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ArchAngel/harem night  作者: 鳥居なごむ
第三章
27/41

005

 十月三十一日、ギルド組合。

 午前中はギルド組合でパーティー希望を済まし、誘われるまで生産をこなすという流れになった。本日は乱華が傭兵として活動するため、二人パーティーを組めないのである。そんなわけで俺は彫金師用生産工具を広げた。


 これは鉱山都市を出発するときにNPCギルドで購入した、どこでも生産を行えるようになる生産者専用のアイテムだ。NPCギルドの存在しない神都や帝都では、この生産工具を持たない者は商売ができない。そのため生産職を極めたい者の中では、憧れの一品という扱われ方をしている。


 なぜなら生産工具は価格変動制のため、いつか手が届く代物ではないからだ。

 つまり世界に流通しているジュエルの総量が増えれば、生産工具の価格も上がってしまう仕組みなのである。ちなみに俺が購入した時点で二十万ジュエル前後だった。

 どれくらい破格の一品か理解してもらえたことだろう。


 午前中に勧誘されなければ、午後からはソロで行動する。

 前日にLv30に到達したこともあり、ベスタブルグ原野から侵入可能な、アルジャノン鉱山に挑む予定だ。もちろん攻略を大前提にしているが、情報収集や腕試しの意味合いも強い。なによりチグリス捜索という名目が多分に含まれている。

 

 通い慣れたベスタブルグ原野ということもあり、大して道に迷うこともなく、目的地であるアルジャノン鉱山の突入場所へ到着した。ソロ専用ダンジョンとはいえ、見た目は普通の鉱山である。特に変わった様子もないので、そのまま中へ進むことにした。不意にレベル制限を示す黄色のタグがHPバーの横に表示される。


「相変わらず確認とかないのな」


 愚痴を零しながら俺は奥へ進んでいく。

 薄暗い鉱山内にはトロッコを走らせるための線路跡が残されていた。

 現在は廃鉱という設定のため、人の気配は微塵も感じさせない。

 線路を頼りに奥へ向かうと、やがて分岐点に差しかかる。

 それぞれの坑道を確認するが、奥は暗過ぎてなにも見えない。

 結局、状況を把握し切れないまま三方向に分かれた線路を左へ進む。


 薄闇に目が慣れてきたのか、ある程度の視界が確保された。

 最初に捉えたのは剣と盾を装備した骨系の魔物である。

 廃鉱という時点でアンデッドの巣窟だと想定していたが、ここまで予想を裏切らない展開も珍しくないだろうか? ともあれ先を急ぐなら戦闘は避けられそうにない。


 俺は魔弾銃を取り出して火属性魔術の詰め込まれた弾丸を装填する。

 狙いを定めて引き金を絞ると、射出された弾丸から赤色の魔方陣が展開し、その中から火柱が舞い上がった。無防備だったスケルトンウォーリアーを業火が包む。HPバーを大幅に減少させた魔物は、奇声を発しながらこちらへ向かってくる。


 ここからは肉弾戦だ。

 骨の弱点属性である打撃で徹底的に攻める。逆に斬属性や突属性は一切使えない。ダメージを九割近くカットされてしまうからだ。どれだけ知恵を絞り出しても組み込まれたシステムに抗うことはできない。

 ソロ専用エリアにおいて最も重要なのは、薬品類を使い惜しみしないことだろう。

 HPが一定量削られたところで、俺はリジェネポーションを飲む。

 柑橘系の味が脳を刺激すると同時にHPが徐々に回復していく。


 しばらくしてタクティカルポイントが規定値に到達する。

 俺は拳闘系重攻撃<バーンナックル>を放つ。

 炎のエフェクトに包まれた拳がスケルトンウォーリアーを粉砕する。

 戦利品は『骨屑』だけだった。これでは薬品代も回収できない。


 どれくらい経ったのだろう。

 無為な戦闘を繰り返しながらも深部まで突き進んでいた。

 唐突に俺の肩に誰かの手が触れる。反射的に銃口を抜けると、NPCの女性が立っていた。唇に人差し指を添えて沈黙を要請してくる。俺が顎を引いて肯定の意を示すと、NPCの女性は柔和な笑みを浮かべた。


「ハシュシュだにゃ、よろしくにゃん」


 大きな岩の上に腰を下ろした猫系獣人族――ハシュシュは起用に尻尾を使いながら林檎を齧った。獣の牙をあしらった露出度の高い民族衣装と、それに似つかわしくない銃器を装備している。顔立ちと長身痩躯な体型は魅力的なのだが、頭に生えた猫耳と腰の尻尾、おまけに言葉の節々に「にゃ」と付けるので馬鹿っぽい印象を受けた。


