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ArchAngel/harem night  作者: 鳥居なごむ
第三章
32/41

010

 防衛戦から解放された俺は、帝都の正面玄関に立っていた。

 おそらく参加表明した場所に転送されるのだろう。

 とりあえず消費した眼鏡の素材を調達するべく競売所へ向かう。

 代わり映えしない建物へ足を踏み込もうとしたところで異変が起こる。


 映画でしか見たことのないような悪天候が広がっていく。

 空に暗雲が立ち込めて、雷鳴を轟かせ始める。

 まるで空が落ちてくるかの様相だった。

 そんな中、詩を奏でるような声が響いてくる。


 七つの大罪は七つの美徳で滅せよ!

 「傲慢」には「忠実」を。

 「嫉妬」には「貞節」を。

 「憤怒」には「勇気」を。

 「怠惰」には「希望」を。

 「強欲」には「慎重」を。

 「暴食」には「知恵」を。

 「色欲」には「愛」を。


 喧しいBGMを掻き消すかのように、その静かな声は俺の耳に届いていた。

 忘れもしない。ゲームマスターなる少女の声だ。


「時は満たされました」


 これよりクライシス社製VRMMO‐RPG『ArchAngel/harem night』について説明させて頂きます。なんらかの理由で聞き逃すおそれのある方は、ログを保存するなどの対処をご検討ください。


 このとき多くの冒険者が外部からの救援を期待したことだろう。しかし勘の鋭い連中は嫌な予感を覚えていたに違いない。雷鳴轟く暗雲を立ち込めさせた演出と、この異常に厳かな雰囲気は、とても救助を連想させるものではなかったからだ。


 現在『ヴァルハラ』から自発的にログアウトすることはできません。

 これは『希望の魔導書(グリモア)』の取得に伴い発生する仕様です。

 決して不具合により発生したバグではありません。


「仕様……だと?」


 俺は渇いた声を絞り出していた。

 確か『希望の魔導書(グリモア)』の取得条件は、帝都アラバストで皇帝に謁見することだったよな? つまり進撃の旅団が獲得した最初の魔導書であり、かなり変則的な順番で世に出た魔導書でもある。花束クエストという恩恵を受けておきながら、旅団の功績を叩く連中の存在が脳裏に過ぎった。


 仮想現実の世界に囚われた者にとって早期取得は余計なことだっただろう。

 しかし正しい手順で攻略を進めていれば、被害はもっと拡大していたかもしれない。なぜならMMOのアクティブユーザーは、サービス開始に最大という可能性は低く、一定の期間を経てピークを迎えるからだ。いわゆる様子見のユーザーを取り込んだときが最大で、その後は横這いを維持しながら緩やかに衰退していく。


「つまり現状は正規の形であり、異常な状況ではございません」


 こちらの気持ちも汲まずにゲームマスターは淡々と語を重ねる。

 現在の『ヴァルハラ』は仮想現実でありながら、冒険者の皆様にとって、現実と変わらない存在となっていることでしょう。どうぞ存分に冒険の世界をお楽しみください。


「ふざけるな!」


 咄嗟に叫んでしまう。勢いで競売所の壁を殴る。

 おそらく七都市や神都でも似たような怒号が響いていたことだろう。

 一方的に閉じ込めておきながら、それを仕様だと言われても困る。

 しかし次に発せられた言葉で冷静さを取り戻すことになった。


「この世界から解放される条件は一つしかありません」


 この世界から解放される条件は一つしかありませんということは、この世界から脱出する手段が最低一つはあることを意味しているからだ。


「七つの大罪をすべて封印することができれば、生存者には安全なログアウトを保障します。しかし正規の方法以外で離脱を試みた場合は、この限りではありませんのでお気を付けください。皆様の賢明な判断を期待しています」


 しばらくすると暗雲が晴れて元に戻る。

 俺は呆然とその場に立ち尽くしていた。

 ログアウト不可能という現状は、不慮の事故ではなく、故意に引き起こされたのである。ほかの誰かにとってはそういう認識で構わないのかもしれないが、俺と莉紗にとってはまったく異なる意味合いを持ってしまう。


 もし現状が故意に引き起こされたのなら、姉貴はそのことを知っていたのだろうか?

