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13話「笑わせてみろ」

森の小屋での、少し静かな時間。

温かいごはんと、何気ない会話。


――でも、その中に

この国の“違和感”が、少しずつ浮かび上がります。

そしてレインは、ひとつの答えに辿り着く。

「笑う」ということの意味に。

(ただの世話焼きのおじさん)

それだけじゃない気がした。

 


小屋の中は思ったより暖かかった。

トーマは手早く鍋を暖炉にかける。

水を入れ、鞄からいくつかの野菜を取り出した。

芋。

人参。

それから森で採ったらしい小さなキノコ。 



ミレアの目がきらきらと輝く。

「すごい!」

「ただの世話焼きおじさん、料理するの?」



トーマはナイフで芋を切りながら答えた。

「お嬢ちゃん、“ただの世話焼き”はつけなくていいんだよ」

「人はな、飯を食わないと死ぬ」

「森でも町でもそれは同じだ」



ミレアは感心したように頷いた。

「なるほど!」 



レインは少し離れたところから見ていた。

包丁の動き。

鍋の扱い。

火の調整。

慣れている。

ただの世話焼きのおっさん、という言葉が少し引っかかった。



トーマは鍋をかき混ぜる。

しばらくすると、部屋にいい匂いが広がった。

ミレアの腹が鳴る。

「ぐぅぅ」

本人が一番びっくりする。

「……あ」

トーマが笑った。

「正直でいい」



棚から丸いパンを取り出す。

木の皿を三つ並べると、シチューをよそった。

「ほら」

ミレアはスプーンを握る。

一口。

そして目を見開く。

「おいしい!!」



トーマが肩をすくめる。

「普通のシチューだ」

ミレアはパンをちぎって浸す。

「森のごはん最高!」



レインも一口食べる。

熱い。

でも、優しい味だった。

「……うまい」



トーマが少しだけ笑う。 

「こんな風に人と食べるのは久しぶりだな」



ミレアが言った。

「いつも一人で食べてるの?」



トーマは懐かしそうに言った。

「息子がいた時は賑やかだったな」

ミレアが聞いた。

「今は息子さんはいないの?」



「外の国で働いてるからな」

「忙しいんだろう」



ミレアが言った。

「そうなんだ」

ミレアは口いっぱいに頬張りながら言った。

「私たちなら、いつでも来れるよ」



「ご飯おいしいし」

(もぐもぐ)

レインが言った。

「美味しいけど、遠慮なく食べるとは、図々しいな」



ミレアは頬を膨らませた。

「そういうことじゃないもん」

「一人は寂しいでしょ?」



レインは少しだけ間を置いた。

「……そうか」

(スゲェ食ってるけどなぁ) 



トーマは笑いながら言った。

「遠慮しないで食べとくれ」

「食材は、まだまだあるからな」



三人は、たわいのない話をしながら食べた。

薪がパチッと音を立てる。



シチューを食べ終わる。

レインとミレアは満足そうに言った。

「ごちそうさまでした」 



ミレアはご馳走になったからと、食器を洗って片付けをしている。



トーマは笑った。

「よかった、よかった」



レインの視線が、ふと壁の棚に向く。

瓶。

薬草。

それから本。

宗教書。

歴史書。



その中に一冊だけ。

擦り切れた本があった。

レインは立ち上がる。



棚からそれを抜き取る。

ページを開く。

そこには――

ただの会話が描かれていた。

戦いも魔法もない。

友達同士が話している。



次のコマ。

盛大な勘違い。

レインが思う。

(……懐かしい?)

でもすぐ否定する。

(いや、知らないはずだ) 



片付け終わったミレアが横から覗く。

「なにそれ?」

数秒。

ミレアが吹き出した。

「ぷっ」



レインは眉をひそめる。

「……どこが面白いんだ」

ミレアは笑いながら言う。

「この人バカすぎる!」



レインはもう一度ページを見る。

(ただの会話だ)

(なのに……)

