 戦うしか能のない連中に見下される筋合いなどない! 肝心な時に現れもしない剣神など、ありがたがって何になる!? 王に最も相応しいのは……私なのだッ!!」
「つまんねぇな……」
一息に捲し立てて肩を大きく上下するパースを見下ろし、呟く。
俺は踵を返して、すれ違いざまに、ブルトゥスの肩にポンと手を置いた。
「楽しめ」
その一言だけで、二人の男は対照的に表情を歪めた。
一人は悦びに、一人は絶望に。
それが、十六年がかりの、復讐の顛末だった。
俺は二人を軽蔑を込めて一瞥して、コリントの宮廷に戻った。
自分の部屋に帰って、窓から差し込む月光に短剣をかざす。早くも固まり始めていた血がヌラヌラと光った。
まだこの魔力を体に入れる訳にはいかない。暗黒の血脈が追い詰められている現状では、身内に疑いが向く可能性も十分ある。
俺の命を弄んだ仇敵は、後、四人。
暗黒の盟主、第三位。エンセンドナ・トウリ・グラジオ
暗黒の盟主、第二位。エンセンドナ・ドーバ・シャドウ
黄金の盟主、筆頭。グラディウス・アインス・コルネリア
そして、魔王殺しの剣聖。本間 和大
俺の全てを掛けて、必ず奴らに相応の報いを——。
前編 了