 ただクライシス社に勤めているだけで、今回の事件に関与していないのだろうか?

 いや、今すべきは姉貴を疑うことじゃない。

 俺たちを囚われの身にしたクライシス社の言葉は信用できるのか?

 七つの大罪を封印すれば本当にログアウトさせてもらえるのか?

 おそらく頭を使うべきなのはこちらだ。


「あらあら、帝都防衛戦に参加してしまったのね」


 はっとして俺は声の方角へ視線を向ける。

 そこには長い黒髪の少女が立っていた。鉱山で見かけて以来の再会である。

 なるほど――道理で見つからないわけだ。しかし読みは当たっていたのである。

 確かに誰もいない場所に潜伏していた。それがソロ専用エリアではなく、帝都アラバストだったのである。ほかの冒険者に遭遇することもなく、かつ安全で、チグリスだからこそ来れる場所だ。灯台下暗しとでも言うのだろうか? あくまで現時点に限れば、ここより適した隠れ家はないだろう。


「そんなに驚くことじゃないでしょう?」


 黒髪の少女は大袈裟に小首を傾げた。

 赤と黒で彩られた軍服のような上着に黒のキュロット、絶対領域の下はサイドを編み込んだロングブーツ、深窓の令嬢を連想させるような白い肌を露出している。デジャヴというくらいツベルン鉱山で最初に出会ったときのままだった。


「どうして進撃の旅団を抜けたんだ?」

「あなたには関係ないことでしょう?」


 手で髪を払う仕種に合わせて、たわわな胸が弾んで揺れる。

 自然律に従い視線が膨らみへ向かうのは仕方のないことだろう。


「チグリスの言う通り俺には関係ない。ただ乱華と約束したんだよ」

「そう。あの子が私以外の誰かに懐くなんて珍しいわね」


 乱華の名前を出した効果だろうか?

 幾分かチグリスの剣呑な雰囲気が消えた。

 しかも懐かれているという自覚もあるらしい。


「俺に話したくないなら乱華と直接会って伝えてやってくれないか?」

「嫌よ。無理に輪の中に入るくらいなら便所飯を選ぶわ」

「便所飯って……極端な奴だな」

「放っておいて頂戴。便所虫」

「どさくさに紛れて酷いことを言ったな!」

「あなたが悪いんでしょう? 考えもなく帝都防衛戦に参加するなんて馬鹿だわ」

「どういう……ことだよ?」


 辛辣な語調と蔑みの視線に気圧されてしまう。

 黒髪の少女は溜め息を吐きながら解説した。


「以前に帝都を訪れたときは防衛戦なんて発生しなかったのよ。もちろん短期的な意味じゃなくて、半月くらい一度も起こらなかった。ところが二度目に到着したときから防衛戦への参加を求められるようになったのよね。魔導書の取得がトリガーになるなら、初回に発生していてもおかしくない。これがなにを意味しているかわかるかしら?」

「さっぱりわからない」

「単純に考えればレベルで判定しているのよ」

「レベル?」

「上級職を取得するときもレベルで判定されるでしょう?」


 確かに上級職の取得条件は特定の職業を規定レベルまで上げることだ。

 つまり帝都防衛戦の発生条件もレベルと言いたいのだろうか?

