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怪物たちは校則を破らない  作者: 竜の牙


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第1章 第三次通知

挿絵(By みてみん)

異適院では、人が死んでも制度は正しい。


規程に沿って死に、所定様式で清算されれば、少なくとも学校側に問題はない。


だから私は、校則を破らないことにしている。


破るより、最後まで読んだ方が穴が見つかるからだ。


封筒が爆発しなかった。

正直、かなりがっかりした。


封筒が爆発しなかった。


正直、かなりがっかりした。


仕事は一つしかなかったのに。


私は三分ほど、それを机の上で睨んでいた。


厚手のクリーム色。結の火曜日分の酸素使用料より、一枚あたりの単価が高そうな紙。


封蝋には異適院の校章。幾何学方程式を涙のように流す眼。


学校の公式デザイン規定に従えば、「知性」「威厳」「支払義務」を同時に表しているらしい。


私には「開けたら請求します」にしか見えない。


「鳴ってる?」


床から恩田結の声がした。


彼女はチョコ丸のボウルに顔を半分突っ込んでいた。八分前まではサクサクだった。


湿っていく過程を最初から見ていたが、何も言わなかった。


私と結の関係は、だいたいそういうところからできている。


「鳴ってない。見てる」


「脈は?」


結が顔を上げた。


額の真ん中にチョコ丸が一粒張りついていた。


加工糖の第三眼。


「前に第二次警告が来たとき、封筒が猫を食べようとしたから」


「猫、飼ってないでしょ」


「だからわざわざ一匹生成した。食べる対象まで用意する。行政としては丁寧」


壁紙が切り替わった。


あなたの可能性は、まだ収益化されていません。


次。


失敗とは、まだ請求されていない成功です。


次。


すべての挫折は学習機会です。なお、学習機会には所定の利用料が発生します。


最後に校章へ戻り、眼が一度だけ瞬いた。


編入初週、私はこの「瞬く校章」について苦情を出した。


苦情は受理された。


苦情申立手数料四十存在単位が課された。


その後、校章は変わらず瞬いている。


学校と私の関係も、だいたいそういうところからできていた。


結の灰色の演算脈が袖口から覗いた。


私の脈は黒い。


異適院のネットワークは学生証より深い場所にある。


入学同意書第四十三条。「駐輪・駐車及び身体内演算基盤の取扱い」の項目だ。


誰も読まない場所に、誰も読まない大きさで書いてある。


脈そのものの色と、端末が重ねる支援表示は別だ。


青は外部からの支援がついた印。


黄。機能制限開始。


赤。学校があなたの五感のうち、どれを「教育上必須ではない」と判断するか検討中。


私の脈は編入前から、六日間ずっと黒かった。


評価表に黒はない。


異適院は評価表にないものを見つけると、まず第三次通知を送り、それでも理解できなければ溶かそうとする。


だから封筒だ。


「開けなよ」


「退学だったら?」


「机もらう。調査ボードを増設する」


「もう三枚ある」


「あれは仮説。あなたの机は確定事項用」


結は胸を一度叩いた。


肋骨の奥で何かが止まり、考え直し、また動いた。


彼女の演算脈は灰色だった。青でも黄でもない。


徴収規定と長期間交渉を続けた人間だけが到達できる、管理された曖昧さ。


「綴。四分間、破滅を予測してる。そろそろ破滅を開始して」


封を切った。


紙面の余白で方程式が泳いだ。


異適院公式文書用黒インク。


普通の黒との違いは、読んだ瞬間に「これは法的拘束力を有し、その法体系とは当校を指す」と感じる点だ。


資産記録:境野綴

学生識別番号:00-0174

身体演算ネットワーク状態:重大/未分類脈事象・第六日

学籍状態:仮認定(第三次・最終是正通知)

