8 キケキケピコピコ? ~レディの呪文は可愛くなくっちゃ~
むかし、むかし、あるところに、シャルマントと言う女の子が寝起きのベッドでブツブツと何かをつぶやいていました。
そうです、シャルマントはカチューシャに付いている耳から入ってくる多くの声の中から聞きたい相手だけの声にできるよう、気持ちを集中させる方法を考えていたのです。
その方法は、毎晩お話ししているネズミ達との始めに行うあいさつの様な言葉が良いと考えていました。
その日から、何日も何日も森へ出掛けては思いついた呪文を唱えてカチューシャの耳を立てみたのですが、その度に何度も何度も溢れ返ってくる多くの声に涙を浮かべてしまいます。しかし、シャルマントは諦めません。そんな時は、
(『グロルのむらさき魔女』、『ヒェルン・マーダリー』。お前を絶対にぶっ飛ばす。)
と強く心に念じるのでした。
今夜も天井裏のネズミ達に相談して、呪文を考えます。
もういく晩になるのでしょうか、ネズミ達とはすっかりお友達になり、シャルマントが声を掛けるといつの間にか傍にまでやって来るようになっていました。
その中の一匹が言いました。
「そう言えばさ、ビエネッタ婆さんが杖を無くしたんだってよ。」
「ああ、そうそう。俺も聞いたぜ。」
シャルマントが聞きます。
「ビエネッタおばあちゃん? あの大イチョウの木の近くに住んでいる?」
ネズミ達が答えます。
「そう、そのビエネッタ婆さん。」
「俺知ってるぜ。その杖。」
「なになに? 見たのか? 聞いたのか?」
「見たんだ。ちょうどパン屋のキキに会いに行く途中でさ、ビエネッタ婆さんがベンチで寝ちゃっていてさ。」
「いつ?」
「昨日の昼。」
「ああ、昨日は陽射しが暖かくて気持ち良かったもんな。俺もお出掛けしてたぜ。」
「それでさ、杖が倒れて地面に落ちてたところにハリネズミのモックがやって来たんだ。」
「ハリネズミのモック? アイツは夜しか出歩かないんじゃないか?」
「そうそう、だから眠たそうで、日の光も眩しかったみたいでさ、目をつぶって歩いてたんだ。アイツさ、もそもそって歩くだろ。だから足音もしないし、枯れ葉に乗っかっても音が出ないからさ、その辺歩いていても誰も気付かないんだ。」
「ふんふん、それでそれで。」
「そのモックがさ、杖の横を歩いてた時にさ、体の針に杖が引っ掛かっちゃって、それでもアイツ気付かずにもそもそ歩いて藪の中に行っちゃったんだ。」
「じゃあ、何か? 杖はその藪の中に在るって事か?」
「だろうな、藪に入ればモックの針に引っ掛かっていた杖も外れるだろうからな。」
そこでシャルマントが言います。
「じゃあ直ぐに探しておばあちゃん返してあげないと、きっと、すごく困ってるだろうから。」
朝になり、シャルマントは早々と起き上がると朝食も食べずに家を飛び出します。
もちろん赤いずきんはしっかりと被っていました。
ネズミ達が言っていたベンチに行き、その後ろに広がる藪を掻き分けて入って行きました。
そしてそれはすぐに見つかり、シャルマントは杖を高々と持ち上げ、叫びます。
「あった~~~!」
それからすぐに、シャルマントは大イチョウの木の近くに在るビエネッタお婆さんの家へと向かいました。無くした杖をお婆さんに渡すと、何処からともなく例の音が聞こえてきます。
ピコッ!
ビエネッタ婆さんからの感謝の言葉を聞きながら、シャルマントは赤いずきんに手を差し込んでカチューシャに付いている小さな耳をスリスリと触りながら思います。
(良かった~。おばあさんも喜んでくれるし、私にもピコッってなったし。)
(ミミ、少し大きくなったのかな~? よく分かんないわ。)
(そうだ、これからもネズミさん達から色々聞いて、村の皆を助ければいいんだ。)
(そうすれば、ピコピコって聞こえて、この耳がズンズン伸びて、取れる時が来るんだから。)
(あー、早くウサギさん位の耳にならないかしら。)
そんな事を思っていた帰り道、シャルマントは何となく楽しいリズムで呟いていました。
「ピコピコ ズンズン ピョンピョン のびろ。
ピコピコ ズンズン ピョンピョン のびろ。
ピコピコ ズンズン ピョンピョン のびろ。」
シャルマントはどんどんと楽しくなり、自分でも気づかない内に、両手を赤いずきんの上に乗せ、その手を耳のように立てながら、ぴょんぴょんと跳ねていたのです。
楽しさのあまり、飛び跳ねながら家まで帰って来ました。
家に入り部屋の中でずきんを外すと、跳ねていたせいかしっかりと結んでいたリボンがいつの間にか解け、カチューシャの耳がピンと立っているではありませんか。鏡に映る自分の姿にピンと立っているカチューシャの耳が見えます。そして、
(あれっ? 生き物たちの声が聞こえない・・・・。朝なのに静かだ・・・。)
(耳は立ってるのに・・・・。)
そんなふうに不思議に思いながら、その小さなミミを両手でさわさわと擦りました。
ああ、静かだ・・・
動物さん達もみんな、もう起きているはずなのに・・・
シャルマントを静寂が包み込んでいます。
聞こえてくるのは、台所で朝食を作ってくれている母親が奏でる音。
トントントン・・・ (包丁の音かな?)
