1 行かなきゃいけないの? ~レディのお出掛けには時間がかかるの~
いよいよ『赤いずきんちゃん』の本編がはじまります。
皆さんが覚えている『赤ずきんちゃん』のお話しは一度忘れて頂いて、広い心で読んで下さい。
むかし、むかし、ある森の近くの村に、母親と二人暮らしの女の子が居ました。女の子の名前はシャルマントと言います。
「あー、もー、どうしていつもこうなの?」
シャルマントは鏡を見ながら右足で何度も何度も床を強く踏みつけています。それは、寝起きだけではない、いつもはねている毛を櫛で押さえ付けては直そうとしているからでした。部屋をすり抜けて聞こえて来るその声にいつもの事ねと呆れた母親が鏡の奥から覗き込んで話し掛けます。
「シャルマント、もう髪の毛はどうでもいいから、早くお婆さんの所にこれを持って行ってちょうだい。本当に、七歳なのにおませなんだから。」
シャルマントは鏡を覗き込む母に向かって今にも泣きそうな顔で返事をします。
「嫌なの、この髪の所為で皆にバカにされるんだからー。『やーいやーい、お前は頭にも耳があるのか』って。」
シャルマントのはね毛は耳のちょっと上にあって、頭の両側にまるでそこにも耳があるかの様にクルッと空に向かって跳ね上がっていました。
「そんなこと気にしているの? それはね、可愛いあなたの気を引きたくてちょっかいを出しているだけだから。そう言われたら、『コイツ、私の事が好きなのね』って思えばいいのよ。」
するとシャルマントはその表情を泣きべそから自慢気な顔へと変え、
「やっぱそう思う? そうだよねー。私も薄々気付いてたの。お母さんも、そう思うよねー。」
シャルマントは急に振り向き、キラキラした目で母を見ます。母は呆れたような表情で、
「そうそう、そうだから、さっさと準備して行ってちょうだい。」
と言って部屋を出て行こうとしています。シャルマントが聞き返します。
「お母さん、そんなに急がなくてもいいんじゃない?」
「大好きなお婆さんが待ってるでしょ。」
「私、そんなにお婆様のこと好きじゃ無いわよ。」
「え・・、いつも楽しそうに出掛けるじゃない。」
「うん、森の中を歩くのが好きなの。お婆様の家に行くのは序でね。」
「ま まぁいいわ、さっさと行きなさい、お婆さんがあなたの事を好きなのよ。」
「困るな~、そんなに頼りにされても。私、まだ子供だし。」
「あなたに何かして欲しいわけじゃ無いわよ。顔を見せるだけでいいのよ。」
「じゃあ、今度、私の絵でも置いて来ようかしら。そうすれば何回も行かなくて済むから。」
「・・・絵とあなたが行くのは違うでしょ。それに、あなたの絵って・・。」
「大丈夫よ、お婆様ったら目が悪いから適当に描いても平気平気。」
「・・・そんなこと考えていないで、さっさと行きなさい。」
「ねぇお母さん、どうしてそんなに私を行かせたがるの?」
「それは・・、そぅ、あの人(お婆さん)の家は森の中だから、遅くなって暗くなると怖いでしょ。」
「平気よ。たまーに真夜中に目が覚めて真っ暗でも怖くないし、そのまま黙って静かに天井眺めてるから。」
「・・眺めて、何しているの?」
「木の節を数えてるの。私、暗い所でもよく見えるから。」
「・・いや・・、それの何が楽しいの?」
「何だろ~、いつも節の数がちがうのよ。どうしてなんだろう~って、本当の数はいくつなんだろう~って思って。」
母親は奇妙なモノでも見る様な眼つきに変わって聞きます。
「だったら、昼間に数えればいいじゃん。」
「あっ、そうか。思いつかなかった。」
「で、ただ数えているだけなの?」
「んっ? そう、ただ数えてるだけ。そしたら、また眠くなるから。」
「あ、そ、そーなの。」
母は心の中で思います。(気持ち悪い子ね。誰に似たのかしら。)
「それにね、今日は暑くなりそうだから、涼しいうちに出掛けなさい。」
「平気よ。私、暑いのは平気だし、すぐに森に入っちゃうのだから。そうしたら涼しいわ。」
母親は一々言い返す娘に少々イラつきながら強い口調で言います。
「いいから、さっさと支度して出掛けなさい。お婆さんは具合が悪いって言っていたから少しでも早く大好きなあなたを見せてあげて。」
「はぁい、それで、お祖母さまには何を持って行くの?」
「いつも通り、お菓子と酒よ。このカゴに入れておくから。」
「ねぇ、お母さん。思うのだけど、お菓子と酒って組合せ変じゃない? お酒にはおつまみでしょ。」
「このお酒は薬の替わりなの! 酒盛りする訳じゃないからつまみは無いの!」
「お酒がお薬?」
「『酒は百薬の長』って言うのよ。」
そう言って、ふふっと薄ら笑いを浮かべた母の横顔を見たシャルマントは思います、
(お母様、怖い・・・。あ~~、私はお母様に似ていなくて良かったわ。)
と、そして、それ以上言葉を言えませんでした。
鼻歌交じりに母が遠ざかって行くと、シャルマントは今までの動きが嘘のように急いで出掛ける準備をはじめます。
(早くしなきゃ、早くしなきゃ、 さっさとずきんを被って と・・・)
髪の毛の耳の様なハネ毛を隠すように、赤いずきんをしっかりと被ります。
準備のできたシャルマントは急いで家を飛び出しました。
「森は危険だから気を付けてね、変な人に会ったらすぐに逃げるのよ~。」
家の中から母親の声がひびいいて来ます。
(いやいや、家の中だって危険じゃないの?)
シャルマントは心の中で呟きながら早歩きで森への一本道を進んで行きました。
舞台は “森の中” に移ります。
赤いずきんちゃんの運命を決める出会いの数々、お楽しみに・・・




