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『僕』と『先輩』の迷宮と日常  作者:
intermission4
33/63

掴まれたもの

 





 相棒に、と望んだ、その子供を初めて見た時に浮かんだのは、


 ──ショートケーキをずっと食って無いな。だった。


 キャスケットから覗くスポンジ色の髪、ホイップクリームのような肌、笑みの形を作った唇はベリー色、子供──シャーロック=ロイカは実に美味そうな色彩をした、


 ──作り物のように整った容姿の少女だ。


 あの出会いの日、眩しさで意識が浮上した俺は、しばらく味わっていなかった陽光と土の感触に混乱しながらもひそかに感嘆のため息をついた。






 その七十五日前、現状、踏破限界層である下十四階層で、第二変異種と思われるモンスターを倒した俺は、同行者に裏切られモンスターの群れに一人残された。


 モンスター自体は問題無く倒せたが……、


 俺には目的地に行くという能力が欠如している。原因は生まれてからの十年間を過ごした実家だろう。あの特殊なルールが働いている迷宮のせいだ。


 なので誰か知り合いに遭遇することを期待し、迷宮内をさまよっていた。


 だが、どういう訳か知り合いどころか誰かにすら会えず、自力では迷宮から脱出出来ない俺は、魔法で水を出し、迷宮特有の癖のある食材を腹を下さないレベルの調理で食し、結界を張って細切れに休むことでなんとか生き延びていた。


 元来体力には自信があるが、そんなことを二月以上していればさすがに精神と肉体に限界が訪れる。それは唐突に、強制停止シャットダウンとして表れ……俺は意識を失うように眠り込んだ。



 ──美味い。


 どれほど眠っていただろうか、口内に爽やかな香りの酸味とほのかな甘味のある少しピリッとした液体を感じ、俺はわずかに意識を浮上させた。そして久方振りに味わった美味を、それが何であるかも気にせず夢中で飲んだ。すると、


「あー、ちゃんと飲めてますね、とりあえずカップの中身を飲み切って下さい、目が覚めたら固形物もたべましょう?」


 ウインドベルのような軽やかで涼やかな声と、温かでなめらかなものが頬を撫で、何故か安堵を感じた俺は再び意識を沈めた。



 数十分ほど経ったか、俺は今度は眩しさと土の匂いで完全に意識を浮上させた。そして自分がこれまでたどりつけなかった安全地帯セーフゾーンにいることと、一割以下であった魔力が三割ほどまで回復していることに混乱した。


 すると前方から人の気配を感じ、思わず殺気を放ちつつ、気配の主を探ると、


 ──子供?


 安全地帯の入口に、迷宮には似つかわしくない小さな人影があった。その生き物は俺の殺気に少し怯えていたようだが、目が合うと側に寄り、


「目が覚めたんですね。どこか具合が悪いところありますか?」


 と、空色の瞳をキラキラと輝かせ、邪気も害意の欠片も無く笑いかけた。そして、


「無いならなんか食べられそうですか? お昼にパンとソーセージを持って来ているんで軽く調理しようと思っているんですけど?」


 まるで同居人への挨拶のようにそう問い掛けた。


 ……俺の殺気は大の男でも腰を抜かすほどらしいんだが……鈍感……いや違う、な。


 …………まあ、とりあえずこの子供ならば不調であっても殺られはしない。


 俺は警戒を解き、


「……いただく……よろしく頼む」


 と、頷いた。


 この声……先程の美味の作り手だよな、と、期待をしながら。



   *   *   *



 美味だった。特別な食材も手間も無く作ったとは思えないほど美味かった。今飲んでいるパッパと入れたお茶も美味い。……そして、


 ──魔力が五割以上に回復している。


 変化食材を使っているからか? ……いや、それだけではないな。


 …………………………………………、


 ……………………ま、いいか、


 満ち足りた俺は些細なことを考えることを止め、平穏を味わっていた。すると、 


「そろそろ僕はダンジョンを出ようと思いますけど、お兄さんはどうします? よければ一緒に行きませんか?」


 子供はそんな俺にとって渡りに舟な提案をした。


「ああ、俺から頼もうと思っていたところだ」


 俺はこの機会を逃したら今年中に脱出出来ないと思い即答した。すると子供はいそいそと荷物を詰め直し始めた。……が、


 ……両手ふさがったよな。見たところ弓使いなのに……だから初対面の俺に同行を申し出たのか?


「えへへ。じゃっ、行きましょうか!」


 詰め終えた子供はにこやかに立ち上がり、出発を提案する。


「……ああ、その前に」


 立ち上がろうとした俺は重要なことを忘れていたことに気付いた。


「お前が此処まで運んでくれたのだろう。……助かった、礼を言う。……ご馳走様」


 俺は命の恩人へ、心からの感謝を告げた。






 その後、俺の方向音痴を、手をつなぐという斬新なアイデアで解決したり、上一で高級食材を採取したり、聞いたことすらない隠し温泉を当然のように使うよう薦めたり──有り難く顔と手足を洗わせてもらった──と、幼さに似合わない有能さを発揮した子供は、その容姿故か変態共に襲われかけ、俺に似合わない庇護心を湧かせたりした。


 そしてギルドで暴走し、人を壊した俺にすら怯えず、


「先輩、その人達のせいで先輩が悪役になるのは、駄目だと思います」


 そんな言葉をくれた。


 たった一日で色んなものを掴まれた俺は、


「じゃ、行きましょう先輩」


 今日もシャーロック=ロイカの手を握り返すのだ。





 

『ショートケーキ』


ギュスノの大好物。

ふわふわのスポンジに甘いホイップクリーム、酸味のあるベリーのベーシックな品が好み。

初対面であるシャーロックへの態度が、彼としては友好的だった理由の一番だったりする。


その数日後にシャーロックが作った品で完全にギュスノは掴まれた。

 

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