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ArchAngel/harem night  作者: 鳥居なごむ
第四章
37/41

005

 水上都市ベネチスと森林都市サニエスタの中継地点には、旧市街地と呼ばれる朽ち果てた都市の跡が残されていた。アクマクの森やベスタブルグ原野に比べて文明を感じるが、それゆえに世界から見捨てられた感も半端なく伝わってくる。


「再会を喜んでくれるのは嬉しいのだけど、あなた八咫烏の傭兵をしているのでしょう? こんなところで油を売っていて大丈夫なの?」

「チグリス姉様……こうやって英気を養ってるんすよ」


 ごろごろと主人に甘える猫の如く乱華の表情は緩んでいた。

 黒髪の少女は若干迷惑そうに迫る顔を押し返している。

 絵的には老若男女に需要のありそうな素敵姉妹だった。


 ちなみに乱華へチグリスを連れ帰ったことを告げると、ちょっと怒った顔を見せながらもすぐに打ち解けていた。もちろん新規結成したダンゲロスへの加入も二つ返事である。その後はずっとこんな調子なので、傭兵として役に立つのか疑問だった。


 俺は改めて八咫烏の駐屯地を見据える。

 敢えて駐屯地という言葉を用いたのは、眼前に広がる光景が、軍隊を連想させたからにほかならない。五十人近い冒険者が蒼黒竜攻略の講義に耳を傾けていた。


「やっぱり直前の仕様変更が影響してるのか?」

「もちろんそれもあるでしょうけど、元々竜族の攻略は人数を要するのよ」


 曰く大半の竜族は飛翔するらしい。

 そのため対地だけでなく対空に備えた人員が必要となる。


「それに加えて疲労の概念が生まれたことが厄介ね。これまでは精神的な疲れは多少残っても、肉体的な負担はなかったわけだから、今後は手馴れた面子でも事故が起こり得る。そう考えれば熟慮に熟慮を重ねても討伐の確証は持てないでしょうね」

「さすがチグリス姉様……圧倒的に完璧な分析っす」

「でもその辺は八咫烏の参謀も考慮してるよな?」

「当たり前でしょう。だからこそ時間をかけて話し合っているんじゃないかしら?」


 言葉に棘があることを除けば、チグリスの分析は概ね正しい。

 それは講義風景を眺めるミルフィーユと黒犬の態度に表れていた。ギルド組合で余裕の立ち回りを見せていた二人が、どうにも不安を拭い切れない表情を浮かべている。講義が終わるとそれぞれが持ち場へと移動していく。


 乱華は囮役兼三枚目の盾役を任されているらしく、ミルフィーユの率いるパーティーに組み込まれている。通常の戦闘なら盾役は一枚が基本だが、一人で攻撃を支え切れない強敵の場合、複数の盾役で敵対心を管理するらしい。いわゆる事故死からの全滅を避ける手段であり、トップギルドでは確立された戦術の一つだそうだ。