コトコトコト・・・ (スープ鍋の音かな?)
次の瞬間。シャルマントの目からは涙がポロポロとこぼれ落ちて来ました。
ゆっくりと目を閉じ、涙をぬぐいます。
しばらくして、シャルマントは強く握った両手の拳を天井に向かって突き上げ、
「やったー! どうよ、あのクソ魔女め! 私はやったわよ!」
「出来るのよ、そう、私は出来る子なの。ざまあみろ『グロルのむらさき魔女』。」
「あんたなんかのイタズラには屈しないわ。」
「ついに聞こえなくしてやったわ~。」
「あ~~、静ってホントに素敵ね~。」
「ホッとしたら、無性に腹が立って来たわ。『ヒェルン・マーダリー』、『グロルのむらさき魔女』、絶対にぶん殴るんだから。」
雄たけびにも似た大きな声を出しました。
でも、しばらくすると、シャルマントは不安感に襲われます。
(もしかして、もうネズミさん達とお話しが出来なくなっちゃったのかしら。)
急な不安を覚えたシャルマントは、折角帰って来たのに、再び赤いずきんを被り直して家を出ました。
そして、近くの木のそばまでやって来ると、両手を赤いずきんの上に乗せ、その手を耳のように立てて呟きます。
「キケキケピコピコ キクキクピョンピョン キイタラズンズン ハヨノビロ」
その後に、木の枝に止まっているハトに向かい、
「ねぇハトさん。」
と呟きました。
するとどうでしょう、
「おっは~。」
「おお、おっは~。気持ちいい朝だね~。」
「もう、どっかで朝メシ食って来たか~。」
「いや、まだ。」
「そっ、じゃあ一緒に食いに行こうか。」
「いいね~。どこ行く?」
ハト達の会話が人の会話として聞こえてくるではありませんか。そして、他の生き物の声はいっさい聞こえてはきません。
「うぉぉぉぉぉ~~ やったーーーーー!」
シャルマントは叫び声を上げます。
その声に驚いたハト達は一斉に飛び立ちます。止まっていた枝に羽ばたいた羽根をぶつけ、飛び立つ方向が交差し身体をぶつけ、いっそまあるい目を更に大きな丸目にし、くちばしを大きく開いて飛び立って行ったのです。
そんなハトにはお構いなく、シャルマントは叫び続けています。
「うぉりゃ、やったー! 私はやったのよ!」
「ついに魔女のイタズラに勝ったわ! どうよ、クソ魔女!」
「『ヒェルン・マーダリー』なんかには負けないわ!」
「オラオラ、さあ次はどの生き物が相手かしら。何でも聞いてやるわ。」
何度も何度もガッツポーズをし、胸の前で強く拳を握り、地面に向かって叫んでいます。
その地面から顔を上げると、少し離れた通りの脇を一匹のキツネが歩いています。
シャルマントは赤いずきんの上に両手を乗せて呪文を唱えました。
「キケキケピコピコ キクキクピョンピョン
キイタラズンズン ハヨノビロ、 ねぇキツネさん。」
「・・・・・・・・。」
何も聞こえてきません。
シャルマントはもっと集中しようと、呪文を唱えました。
「ねぇキツネさん。」
するとどうでしょう、ぴょこぴょこと軽快に歩いていたキツネがピタッと止まり、周りを警戒するように見回したのです。
シャルマントは話し掛けます。
「ねぇキツネさん、どこへ行くの?」
するとキツネは先程よりも早く首を振って、周りを見回し、背を低くして警戒の体勢になりました。そして、周りには何も、誰も居らず、遠くにシャルマントだけを見つけると、首を振るのを止め、シャルマントをじっと見据えます。
同様にシャルマントもキツネをじっと見ています。
お互いに見合わせ、微動だにしません。
シャルマントはキツネとお話しがしたくて、そこから聞こえてくる声をぜったいに聞き逃さないようにと。キツネはキツネで何処からともなく聞こえてくる声の元を探ろうとして、見渡しては見たものの、誰も居らず、唯一見えているのがどう見ても人間だと言う事に混乱し、最上級の警戒をして見ているのです。
しばらくは、どちらも身動き一つせず、じっと見つめ合ったまま動きません。
そしてシャルマントはもう一度話し掛けます。
「ねぇキツネさん、どこへ行くの?」
するとどうでしょう、キツネはとても驚いて、目を大きく見開き、口を大きく開け、一瞬で後ろへと飛び跳ねたと思ったら、地面に着くや否やシャルマントから逃げる様に走って行ってしまいました。
そこには、少し背を丸め、赤いずきんの上に両手をかざし、キツネが逃げ去った後をぼーっと眺めているシャルマントだけが残されていました。
準備が整いました。
呪いのようなカチューシャを何とかねじ伏せ、自分の意のままにできるようになったシャルマントは、再び森の中のおばあさんの家へと向かいます。
そう、これが本当の目的だったのですから。
次のお話からが、赤いずきんちゃんの冒険になるのです。