 ハシュシュ曰く廃鉱に蔓延る飛蛇竜(ワイアーム)を討伐するために雇われた賞金稼ぎらしい。しかし標的の数があまりに多いため、仲間が現れるのを待っていたという。出来過ぎの流れに困惑する俺だったが、クエスト一覧に「ハシュシュの憂鬱」なる、見覚えのない名称が追加されたことで、ここは仮想現実なんだと納得させられる。


 難敵らしい飛蛇竜(ワイアーム)について、ハシュシュが説明を始めた。

 竜の顔に蝙蝠のような翼を持ち、足がないのが特徴的な魔物らしい。飛行中の翼を広げた状態でも三メートル、本体は一メートル五十センチ程度しかなく、そのため飛竜のような脅威はないのだが、徒党を組まれると厄介な連中だそうだ。


「つまり飛蛇竜を殲滅すればいいんだな?」

「そういうことだにゃ! 準備が整ったらもう一度話しかけるにゃよ」

「おお……そういうところは大昔のRPGと変わらないんだな」

「準備完了みたいだにゃ」

 

 言うが早いかハシュシュは広い坑道を先行していく。

 どうやら独り言でフラグが立ってしまったらしい。

 俺は嘆息を漏らしながら出会ったばかりの猫耳NPCを追いかけた。


 この鉱山は特殊な地形をしていて、ベスタブルグ原野を正面とするなら、山の裏側が断崖絶壁になっている。そこに魔物の侵入経路となる横穴があるのだ。

 解説通り高額賞金の賭けられているらしい大量の飛蛇竜が横穴から出入りしていた。

 空を舞う魔物にとって――これほど巣作りに適した場所はないだろう。

 俺は予想を遥かに上回る飛蛇竜の数に辟易しながら愚痴る。


「こいつら無限増殖してるわけじゃないよな?」

「知らないにゃよ! 近場で最高額の魔物を紹介してもらったらこの様にゃ!」


 ハシュシュの声に魔物が反応する。

 予定調和なのかもしれないが、NPCの傍迷惑さは半端ない。


「来るにゃ!」「来るぞ!」


 俺と猫耳NPCの声が綺麗に重なった。

 次の瞬間――滞空していた飛蛇竜の一匹がハシュシュに襲いかかる。

 それを機に複数の飛蛇竜が俺に向けて突っ込んできた。


「こうなったら経費削減とか言ってる場合じゃにゃいにゃ!」


 吼えるが早いかハシュシュは前方回転で飛蛇竜の攻撃を避ける。円弧の終わりに取り出した短機関銃の弾倉を高級品へと交換していた。

 俺は<換装>した双剣で突っ込んでくる飛蛇竜を薙ぎ払う。

 準備を終えたらしいハシュシュは短機関銃を乱射した。けたたましい銃声が横穴に鳴り響く。加えて大量に排出された空薬莢が硬質な足場に落下して甲高い金属音を奏でる。そこに飛蛇竜の断末魔が重なり狂想曲を演出した。


 調べるとハシュシュの職業は銃戦士と表示されている。

 遠近ともに活躍できる職業だが、対飛行にアドバンテージを持つ、NPC専用の特殊な職業だった。天使級ではないにしろ、ちゃんと戦えるNPCらしい。というのも戦闘に参加してくるNPCの大半は、ただ単純に足を引っ張るだけの存在なのである。


「やるじゃないか?」

「当たり前だにゃ!」


 しかし喜んだのも束の間――弾幕を逃れた飛蛇竜(ワイアーム)の鋭い牙がハシュシュの左腕を引き千切る。猫耳NPCは短機関銃を落として声にならない悲鳴を上げた。

 反射的に俺は双剣を魔弾銃に持ち替える。

 まずは氷属性魔術が詰められた魔弾を撃ち出す。

 水色の魔方陣が氷属性魔術<アブソリュート・ゼロ>の組成式を展開する。

 液化した空気から不純物を取り除き、酸素と窒素に強制分離、氷点下百九十六度の液体窒素を放出する。ハシュシュを取り囲む複数の飛蛇竜が凍結して地面に落下した。

 氷結させた飛蛇竜からハシュシュの左腕を奪い取りNPCへ駆け寄る。それから俺は弾倉に光属性の魔弾を装填した。即座に魔弾を射出して回復系魔術を発動させる。傷口部分の血液が泡立ち始めたところで切断された左腕を合わせると、新たに形成された骨・血管・筋繊維・神経組織が自然と結合していく。


 掲示板に書かれている情報通りだった。

 NPCは冒険者と異なり怪我の概念がある。

 もちろん死を意味するルートも存在し、一度そこに突入すれば蘇ることはない。

 そのため対処次第で結果が変わるというものだった。中には避けることのできない死亡ルートもあり、親しみのあるNPCだと、ゲームと理解していながらも泣けてしまうらしい。