 しかし防衛戦に参加したことを咎められる理由がわからない。


「おそらく当分は先延ばしになる予定だったトリガーを引いているわ。進撃の旅団が想定外の早さで『希望の魔導書(グリモア)』を取得してしまったようにね」

「…………」


 言葉が出なかった。

 事の重大さを理解したからだ。

 しかしだからこそ反論しなければならない。


「遅かれ早かれ俺たちは囚われる運命だったんだ。別の見方をすれば被害を最小限に抑えたとも考えられるんじゃないか?」

「そう考える人もいれば、そう考えない人もいる」

「なにが言いたいんだよ?」

「現状はクライシス社の意思で引き起こされた。公式に発表されたことで世界は混沌とするわ。提示されたルールに乗るか反るかでね」

「そのきっかけが俺だって言いたいのか?」


 ついつい口調が荒くなってしまう。

 眼鏡かけ放題の余韻を邪魔されたことも関係しているのかもしれない。

 ただそれよりも責任を押し付けられたようで納得いかなかったのである。


「そうじゃない。ただ戦う覚悟のない人は大人しくしておくべきだわ」


 ふとチグリスは視線を伏せる。

 まるで懺悔するかのように訥々と語り始めた。


「魔導書が発見される度に『ヴァルハラ』はより現実と化していく。怪我や空腹の概念が生まれたら冒険職の数は激減するでしょうね」

「…………」

「偶然とはいえ『希望の魔導書』を取得してしまった以上、私はどんなことをしても『怠惰』を封印してみせるわ」

「それなら余計に進撃の旅団を抜けるべきじゃないだろうが?」

「あなたには関係のないことでしょう?」


 少女の瞳に憤怒の色が帯びる。

 装備を戦闘用のそれに変更し、希望の天使バルムンクを召喚した。


「生憎今の俺は虫の居所が悪いんだ。話さないなら力尽くでも聞き出してやる」

「望むところよ」


 言うが早いか「決闘」の申し込みがきた。

 俺はアリアを召喚してから「はい」を選択する。

 頭は熱くなっていても神経は研ぎ澄まされていた。


「あら……あなたも魔導書を持っていたのね」

「だから脅しなら効かないぜ?」

「もちろん脅しじゃないわ」


 挨拶代わりとばかりに銀髪の天使が雷属性魔術<ライーザ>を無詠唱で発動させた。

 紫色の魔方陣から生み出された紫電の蛇がアリアに襲いかかる。

 天使同士の攻防にも興味はあるが、この機会を逃すわけにはいかない。

 俺は魔弾銃を取り出してチグリスへ発砲した。

 水色の魔方陣から水属性魔術<ペリン>が展開する。

 高濃度に圧縮された水が弾丸のように撃ち出される。


「<ジキド>」


 目標を捉える直前、中空に不可視の壁が展開した。

 土属性魔術<ジキド>は<ペリン>を相殺して消失する。どうやらバルムンクは詠唱短縮(ファストキャスト)特性だけでなく二重魔術(ダブルキャスト)まで使えるらしい。魔力解放の影響か顔に蠱惑的な紋様が浮かび上がっている。


「<シャイニングバインド>」


 中空に眩い魔方陣が描き出された。

 即時発動型の光属性魔術<シャイニングバインド>は一瞬で俺の身体を拘束する。

 好機と判断したチグリスが一気に距離を詰めてくる。

 剣舞士特有の超高速攻撃が俺のHPバーを削っていく。

 一発一発は決して重くないが、手数が多過ぎて捌き切れない。

 このまま押し切れられることも覚悟した瞬間、アリアのタクティカルポイントが規定値に達したらしい。単発七倍撃<ゲート・オブ・ヘブン>が黒髪の少女へ向けて放たれた。豪奢な門扉が解き放たれるようなエフェクトが発生し、その向こう側からレイザーような弾丸が飛来してくる。

 

 長い銀髪を揺らしながらバルムンクは風属性魔術<バリアール>を短縮詠唱した。

 護衛団の魔術士二人で築いていた防御結界を単独で完成させる。

 衝突した二つの強大な力は大気を瞬間膨張させて衝撃波を引き起こした。

 攻撃をキャンセルさせられたチグリスは美貌を歪めて舌打ちする。

 隙を見出した俺は素早く鞄から生産工具と素材を取り出す。修得したばかりの「特殊生産技術Ⅱ」を使用すると、神々しいまでに豪華なエフェクトが工具を包む。これは特殊生産独特の演出で、いわゆる通常生産では発生しない。