未納額:847存在単位

出生証明試験:30日後

受験条件:秘術演算への直接接続。補助機構の使用は一切認めない。

不合格時:構成部品回収を目的として当該資産を清算する。

本通知をもって最終通知とする。第四次通知は発行しない。


以上。収益性の高い一日をお過ごしください。


異適院資産継続基準室


私は通知の下へ、市立高校の募集案内を重ねた。


青い空の下で、誰も角を測っていない写真。


嘘かもしれない。


それでも、境野綴という名前だけで呼ばれる場所へ行きたかった。


未分類資産でも、要経過観察でもない名前で。


結が写真の端を押さえた。


「ここ、通学に一時間かかる」


「調べたの」


「乗り換え一回。雨の日は駅の北口」


そういうところが、困った。


私はもう、その北口に結と立っているところまで想像してしまった。


「三十日」


声が自動補正され、妙に事務的になった。


「出生証明試験。直接接続のみ。補助なし」


結が起き上がった。


額のチョコがブレザーに落ち、布地の演算脈が一瞬だけ光ったあと、「学術上無関係」と判断して消えた。


彼女の顔から、いつもの平板さが半秒だけ落ちた。


「私より早い」


「あなたは?」


「四十五日。失敗するまで十五日も余分に劣化できた」


「成功したみたいに言わないで」


「二回失敗した」


床に落ちたチョコを拾い、食べる。


結にとって廃棄は思想上の敵だった。


「二回目の方が悪かった。何を間違えてるか全部わかって、それでも止められなかったから」


私の現状を完璧に説明していたが、本人は気づかないふりをした。


結の視線が机上の本へ移る。


灰色の表紙。


正式な題名は、


『恋愛事例でわかる異類社会規程』


生徒は恋規と呼ぶ。


編入セットの中に、身体統合同意書と給食プラン申込書にはさまっていた。


発行元なし。返却先不明。


奥付には第七版とあるのに、余白の筆跡は少なくとも十二人分ある。


しかも表紙の副題だけが、ときどき勝手に変わる。


今朝は、


『触手教授は八本腕で私の単位を奪う』


昨日は、


『先生、その肢体数は校則違反です』


条文の横には、意味不明な恋愛事例が挟まる。


規則を読むと、なぜか人間関係の距離、請求、拒否、所属、責任へ翻訳される。


その翻訳を通すと、秘術演算まで理解できた。


学校は編入初週から没収したがっている。


しかし没収には分類が要る。


恋規は、教材、私物、共同著作物、呪具、参考書、既存学生の寄せ書き、そして時々こちらへ返事をする何かの間を移動し続け、どの欄にも落ちない。


分類できない物品は没収できない。


それが恋規の法的戦略だった。


かなり古い戦略らしい。


「試験の条件はわかってる」


「予備判定で二回、規定値に届いてない。二回とも、その……」


「結」


「使用禁止の補助的関与がないと維持できなかった」


結はノートを開いた。


「弔辞、もう書いた」


「早くない?」


「正確」


「慰めになってない」


「受かった場合の対応案も三つある」


一拍。


そこだけ、彼女の声が少し丁寧になった。


「……聞く?」


結が私に敬語を使うときは、だいたい状況が悪い。


「聞かない」


「了解」


すぐ元に戻った。


窓の向こうを補助寮が流れていく。


金色の尖塔。


補助金つきの日差し。


青い脈の学生たち。


安定は買える。


最初の夏の記憶。


親の笑い声。


驚く能力。


理事会が「将来の就労能力に直接影響しない」と判断したものなら、だいたい担保にできた。


理事会はこれを「未来への投資」と呼んでいる。


学生は会議の議題ではない。


学生が議題そのものだ。


「遅刻する」


私は立った。


「必要な物を鞄に詰めて。遅刻とこの話を同時にする気はない」


「左の靴がない」


見た。


靴は履いていた。


左足ごと、本来あるべき位置から八センチほど左にずれていた。


「火曜日」


私が聞く前に結が言った。


「方程式の発音を間違えた。空間的一貫性予算を減額された」


「それ、いつまで」


「あと十七か月と三週間」


彼女は鞄を拾った。


私のペンも当然のように入れた。


「あと、今日の服装検査で引っかかる」


「足がずれてるせいで?」


「靴の位置が制服規程の許容範囲外」


「足の方は?」


「身体異常は免責事由にならない」


「理にかなってる」


「でしょ」


「褒めてない」


「知ってる。来る?」


本を鞄に入れた。


廊下は、異様にきれいだった。


異適院では、廊下の清潔さは過去形の災害指標だ。


少し汚いなら何も起きていない。


完璧にきれいなら、何かの履歴が予算上の理由で削除された。


床の演算脈が私の黒い脈を読み取り、一瞬ためらった。


資産在館。

状態:保留。

00-0174参照。

一次・二次対応済。

三次対応前に学監確認。


「学監、まだ会ってないよね」


結が言った。


「うん」


「会うね」


「縁起でもない」


廊下の先で、清掃車が停まっていた。


昨日、購買の列で私の前にいた男子の上履きが、回収袋から二足そろって出ている。


靴底にはまだ値札があった。


職員が袋へ端末を当てた。


《身体停止。連続性照合不能。部材回収へ移行。》


「戻せないの?」


「原簿はある」


結が言った。


「戻す相手が残ってない」


職員は靴を中古衣料の籠へ移した。


袋の方は授業用の扉へ運ばれた。


