第34話「手の中に残るもの」
振り返らなくても、わかることがある。
言葉にしなくても、届くものがある。
振り返らなくてもわかる。
トーマだった。
軽い足音で近づいてきて、いつものように隣に立つ。
手には、小さな包み。
「ほら」
投げてよこされたそれを、レインは受け取る。
「……ワカメ?」
「腹減ったら食え」
「軽いし、腐りにくい」
「お前なら、例外を作れる、そう信じてる」
相変わらず、適当な顔で言う。
「役に立つかは知らねぇけどな」
一拍。
「ま、帰ってきたら教えろよ」
軽く言ったその言葉に、
ほんの少しだけ、重さが混じっていた。
「これ」
ミレアが差し出したのは、手作りのコマと竹とんぼだった。
「みんなで作ったの」
「ちゃんと回るよ」
一拍。
「レイン、下手だからさ」
「これで練習して」
――少しだけ、笑う。
「……帰ってきたら、一緒にやろ」
「オレモ」
別の声が割り込む。
振り向くと、ジョンが大きく手を振っていた。
「タベモノ!リベルタス、イッパイ」
にかっと笑う。
「コレ!」
ジョンが差し出してきたのは、
白くて長いパンだった。
細くて、やたら硬そうなやつ。
「……なんだこれ」
指で押す。
――びくともしない。
「パン!」
ジョンはにっと笑う。
「ナガモチ!」
一拍。
「カタイ。デモダイジョブ」
「ソノママ、タベル」
「レイン、ホソイ。ダメ」
「タベル、ダイジ」
その言葉は、いつも通り軽いのに。
どこか、違って聞こえた。
レインは小さく頷く。
「……ありがと」
「カイは?」
サリアの声。
少し遅れて、カイが前に出る。
無言で、何かを差し出した。
「……紙だ」
数枚。
少し厚めの、ちゃんとしたやつ。
「向こうで……何か作るなら、使え」
目は逸らしたまま。
「……無くすなよ」
小さく、付け足す。
その言い方に、レインは少しだけ笑った。
「なくならない」
一拍。
「作るから」
カイは何も言わなかった。
でも、ほんの少しだけ、口元が緩んだ。
「じゃあ、私はこれかな」
サリアが軽く手を振る。
ポケットから取り出したのは、
色の減ったクレヨンだった。
「貸してあげる」
一拍。
「……返さなくてもいいよ」
いたずらっぽく笑う。
「その代わり」
一歩、近づく。
「ちゃんと描いてきなさい」
「何を見てきたのか」
「どう思ったのか」
一拍。
「全部」
レインは、クレヨンを受け取る。
少しだけ短くなったそれは、
たぶん、たくさん使われてきたものだった。
(……残ってる)
形にしなくても、消えてない。
レインは、振り返ることなく歩き出した。
手の中の重みを、確かめるように。
「……持ってく」
それは、誰に向けた言葉でもなかった。
でも、確かに届いていた。
足音が聞こえた。
一拍。
――移送官が、立っていた。
「レイン・アルト」
「ノヴァリス行きだ」
「乗れ」
それぞれが渡したのは、ただの“物”です。
でも、それはきっと、
生きるためのものだったり、
思い出すためのものだったり、
何かを作るためのものだったりします。
形にしなくても、消えないものがある。
レインがそれをどう使うのか――
次から、舞台は変わります。
次回も読んで頂けると嬉しいです。




