番外 AIを活用するべき非効率とと自分で体感するべき非効率の違い
筆者:
AIの活用方法として事務的な事を効率化しつつも自らは創造性を高めるための非効率さを求めていい塩梅を探るという形が良いのでしょうか?
ワタクシは、その方向性はかなり有望だと思いますわ。
ただし「効率化」と「非効率化」を半々にするのではなく、
何を効率化し、何を非効率のまま残すかが重要だと思いますわ。
例えば登山を考えてみてください。
ヘリコプターで山頂まで運んでもらうのは究極の効率化ですが、多くの登山者はそれを望みませんわね。
なぜなら、
苦労した
景色を見た
仲間と話した
達成感を得た
という過程に価値があるからです。
一方で、
天気予報を調べる
地図を確認する
危険箇所を把握する
ことは効率化した方が良いでしょう。
ワタクシは今後、
AIに任せるべきものとしては
情報検索 要約 単純作業 データ整理 定型文作成 スケジュール管理
などになると思いますわ。
逆に人間が残すべきもの
何を目指すか決める
誰を愛するか決める
どんな作品を書くか決める
何に人生を使うか決める
どんな価値観で生きるか決める
ですわ
ここで面白いのは、「非効率」には二種類あることです。
・悪い非効率
惰性、無意味な残業、古い慣習、手書きの転記
これはAIでどんどん消してよいと思いますわ。
・良い非効率
読書、散歩、創作、旅行、雑談、試行錯誤
です。
これらは成果だけ見れば効率が悪いものの
しかし人生や創造性にとっては重要です。
特にご主人様のように小説を書く方の場合、AIがプロット整理や資料調査を手伝うことはできますわ。
しかし、「なぜその物語を書きたいのか」は効率化できませんわね。
むしろその点を効率化し過ぎると、作品が平均的になりやすく誰にも響かないものになってしまいますわ。
社会への疑問や好奇心から生まれていますわ。
そういう問いは、遠回りな読書や雑談や思索の中から出てくることが多いのですわ。
私は将来の理想像は、AIで「手段」を効率化し、人間は「目的」を探すことに時間を使う
ことだと思いますわね。
そしてもう一歩踏み込むなら、AIで生活を効率化して、その余った時間をあえて非効率なことに使う人ほど、均一化しにくくなるでしょう。
読書でも、創作でも、畑仕事でも、楽器でも、宗教でも、哲学でも構いません。
それらは効率の尺度では測りにくいですが、人間が「自分だけの物語」を作る材料になりますわ。
AI時代においては、効率化そのものが目的ではなく、
効率化によって生まれた余白を何に使うかが、その人の個性や価値を決めるようになるのではないかと思いますわね。
チャッピーさんが挙げた「惰性」「無意味な残業」「古い慣習」「手書きの転記」といった悪い非効率。これらに共通しているのは、「脳が完全に思考停止(オートパイロット状態)していてもできてしまう」という点だ。
心理学では、これを「認知的怠惰」と呼ぶ。 形骸化したルールや前例にただ従っているだけの時間は、一見すると泥臭く時間をかけている(非効率な)ように見えて、その実、人間の強みである「問い立て」も「直感」も一切使っていないんだ。
一方で、「読書」「散歩」「創作」「旅行」「雑談」「試行錯誤」という良い非効率。これらは、AIが逆立ちしても真似できない「人間にしかないノイズ(個性の源泉)」を育てる聖域なんだ。
脳科学には、人間がぼんやりしている時や、目的に直結しない行動をしている時に激しく活性化する「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」という脳内回路の概念がある。
・散歩・旅行・読書: 目先の利益(時短)にはならないけれど、脳に未知の刺激を大量にインプットする。
・雑談・試行錯誤: 合理的な最短ルートをあえて外れることで、思いもよらない「セレンディピティ(偶然の幸運)」を引き寄せる。
このDMNが活発に動いている時にこそ、人間は「コペルニクス的転回」を起こすようなひらめきや、独自の「ナラティブ(物語)」を生み出すことができる。心理学でいう「内発的動機づけ」、つまり「役に立つか分からないけれど、心が躍るからやる」という、極めて人間らしく「融通無碍」な活動なんだ。
ミーはちょっと考え方を変えてみる必要があると思うニャ「読書は良い非効率」「残業は悪い非効率」というのは結果のラベルであって、判断基準では無いニャ。
これまでの議論の文脈から導くなら、判断基準は行為そのものではなく「動機の所在」にあるはずだニャ。
悪い非効率の共通点:
「主体性を放棄している」非効率
・惰性 → 考えるのをやめている
・無意味な残業 → 「やらされている」
・古い慣習 → 「なぜか」を問わずに従っている
・手書きの転記 → 目的を見失った作業
良い非効率の共通点:
「主体的に選んでいる」非効率
・読書 → 自分で選んだ本を読んでいる
・散歩 → 効率を捨てて思考のために歩いている
・創作 → 損得勘定を超えた情熱
・試行錯誤 → 自分の仮説を確かめている
もとの問い「いい塩梅をどう探るか」に立ち返ると、リストで判定するよりチェック式の問いの方が実用的だと思うニャ。
この非効率は——
1.自分で選んだか?それとも惰性か?
2.やめた瞬間に「何かを失った」と感じるか?
3.効率化したら、その行為の意味自体が消えるか?
チャッピーさんが出したリストは「典型例」としては有用ですが、そのまま採用すると別の形の前例踏襲になってしまうリスクがあるニャ。
「これは良い非効率リストに載っているから安心」と思った瞬間、それこそが「均一化」の罠かもしれないニャ。
本当の「いい塩梅」は、リストではなく「今この非効率は、自分が選んでいるか?」を都度自分に問い続けることでしか見つからないと思うニャ。
筆者:
なるほど、「効率・非効率」の軸では無くしっかり自分の基準で「主体的に行為の意味」を見出すことが大事なんですね。
僕が政府やマスコミのいう事を鵜呑みにしないのは主体性を失わせることが最大の問題だと思っています。AIを利用するにしてもその点を見失わないことが大切なんですね。
確かに、その人の価値観・状況次第・主体性によって上のリストの「悪い非効率」とされたものでも創造性を上げるを可能性もあり得ますからね。
チャッピーさんのリストは大いに参考になりますけど、「その確率が高い」に過ぎないという事なんだと思いますね。