私は明日の時間割を見た。


材料循環実習。


上履きは含まれていなかった。


実習室四Cの扉が見えた。


教壇には白石法子教諭。


彼女には演算脈がなかった。


青でも黒でもない。


最初から、ない。


学校のネットワークが彼女を避けているのか、彼女が学校を許していないのか。


その二つは異適院では、たまに同じ意味になる。


扉が開く前に、彼女の顔がこちらを向いた。


「境野」


私は教室に入った。


机の上に蝋燭が一本。


置かれていた、というより、配置されていた。


質問の形をした物体。


浮遊板に式が出た。


本を開かなかった。


直接、見た。


式もこちらを見た。


次の瞬間、火がつく代わりに、芯が下向きに黒くなった。


光ではなく、暗さが立ち上がった。


ビー玉ほどの、完全な無。


床のネットワークが止まる。


私の黒い脈だけが、一度、脈打った。


式が組み替わった。


授業にはない形へ。


白石先生が半歩、近づく。


影が四分の一秒遅れてついてきた。


「興味深い」


その言葉は褒め言葉ではなかった。


歯科医が、患者本人も知らなかった穴を見つけたときの声だった。


右隣で、御影 律がペンを止めた。


彼女のノートの表紙には、こう書いてある。


境野異常記録:変数および予測結果/第三巻


第三巻。


私はまだ、第一巻の存在すら知らなかった。


✦


別紙一 判田巡は「未分類」を嫌う


判田巡の机には、未分類という箱がなかった。


存在しないのではない。


作らないことになっていた。


未分類という箱を作ると、人は安心してそこへ物を入れる。


安心した人間は分類をやめる。


分類をやめた書類は、年度末に必ず判田のところへ帰ってくる。


だから彼の机には、代わりに細い箱が七つあった。


《一時保留》

《照会中》

《上位判断待ち》

《下位判断不能》

《規程相互参照》

《責任主体不存在》

《その他。ただし理由を記載すること》


四C教室から届いた境野綴のファイルは、七つ全部を一周した。


「主任」


若い職員が言った。


「八個目、作ります?」


「作らない」


「でも該当しません」


「該当しないことを理由に箱を増やすと、来年から該当しないものが増える」


判田は第三次通知の写しを見た。


黒い演算脈。


出生証明試験、三十日。


未登録式。


そして白石法子の授業記録に一行。


《本人は式を理解していない。理解していない状態で、既存分類外の結果を生成した。》


判田は赤鉛筆を取った。


《分類不能》


と書きかけて、やめた。


代わりに、


《分類継続中》


と書いた。


言葉が違うだけで、仕事が終わっていないことになる。


彼はそれを少し卑怯だと思った。


少し。


異適院では、卑怯と運用の境界に所定様式がない。


端末の右上には、いつもの小さな表示も出ていた。


《本日の心身状態を選択してください》


良好/普通/不安/相談希望。


判田は「普通」を押した。


二秒で消えた。


学校生活には、押したことさえ忘れる種類の質問がある。


✦


球体はビー玉ほどの大きさで、閉じた扉の色をしていた。


浮いている、とは言いにくい。


浮くというのは重力と何らかの関係がある物体に使う言葉だ。


あれは重力とまだ名刺交換すらしていない。


「境野。何をした」


白石先生。


「式を見ました」


「見た」


「直接」


右隣から律の声。


「通常処理を介さず?」


「そう」


彼女は私ではなく球体を見ていた。


視線が測定器だった。


「吸光半径三・一センチ。四十秒ごとに約一ミリ拡大。周辺床面の演算脈、停止ではなく接続喪失」


「授業中に勝手な観測記録を作るな」


「これは授業ではなく事故です」


「なお悪い」


律は書いた。


球体が一度、呼吸した。


吐いたのではない。


内側へ息を吐いた。


浮遊板にあった式が消え、空中に現れた。


∂(Ψ)/∂t ≠ 0


異適院の正式フォントではない。


「ライセンス外です」


後ろの席から枠谷透が言った。


名前は、当番表で見たことがあった。


教室が静まった。


「数式表示フォントは校内情報管理規程で指定されています。指定外フォントを校内設備が表示することは禁止されています。なのに表示されています」


「正確な観察だ」


白石先生が言った。


「結論は?」


「設備側の規程違反です」


私は少し好きになった。


壁が鳴った。


学生00-0174。

現在発生中の存在事象はカテゴリー4相当と暫定判定されました。

事象分類手数料200存在単位を申し受けます。


残高が847から1047へ増えた。


増えた、というのは借金に対して使うべき動詞ではない気がする。


なお、本事象による授業環境再調整費は原因資産へ一括計上されます。教育的機会へのご協力ありがとうございます。


右前の男子が手を挙げた。


「先生」


「何だ」


「教室全体に影響しているのに、どうして境野さん個人に請求されるんですか」


「相互原因事象ではない。単一起因資産が特定されている」


白石先生が私を見る。


「そうだな」


「はい」


その瞬間、律が言った。


「異議があります」


私は彼女を見た。


「原因資産が一名であることと、損害負担を全額一名へ帰属させることは別です。教室安全規程第九条では、設備側の隔離失敗がある場合、再調整費は共通設備勘定へ移されます」