 その場に取り残された俺とチグリスは別部隊に視線を向ける。

 遊撃部隊と呼べばいいのだろうか、装備的にも攻撃専門という印象だ。

 聞き耳を立てなくても声がここまで届いていた。


「準備は済んだのか?」

「滞りなく完了だ。上手く誘導できれば集中攻撃を展開できる」

「期待値は?」

「三割弱だ」

「上出来だな」


 そう言って部隊長らしき男は鼻先で笑う。

 その返答を聞いてドレッドヘアの重戦士が疑問符を投げかける。


「そもそも現時点の人材と装備で蒼黒竜と対峙するのは無謀でしかない。いつから八咫烏は功を焦る素人ギルドになったんだ?」

「魔導書は七つしかないからな。現状を考えれば無理も仕方ない」

「しかし時期尚早は否めないな」


 というのも戦術の確立していない強敵と対峙する場合、過剰とも呼べる物量作戦に打って出るのが普通らしい。ところが今の編成はかなり拮抗しているそうだ。


「ギルドの拡大を待ってから蒼黒竜を叩くより、蒼黒竜を倒してからギルド拡大を狙ったほうが、合理的かつ現実的という結論に至ったんだよ」

「まあ、安全に倒せる数を待ってたら先を越されるだろうな」

「そこまで理解しているなら、今の戦力で勝つことを考えろ」


 ふと別所にいた軍服姿の少女が戻ってくる。

 肩から狙撃銃をを提げているため、遠隔攻撃を得意とする双銃士だろう。

 部隊長はショートカットの少女にも同様を質問を投げかけていた。


「準備は?」

「上々」


 会話は最低限しか交わされない。戦闘前の緊張が部外者の俺にも伝わってくる。

 そんな雰囲気を嫌ったのか、外套姿の黒犬が軽口を叩く。


「ここは葬式会場建設予定地ですか? 景気が悪いにもほどがありますよ」

「そうならないように最善は尽くすさ」


 ドレッドヘアの重戦士が厳かに立ち上がる。そして足元に置かれた地対空ミサイルを担ぎ上げた。この世界では魔術と並行して近代兵器も当然のように登場する。ファンタジーに拘るなら弓矢や投石機なのだろうが、敢えて混合させることで、戦術面における均衡を保っているのかもしれない。


「そろそろ時間だ。誘導班の準備は大丈夫なのか?」

「ここよりは前向きですよ」

「それは結構」


 不意にチグリスが俺の袖を引っ張った。

 示された小型画面には数名しか乗れなさそうな魔導空艇の映像が表示される。どうやらギルド内専用の通信網を使い音声と映像を送受信しているらしい。そのため通信先には当然の如く乱華の姿があった。


「ぶいぶい」


 忍装束の少女はダブルピースを向けてくる。

 隣には長い黒髪を後ろで束ねた美女の姿がある。乱華のテンションが無駄に高いのは、おそらく黒髪を揺らす美女の所為だろう。どことなくチグリス風の魅力を漂わせているからな。多少の余裕を残している船内で意味もなく密着していることからも想像に難くない。というか今にも唇を尖らせてキスを迫りそうな雰囲気だった。


「蒼黒竜の釣り役は二人だけなの?」

「そうっすね。しかも由宇さん、銃を使うためだけに慣れない重戦士らしいんすよ」

「想像以上に滅茶苦茶ね。その上急造コンビで大丈夫なのかしら?」


 黒髪の少女は能天気な乱華に苦言を呈する。

 しかし俺は逆に安心していた。作戦通りに行動するだけと言っても、深層心理に潜む一抹の不安は、そう簡単に払拭できるものではない。その点では強敵を前にしても普段と変わらない乱華は期待できる。


 NPCの操縦する魔導空艇は騒音を撒き散らしながら上空へ舞い上がった。

 搭載された二機の回転翼と船体の大きさから、運搬用に使用されているヘリを連想してしまう。開け放たれた扉から由宇と呼ばれた美女が狙撃銃を構える。乱華は高周波方向探知機を確認しながら表示された目標の位置情報を地上へ伝えていた。


 魔導空艇は飛翔中の蒼黒竜へ接近する。

 肉眼で視認可能な範囲を遠巻きに追走していく。

 通信画面には全長三十メートルを超える巨体が、翼を広げて悠然と飛行する姿が映し出されていた。鰐のような厳つい頭部には二本の角を生やし、全身を覆い尽くした蒼黒色の鱗は鋼の強度を誇る。牙や爪といった露骨な凶器も怖いが、この大きさになると長い尻尾も、一振りで建物を薙ぎ払う凶悪な武器だ。


 蒼黒竜は周囲を警戒することもなく飛翔している。

 史上最強と位置付けられている生物は本能的な怖れを知らないのだろう。

 NPCの操縦する魔導空艇は目標の視界に移動していく。蒼黒竜の縦に伸びた虹彩が少しだけ動いた。画面越しでも異様な迫力を醸し出している。仮想現実の世界と頭で理解していても、畏怖で身体が萎縮してしまいそうだった。