 他人に接触できる今なら――おそらく可能なはずだ。

 俺はすべての力をこの一瞬にかける。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 いつか伝説として人々に語り継がれることになるだろう。

 その動作に一切の無駄はなく――かけられた者は違和感を覚えることさえない。


「もらったぁあああああああああああああああああああああああああっ!」


 お前はもう、かけている。

 衝撃波に押し倒された黒髪の少女は、その場にへたり込みながら顔を確認する。

 俺に指摘されるまでチグリスは眼鏡っ娘の自覚がなかった。


【孤高の赤縁眼鏡】EX

 ――――――――――――――――――――――――――

 演算能力を高めるチグリス専用の赤縁眼鏡

 通常の三倍の速度で動ける

 競売不可/譲渡不可/複数所持不可【R】

 ――――――――――――――――――――――――――


「なによ……これ?」

「剣舞士には垂涎の一品だろ?」

「私の機嫌を取るつもりなら……致命的なミスを犯したわね。一度EX装備にしてしまったら、もう誰にも譲渡できなくなる。これが欲しければ言うことを聞けというような交渉は不可能よ」

「そんなことはわかってる。それはチグリスのために生産した眼鏡だからな」

「…………」

「団長からもらった『鉱石<ダマスカス>』を使用した超レアな一品だ」

「それは……どういうことかしら?」


 俺は団長から眼鏡生産の依頼を受けたときのことを伝える。

 黒髪の少女は愛おしそうに赤縁眼鏡を撫でていた。


「そう……団長から受け継いだ素材で作ったのね」

「まあな。ともかく俺の勝ちだ。理由くらいは聞かせてもらうぞ」

「えっ……眼鏡をかけられたら負けなの?」

「当たり前だろ。それとも大富豪で都合のいいローカルルールを持ち出す奴よろしく、知らないから眼鏡をかけられても負けじゃないというつもりか?」

「まったく意味がわからないけど……そうね……眼鏡をかけられたら負けよね」


 団長という言葉で思考が麻痺したのか、完全に無理が通って道理が引っ込んでいた。

 それから黒髪の少女は真っ直ぐに俺の瞳を覗き込んだ。

 確かに吸い込まれてしまいそうな、不思議な引力と魅力を兼ね揃えている。


「進撃の旅団は――私の居場所だったのよ」


 チグリスは訥々と語り始めた。

 その言葉に俺は静かに耳を傾ける。


「深窓の令嬢というのかしらね。皆が気は使ってくれるのだけど、誰も対等に接してくれなかった。特に中学生時代は酷くて――でも旅団の皆は違ったわ。ただそれだけの出来事なのに、なんだかとても嬉しかったのよ。だから旅団には変わってほしくない。攻略を目的としたギルドにはなってほしくないのよ」


 すべてを語り終えた少女は顔を伏せた。だから俺は宣言する。


「これから新しいギルドを結成する」

「はい?」

「発足メンバーは俺とチグリスと乱華だ」

「どうしてそういうことになるのかしら?」

「チグリスが魔導書発見者としての責任を取りたいのはわかった。しかし悪魔と戦うには天使と眼鏡と仲間の力が必要だからな」

「…………」

「敗者は勝者の言うことを聞くものだぞ?」

「どうして……私なんかに構うのよ?」

「眼鏡が似合ってるからだよ。それ以外に理由なんて必要ないだろ?」

「そう。あなたらしいわ」


 深い嘆息を漏らしてからチグリスは微笑む。

 これはまだシステムにより守られていたときの話である。

 本当の戦いはこれから始まるのだった。

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