男子が顔を上げた。


律は続けた。


「ただし今回、隔離手順そのものが存在しません。未分類事象であるためです。したがって第九条は適用できません」


男子の希望が死んだ。


「結論として、請求は有効です」


「ありがとう、御影さん」


「礼は不要です。誤った反論が記録に残るのを避けただけです」


彼女はまた書いた。


たぶん今ので半ページ増えた。


白石先生が教室を見回す。


「観察。席順。二文以内」


一番。


「球体は拡大中。机三番の蝋燭が汗をかいています」


二番。


「床面ネットワークの断絶域が広がっています」


三番、律。


「波形は通常クリフォト反応ではなく深層界共鳴に近い。起因資産の黒脈は障害ではなく、現行分類との不整合を示す可能性があります」


「二文」


「二文です」


そのあと三文追記した。


空中の式を見た。


恋規が鞄の中で熱を持つ。


今ごろ、あの式の横へ勝手な事例を書いている。


誰かが認めたくない引力。


触れてはいけないもの。


決定的な一歩。


条文と恋愛と秘術演算を、同じ文法へ落とそうとしている。


私は鞄を開けなかった。


「境野」


「開けません」


「聞いていない」


「先回りです」


「失敗している」


白石先生は私の机まで来た。


「説明しろ。本も、その内容も使わずに」


「わかりません」


「カテゴリー4を起こして?」


「見ただけです」


沈黙。


「私は二十三年ここで教えている」


白石先生の影が、半拍遅れて止まった。


「カテゴリー4は四件見た。最終学期の上級生が二名。理事会監督部門の査察官が一名」


「四人目が私」


「そうだ」


「記録ですか」


「記録にはならない。分類できないものは記録表に入らない」


一拍。


「請求書には入る」


教室の何人かが笑った。


私は笑わなかった。


1047だったから。


「授業を続ける」


白石先生が言った。


全員、空中の式を見た。


「これを避けて」


机の配置が半円にずれた。


規定では、実習机は床面の白線と平行でなければならない。


事故による一時移動は認められるが、授業終了後五分以内に原状復帰しなければ、当番班に復旧指導点がつく。


私たちの班だった。


律が時計を見た。


「授業終了まで四十二分」


「何」


「終了後五分で戻せないと、あなたの班に指導点です」


「球体が残ってても?」


「規程に例外がありません」


「じゃあどうするの」


「四十二分以内に原因を特定します」


「私たち?」


「同じ班なので」


彼女は初めて私を見た。


「あなたの事故で、私の平常点を落とすつもりはありません」


その言い方なら、助けではなかった。


都合がよかった。


私もそういうことにした。


✦


問題は、蝋燭がまだ一度も点いていないことだった。


球体。


未許諾フォント。


教室三メートル分のネットワーク断絶。


二百存在単位の事象分類手数料。


そして蝋燭は、実技課題としては零点のまま。


「境野」


律が自分の二本目を点火した。


「課題は熱変位による標準点火です」


「知ってる」


「現在までにあなたが達成したのは、未分類深層界共鳴一件、設備規程違反一件、共同設備停止一件」


「言い方」


「全部、点火ではありません」


私の蝋燭から黒い液体が上へ流れた。


律は一秒だけ見た。


「それも違います」


「採点官?」


「同じ班です」


その一言で彼女の目的は完全に説明された。


私が落ちることより、私の失敗で自分の班点が落ちることの方が、少なくとも今は重要らしい。


そういう理由なら受け入れられる。


授業終了後、律は机四十三台の座標を取り、事故発生地点だけを一時的非存在区画として設備管理へ申請した。


申請フォームには理由欄があった。


彼女は、


床面が現に存在しないため。


と書いた。


システムは三秒考えた。


「現に存在しない」は所定理由コードにありません。最も近いものを選択してください。


候補は、


破損。

汚損。

盗難。

自然災害。

学生による不適切利用。

その他。


律は「その他」を選んだ。


自由記述欄が出た。


床面が現に存在しないため。


同じ文を入れた。


受付された。


私は横から見ていた。


「勝った?」


「違います。入力形式に合わせただけです」


「そういうのを勝ったって言うんだよ」


律は答えず、受付番号を私の端末にも転送した。