 操縦士は魔導空艇を左右に揺らして目標を苛立たせようとする。

 しかし蒼黒竜は騒音を撒き散らす物体を不愉快そうに睥睨しているだけだった。

 もちろんこれは想定の範囲内で、そのために釣り役が搭乗している。

 状況を見定めた由宇は狙撃銃の構えて目標の左前肢へ発砲した。

 音速の弾丸が左前肢を捉えた瞬間――鋼鉄の如き鱗が五十口径の鉛玉を弾き返した。


「ちっ!」


 どうやら使用した狙撃銃程度の武器ではダメージさえ与えられないらしい。

 とはいえ不快感を覚えさせるには充分な効果があったようだ。

 蒼黒竜は鰐のような顔を魔導空艇へ向けて大気を吸い込む。


「来る!」「来るわよ!」


 チグリスの声と由宇の声が通信機を通して綺麗に重なる。

 蒼黒竜の口から放たれた超高熱の吐息は、空気中の酸素を燃焼させて火炎となった。

 操縦士は魔導空艇を水平移動させて範囲外へ緊急脱出する。前方向へ多少の拡散はあるが、息を吸い込むという、溜めも大きいので回避できた。


 無事に攻撃対象となった釣り役は目標の陽動を開始する。由宇は蒼黒竜の敵対心を切らさないために間隔を置いて弾丸を撃ち込む。理想を言えば釣り役が敵対心を稼ぎ過ぎるのはよろしくないのだが、興味を失くされるという最悪の事態を避けるためには仕方がない。


「グォオオオオオオオオオオッ!」

「また来る!」


 放たれた灼熱の吐息は船体の真横を通過していく。

 由宇は身体を寝かせて激しく揺れる船内でも安定した姿勢を保っていた。

 照準器に映し出された蒼黒竜へ怜悧な視線を向けて発砲を続ける。


「このまま降下するから上手く引き抜いて頂戴」

「了解した」


 ミルフィーユらしき声が漏れ聞こえる。俺は通信機の映像から顔を上げた。

 釣り役の陽動は概ね成功している。あとは地上で待ち構える部隊の出番だ。


「首尾は上々だ」

「そのようだな」


 ミルフィーユは視界の端に捉えた蒼黒竜を見上げている。

 巨大な体躯は魔導空艇の倍ほどもあった。地対空ミサイルの射程である目視圏内に入っているのだが、迂闊な砲撃は陽動班を危険に巻き込む可能性も高い。まずは確実に地上へ降ろすことが肝要である。そしてそのための準備も抜かりはないのだろう。


「降りて来るぞ! 蒼黒竜の急降下に警戒を怠るな!」


 すでに所定の位置に着いているギルドメンバーは無言で首肯していた。

 このくらいの竜族になると着地するだけで甚大な被害を招くらしい。直撃して下敷きになるのは言うまでもなく、急降下時に発生する突風にさえダメージ判定がある。HPが低く装甲も薄い後衛職だと、いきなり命を落とす危険性もあるのだ。

 

 慎重に慎重を重ねても万全ということはない。

 高度を下げた魔導空艇は予定の通過地点を抜けていく。

 その左右に盾役となる二名が控えていた。追跡者たる蒼黒竜が陽動地点を通過する機会を逃さず光属性魔術<スタンフラッシュ>を放つ。八百万カンデラの閃光と百八十デシベルの爆音が発生――目標の視覚と聴覚及び平衡感覚を一時的に麻痺させる。


「グォオオオオオオオオオオッ!」


 重低音の唸り声を上げて蒼黒竜は地面へ急降下した。

 激しく叩きつけるような羽ばたきは突風を巻き起こし、無造作に振られた長い尾がコンクリート壁を粉砕する。轟音を立てながら着地した蒼黒竜は再度咆哮を上げた。眼前に放置されていた荷馬車を右前肢を振り下ろして叩き潰す。苛立っているのは火を見るより明らかだった。


 ドレッドヘアの重戦士が地対空ミサイルを蒼黒竜にロックオンする。しかし発射すべきか否か判断し兼ねている様子だった。盾役が充分な敵対心を稼いでいない状態での攻撃は、隊形を乱す行為ということを理解しているからである。


 蒼黒竜は周囲を睥睨しながら障害物を前肢で薙ぎ払う。建物が崩れて白煙と粉塵を舞い上がらせる。どうやら魔導空艇より光属性魔術<スタンフラッシュ>を放ったミルフィーユに意識が向いているらしい。


 竜の巨大な体躯は方向転換に向いていないが、長く強靭な首が全方向の監視を可能にしていた。三百六十度見渡せるので単純に考えて死角はない。盾役以外が中途半端に姿を晒せば命はないだろう。その脅威は傍観者である俺さえ早く距離を取りたいという衝動に駆られてしまうほどだった。

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