野営の夜に
予期せぬ同行者を馬車に寝かしつけた我我は、焚火を囲みながら今後に関する話し合いを始めた。もちろん彼に聞かれないように馬車には防音の結界を張った。
「……シャーロック=ロイカ、か……ずいぶんとタイムリーな遭遇だな」
商会長、リドリー殿が濃いコーヒーを飲みながら口火を切る。シャーロック=ロイカ、あの予期せぬ同行者は、善意故とは言え、住んでいた場所からさらわれた被害者だ……だが、
「ああ、『バルカン』と……最近十三市に流れて来た『エアレーザー』だったか? ……あの追放者共」
班長が言う、前日に遭遇した男達の語った物語では……、
「賢人達が一人の少年に夢中になり、彼の言うまま彼らを断罪した、ねえ……ありえると思います?」
傾城の美少年、だそうだ。とは言え、ロシュさんが眼鏡を押し上げながら言った、疑問の形をした結論のように、
「ありませんよー、あの海千山千の方々がー……確かにシャーロック君は可愛いですけどさー」
「証拠も証言も無しに裁くなんて有りえないでしょうね」
戯言であろう、それはこの場の共通認識であり、ジューダとフィアさんも口々に同意した。他の面々もそれに頷き、そして皆揃って不快気な表情を浮かべる。……私も、でしょうね。なぜなら今、私は、
「……そのような虚言を信じると思われるとは……彼らにまた会いましたら少し相互理解を深めましょうか?」
軽んじられたことへの憤りと、
「……あんな小さい子に執着するなど……矯正が必要ですね」
十代前半の子供に欲を抱く男達への軽蔑と怒りで腸が煮え返るような気分なのだ。
「……おお、怖……さすが『銀騎士』、罪人には容赦が無いねー」
「からかわないで下さい班長」
そんな私を、派手な外見と違い、明敏で思慮深い班長が揶揄し抑えてくれた。そんな彼だからこそ自警団随一の武闘派集団と言われる我等七班をまとめられるのだろう。
* * *
「とは言え、シャーロック……彼の言動には謎が多いですね」
焚火に枝をくべ、目前に落ちた無駄に長い銀色の三つ編みを、背に流しながらため息をつく、切ると魔法の制御に苦労する──以前、知己が目の前で証明した──ので、切れないのだ。
「謎? っすか?」
ため息とともに漏れた言葉に威圧的な装いで童顔を隠しているジューダが首を傾げる……そういった仕草にも幼さが感じとれるのだが……これで年上……ええ、置いておきましょう、で、質問の答えは、
「ええ私や班長、商会長の名はともかく……あまり人前に出られない商会長の奥方の名と容姿を知っていたのですから」
「ああ、そうね、私を見てすぐに妹との関係を聞いて来たんだったわね」
この島……いや、この世界のこの時代において傷つけられることが多い獣人の、さらに傷つけられることが多い女性体である、フィアさんの妹、ラフィ殿は、夫君や姉君がいない状況で、出歩くことは極めて稀な方だ。そんな彼女を少年は見知っていると言う、
「そして我我の誰一人として聞いたことの無いジョン=H=スターリングなる相棒……何故か答えなかった勤め先……初対面の私を兄と呼ぶ奇行……無条件で信用するには、」
「でもねぇあの子……本気で私を素敵、って言ったのよ」
あまりにも不審点が多い少年に警戒すべきと語ろうとした私の言葉を、穏やかなメゾソプラノの声が遮った。それは種族故に傷つけられてきた女性のもの、
「だから少なくとも私は、あの子を信じるわ」
穏やかな笑みを浮かべながら彼女は、そう宣言した。
* * *
結局当初の予定通りシャーロック=ロイカを少なくとも十三市までは大切に送り届ける。と、いう結論に至った後、
「……フィアさんは信じていらっしゃるから、少年とは言え同じ馬車でお眠りになるのですね」
という、思わず漏れた私の言葉に──場が凍りついた。
「ん、あの…………何か私変なことを?」
この旅路で野営の際は我我男達はテントで休むんでいる。けれど同行者になった少年は紅一点であるフィアさんが休むのに使っている馬車に寝かしつけたのだ。……容姿的なことに加え彼女が少年を信頼したからかと思ったのだが……、
キョトンと見つめていると、私を除いた全員が目と目で語り合い、そして意を決したように班長が口を開いた。
「いや……冗談じゃない……よな? ……あのなあ、ギース……あの子……シャーロック=ロイカは
……………………女の子だぞ?」
と………………女、の子?
「は………………はあ!?」
びっくりするほどの大声が口から出た。そんな私に部下達は、
「え、マジで気付いてなかったんすか!? だって骨格とか声音とか……なあ?」
「ええ、匂いも抱き寄せた感触も全部女の子だったわよ?」
「つーか、あんなに可愛いのに男の訳ねーですよ?」
口々に追い撃ちをかける。
「え、いやだってシャーロックは男の名ですし……僕とか弟とか美少年とかって……え、女、の子?」
信じられないと言葉を並べたが、
「あれだけの容姿ですからねぇ……男装も男性口調もやむを得ないでしょう……偽名は我我にとってはいまさらですしねぇ」
ロシュさんの淡々と述べた推測に納得せずにはいられなかった。
「つ、つまり私はあんな小さな少女に荒っぽい態度を……」
私は親元で決して女性を傷つけてはならないという教育を受けていたのに……明日、謝ろう、そしてこれからは優しく、
「あ、釘刺しとくけど……あんまあの子を女の子扱いすんなよ?」
しようと決意したらその禁止を上司が命じた。
「何故です班長!?」
あなたも女性には優しいでしょう!?
「あの追放者共は『少年』と思い込んでるんだ。多分やべえ奴には完璧に擬態してんだろ……それをお前の行動で台なしにする気か?」
「……あ」
……ああ、本当に私は考えが足り無い、羞恥に顔が熱くなるのを感じながら私は、
「………………了解、しました」
小さく、しかししっかりと頷いた。すると、優し気に微笑みながら美しい獣人の女性は、
「そ、じゃあ私も休むから……結界解いて?」
私に落ち込む隙を与えない為か、就寝の為の用を頼む。
「はいフィアさん……お休みなさい」
私は少女が眠る馬車に張っていた、不可侵と防音の結界を解き、
「ええ、皆さんお休みー、見張り当番は頑張ってねー」
そして彼女が馬車に入ると同時に再び同じ結界を張った。
「女の子……」
結界を確認した私は、思わずひっそりと深くため息をつく。それを聞いてしまったらしい上司は、
「……ああ、うん……なあギース、帰ったらお姉ちゃんがいる店に飲みに行くか?」
女性に慣れる機会を与えようとしてくれた。が、
「行きません」
「……班長、良くギースさんを餌にナンパするからなー」
……ええ、きっと店についたらそうなるでしょうし、
「そのおかげで女性の友人はいっぱいいます──私のパーティーメンバーの半数は女性ですし」
別に女性に疎い……訳では無い、はずです。
……きっと。
『獣人』
アディションヒューマンの一種で、
高い身体能力と獣の部位を持つ種族。
全魔力を肉体強化に使っており、
魔法と祈りは使えず、寿命もノーマルヒューマンと変わらない。
ノーマルヒューマンによって狩られ奴隷化されることが多く、
同種族以外の全てを恐れ、嫌悪し、憎む。
一部を除いて。