件名は共同班員共有。


助けではない。


共有義務だった。


もちろん。


✦


九時四十七分、印南の机に、四Cの映像が届いた。


印南の机上には、現在十八センチの書類の塔があった。


最上段に、私のファイル。


00-0174/未分類脈事象/副分類49件。


彼は五十分で十七種類の既存分類を試し、全部失敗した。


そこで四十九番目を作った。


未許諾数式表示・深層界由来疑い・分類未定。関連:副分類1〜48。


印南はスタンプを押した。


状況:進行中。


送信した。


送信手数料が発生した。


領収書を塔の上へ置いた。


彼は母親へ電話した。


母親は「造園にしなさいって言ったでしょう」と答えた。


印南は電話を切り、別のメモを書いた。


次の照会先候補:地図課。


一度下線を引いた。


考えた。


二度目を引いた。


彼の演算脈は卒業時、青だった。


当時は誇らしかった。


今、その事実は書類のどこにも役立たなかった。


✦


出生証明試験の説明会は、保護者同伴だった。


母は十五分前に来た。


「遅くなったね」


「昔は四十五分前だったから」


「成長」


講堂の名札は二色。


青。


《外部補助課程》。


灰。


《基準課程》。


母は灰色の名札を裏返した。


「色まで必要?」


「必要じゃなくて、見せたいんだと思う」


壇上。


《技術上の出生証明と、社会適応認定は別に判定します。後者では筆記・面接・内部評価を総合します》


内部評価。


出席。


授業。


委員会。


文化祭。


生活指導。


外部実習。


他者支援。


保護者連携。


「保護者連携」


母。


「私も受験?」


「昔から」


母の声が変わった。


スマホ。


古い動画。


五歳の私。


角は短い。


紺のワンピース。


向かいに三人の大人。


《附属初等部入学選抜・家族面接》。


先生。


『お母様は、綴さんにどのような学校生活を望んでいらっしゃいますか』


五歳の私が先に答えた。


『ここに入れば、この先の受験が楽になるって言ってました』


今の私は顔を覆った。


「私?」


「あなた」


「落ちた?」


「落ちた」


結果票。


知的能力:高

課題理解:高

状況期待理解:要指導

家庭教育方針との一致:再確認


「正しかったのに」


「そう」


「じゃあ何で」


母は動画を止める。


「受験は、正しい答えを出すだけじゃない。何を答えてほしいかを読める子を選ぶこともある」


「五歳に?」


「五歳から」


青い名札の保護者。


説明を聞きながら、もう質問票を書いている。


何を聞けばいいか知っている動き。


母。


「私はあのあと、あなたに『本当のことでも言い方を考えなさい』って教えた」


「覚えてない」


「教えた私は覚えてる」


少し嫌そう。


「ごめん」


「何で綴が謝るの」


「じゃあ誰」


母は壇上を見る。


「わからないから長く残るんでしょ」


母が保護者記入欄を探しに席を立った。


講堂に一人残った。


隣の椅子に灰色の名札が裏向きで置いてある。


母が裏返したやつ。


拾って表にしても、裏にしても、どちらが正解か私には分からなかった。


そのままにしておいた。


壇上では説明が続いている。


「保護者連携」の定義。


連携とは何か。


何を報告し、何を伏せるか。


青い名札の保護者がまたメモを取っている。


この人たちはいつからこういう動きを覚えたのかと思う。


最初から知っていたのか。


それとも一度、私と同じように間違えてから覚えたのか。


五歳の動画の中の私は正しかった。


ただ、場所が間違っていた。


その差を教えてもらうのに、どのくらい時間がかかるのだろう。


第三次通知の残りは二十九日。


その日、私は初めて知った。


第三次通知が試験を始めたのではない。


通知されたのは、たぶん締切だけだった。


私の受験歴は、私の記憶より長い。


母は帰り際、私の提出欄に丸をつけた。


保護者説明会参加。


相談窓口確認。


締切確認。


全部、昔から母が先にやっていたことだった。


「私が困らないように、先に選べるもの減らしてた?」


「減らしたつもりはないよ。困らないようにしてただけ」


五歳の私は、たぶん自分で選んだと思っていた。


母も、そう思わせたかったのだと思う。


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