「ギャース!」


 奥からぞくぞくと現れた飛蛇竜が雄叫びを上げる。

 数が把握できないほどの共鳴が巻き起こっていた。

 このまま無益な消耗戦が長引けば、こちらが先に力尽きるかもしれない。


「ギャース!」


 正面から突っ込んでくる標的を俺は持ち替えた双剣で切り捨てた。数発でHPを空にした飛蛇竜は断末魔を上げて地面に落下する。しかし一匹倒したところで連中の波状攻撃は止まらない。巣を荒らす侵入者の排除に躍起になっているからだ。


「そうだ……あの手が残っていたな」


 誰に言うでもなく俺は独りごちた。

 それからワンデイアビリティ「換装の極意(レガシーモード)」を使用する。

 換装を重ねながら飛蛇竜(ワイアーム)の猛攻を切り抜けていく。

 やがて怒濤の波状攻撃が収まり横穴に静謐が訪れた。闇雲に突っ込むだけでは勝てないと判断したのだろう。とはいえ見逃してくれるつもりはないようだった。飛蛇竜の群れは俺を遠巻きに取り囲んで退路を塞いでいる。


「にゃにゃにゃにゃにゃーっ!」


 傷が癒えたらしいハシュシュが短機関銃を乱射して活路を見出す。

 同時に俺の作戦も決まった。素早く換装を繰り返して準備を整える。


「ハシュシュ、ここから離れてくれないか?」

「なにをするつもりにゃ?」

「もちろん飛蛇竜の殲滅だ」


 言い残して俺は横穴の最深部を目指して駆けた。

 途中で襲撃してきた飛蛇竜はすべて無視を決め込む。

 HPバーを削られながらもやがて最深部へ到達する。

 そこに控えた飛蛇竜も含めると総数は百に近い。

 俺は瞳を閉じて光属性の魔弾を真上へ発射した。


 刹那――薄暗い鉱山に太陽光が誕生する。

 これは命中率を低下させる閃光系魔術ではなく、一時的に行動不能に陥らせる光属性魔術だった。俺は投擲武器である『クレイジーボム』を地面に転がした。それから撃ち出された弾丸のように全速力で引き返す。


 次の瞬間――後方で落雷のような轟音が鳴り響いた。

 とてつもない衝撃が大気を震わせて伝わってくる。俺の身体は緩やかな放物線を描きながら弾き飛ばされていた。爆弾は敵味方を問わない全方向位攻撃手段である。数で押してくる飛蛇竜には有用と考えたのだが、改めてその危険性を思い知らされる結果となった。実際に吹き飛ばされた影響で俺のHPも若干減少している。


「やるじゃにゃいか?」


 地面に突っ伏した俺にハッシュシュは悪戯な笑みを向けてくる。

 なにより手にしていた契約書に浮かび上がる刻印を確認して俺は安堵した。これは魔術の施された羊皮紙に依頼内容が記述されたもので、討伐対象の絶命や殲滅により刻印が浮かぶ仕組みになっている。基本的にデータで管理されている冒険者には、ちょっとばかり目新しいアイテムかもしれない。


「討伐成功みたいだな」

「まあ、そうだにゃあ」


 ハシュシュは衣服を正しながらこちらを一瞥する。

 数瞬の間を置いて疑問符を投げかけられた。


「彫金師なんにゃろ?」

「どうしてそれを――」


 問い返そうとしたところで、その理由に思い当たった。

 クエスト一覧表を確認して得心する。いわゆる連続クエストというやつだ。

 つまり「ハシュシュの憂鬱」の発生条件は、その前身である「彫金師始めました」のクリアとなる。だからこそ俺が彫金師であることを知っていて当然なのだ。団長の話に猫耳NPCが登場しなかったのも、連続クエストと考えれば辻褄が合うからな。


「もし帝都へ行くことがあったら、アムリタ商会に寄るといいにゃ」

「ん?」

「受付で『黒胡椒がほしい』と言えば、腕の立つ彫金師と会えるはずにゃよ」

「おおっ!」


 思わず歓喜の声を漏らしてしまった。

 ひょっとしたら新たな特殊生産技術を学べるかもしれない。

 その期待に胸が躍らされたのである。


「飛蛇竜(ワイアーム)討伐に協力してくれた礼にゃ」


 そう言い残してハシュシュは立ち去っていく。

 ほかにやれることもなさそうなので、俺は呪符<エスケープ>を使用して鉱山を出た。

 とりあえず神都へ戻ろう。俺は『影王の長外套』を纏い歩き始めた。

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