小さく呟く。

「……笑えるのか」

トーマがちらっと見る。



レインが聞く。

「これを書いた人は?」

トーマは少し黙った。

「……俺の師匠だ」



ミレアが驚く。

「え!おじさんの先生?」



トーマは少し笑う。

「変な人だったよ」

「神官なのに、いつも怒られてた」



レインが聞く。

「何をしたんだ」

トーマは懐かしそうに言う。

「礼拝堂で転んで子供を笑わせた」



「説教の途中で変な顔する」

「真面目な会議でくだらないこと言う」

レインが言う。

「……最低だな」

トーマが笑う。

「でも子供たちは大笑いしてた」

一拍。

「大人は――」

少しだけ肩をすくめる。

「困った顔してたな」



沈黙が落ちる。

レインが聞く。

「今は?」

薪がパチッと鳴る。

トーマは短く答えた。

「……死んだよ」



それ以上聞けなかった。



レインは静かに言う。

「この国に」

「俺は娯楽を作りたい」



トーマの笑顔が消える。

「やめとけ」



即答だった。

ミレアが顔を上げる。

「え?」 



トーマは腕を組んだ。

「この国の子供は優秀だ」

「学力も規律も、他の国より上」

「結果は出てる」



少し間を置く。

「わざわざ乱す必要はない」



レインは黙っていた。

それから言う。

「でも」

トーマを見る。

「楽しそうじゃない」



小屋の中が静かになる。

火のはぜる音だけが、やけに大きく響いていた。

レインは、視線を落としたまま言った。

「子供たち、笑ってない」

一拍。

「……大人も」

ゆっくり顔を上げる。

「なんか変だ」



返事はない。

トーマは何も言わず、薪をひとつ、火にくべた。

ぱち、と小さな火花が弾ける。

やがて、低く口を開いた。  



「……ひとつ聞くが」

レインは顔を上げる。

「なんでそこまで、“今”笑わせたい?」

一瞬、言葉が詰まる。



トーマは続けた。

「大人になれば、娯楽はいくらでもある」

「酒も、芝居も、音楽も……」



「……まあ、この国の外ならな」

ゆっくりと、レインを見る。



「子供はな」

「親を見て育つ」

一拍。

「飯を食って、叱られて、守られて」

火を見たまま続ける。

「それだけでも、生きてはいける」



レインはすぐに答えられなかった。

頭に浮かんだのは、“楽しい顔”じゃない。

整列して座る子供たち。

背筋を伸ばして、ただ前を見ている。



「正しくしなさい」と言われて、

静かに頷くだけの顔。

――笑っていない。



「……大人になれば、できるかもしれない」

ぽつりと、言葉が落ちた。  



「でも、その頃には」

わずかに、喉が引っかかる。

「笑い方、そのものを忘れてるかもしれない」



トーマの目が、わずかに細くなる。 



レインは続けた。

「子供の時にさ」

「くだらないことで笑ったとか」

指先が、わずかに震える。



ミレアが視界に入る。

(こいつまた虫いじってやがる)

(……でも、ああいうやつは笑う)

「そういうのがあるから」



トーマを見る。

「人って、踏ん張れるんじゃないのか」

一拍。

「何もないまま大人になったら」

「ただ言われたことをやるだけになる」



「それって、生きてるって言えるのかよ」



小屋の空気が、重く沈む。

火の音だけが、やけに耳についた。



レインは、もう一度だけ言葉を探す。



ぽつり、と。

「笑うやつは、ちゃんと周りを見てる」

「変なことに気づくし、おかしいって思える」 



視線をミレアに落とす。

「でも、笑わないやつは」

「それに慣れていく」

静かに、言い切る。

「変でも、おかしくても、それが普通だって顔をする」 



ミレア

虫をそろーっと容器に入れようとしている。

(ぴょんちゃん?聞こえてるぞ)

(……今じゃないだろ)



沈黙。

長い、沈黙。

やがてトーマが、小さく息を吐いた。

「……なるほどな」 



火を見つめたまま、ぽつりと呟く。

「お前が作りたいのは、遊びじゃない」



ゆっくりと、顔を上げる。

「“笑える人間”そのものか」



レインは、一瞬だけ目を見開いた。

そこまで綺麗に言うつもりはなかった。

トーマは少しだけ目を細める。



「笑うやつはな」

「余計なことに気づく」

一拍。

「……だから、残らなかったのかもしれんな」

火を見つめる。

「この国じゃ」



ゆっくりと、レインを見る。

「それでもやるのか?」


レインは答えなかった。

一拍。

ゆっくりと、頷く。



薪の音だけが響く。

それから、トーマが口を開いた。 

「お前の言い分はわかった、だがな」

「セレナを怒らせたんだろ?」



レインの目が鋭くなる。

「……なんで知ってる」



トーマは静かに言った。

「風の噂だ」

レインはじっと見る。

明らかに嘘くさい。

トーマは低い声で言った。

「全然納得いってない顔だな、なら」



「……言葉は立派だ」

トーマは小さく笑った。

「だがな」

「人は、そんな簡単に変わらん」

一拍置く。

「だから――試してみろ」



レインが眉をひそめる。

「試すって?何を?」



トーマはレインを見る。

「セレナを笑わせてみろ」



ミレアが驚いた。

「え?」

レインは固まった。

「……は?」



トーマは楽しそうに笑う。

「あいつは笑わない」

一拍。

「……いや、笑えない、か」

腕を組む。



「そんな奴を笑わせられるなら」

「お前の娯楽は、本物かもしれない」

トーマは立ち上がる。

「できたら」



レインを見下ろす。

「その時は話を聞いてやる」 



レインは天井を見た。

小さく息を吐く。

「……無茶言うな」  

トーマは笑った。

「無理強いはしない」



ミレアが手を挙げる。

「私ならすぐ笑うよ?」



トーマは即答した。

「お前は簡単すぎる」

そしてレインを指差す。

「セレナだ、やつを笑わせてみろ」



レインは小さくつぶやく。

「……セレナか」

「あの規律神官」

「……無茶言うな」

一度目を閉じる。

「でも」

「やるしかねぇか」

トーマとの会話で、レインの考えが一段深まりました。


「娯楽」ではなく、「笑える人間を作る」という視点。


そして出された課題は――

“セレナを笑わせろ”。


正直、かなり無茶です。

でもここから、

物語は少しずつ“ぶつかり”始めます。

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少しずつ、三カ国の全貌が見え始める。 『笑い』『選別』『価値』が交差する異世界ファンタジー。 (※執筆・画像すべてスマホ1台で制作しています)
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