間章(1):白亜の城の日常、推しとの距離(回想)
ルシアン様が、いた頃。
悪魔ヴェクスなんていうおぞましい存在が現れる前の、すべてがキラキラと輝いていて、希望に満ち溢れていた、私たちの「あの頃」。
それは、私、聖剣の使い手セラフィナとして転生してから、私の世界の中心であるルシアン様の傍で、彼と共に過ごした、かけがえのない幸せな時間。
***
世界のど真ん中に、まるで白い宝石のように、神聖な輝きを放ちながらそびえ立つ、魔法都市の白亜の城。そこが、私たち五光の勇者の本拠地。
そして何よりも、私の、私の全てである、ルシアン様がいる場所。
ルシアン様は、想像を絶するほどのチート級の魔力と、世界の歴史から最新の魔法理論まで全部詰め込んだみたいな、宇宙規模の頭脳を持っていて、日々、世界の理や魔法の探求に没頭していた。
彼は、誰よりも賢く、強く、そして……何よりも、私にとって、世界の光そのものだった。
もちろん、そんなルシアン様に心酔する多くの魔法使いや研究者を率いる。
私の、私の大切なルシアン様は、あの頃から世界の中心に立つ、まばゆい存在だった。
騎士団長である私も、その城に駐屯する。ルシアン様の傍で、彼の指示を受けて動く。
世界の守護者として、ルシアン様の騎士として、彼のために剣を振るう。
それが私の日常であり、誇り。いいえ、誇りなんて言葉だけじゃ足りない。
何よりも、何よりも、私の世界の光であるルシアン様の、一番近くにいられる場所だから。
彼のお側で、彼の声を聞いて、彼の笑顔を見て……それだけで、私の心は満たされる。
私の心は、いつもルシアン様でいっぱいだった。
脳内のメモリーは常にルシアン様関連の情報で容量オーバー気味だったけど、幸せだった。
「今日のルシアン様も最高に尊い……! あの魔法の発動時の指先の動き……なんてエレガントなの……! ああ、尊すぎて語彙力が消滅する……!」
訓練の合間、私はそっとルシアン様のお姿を遠くから拝見し、脳内で全力で推しを称賛していた。
傍にいた部下は、私が何か高尚なことを考えていると思ったのか、「セラフィナ様……何か、世界の理についてお考えですか?」なんて聞いてくる。
いやいや、世界の理そのものであるルシアン様の尊さについて考えてるんです!
アルドロンさんは城内の研究所に籠もりっぱなしで、世界の真理を追い求める難しそうな研究に没頭していた。
アルドロンさんもルシアン様を深く尊敬していた。
ローゼリアちゃんは首都の大聖堂で、たくさんの人々の心のケアに励んでいた。
ローゼリアちゃんの優しさは、まさに聖女様そのもの。
ローゼリアちゃんもルシアン様を信頼し、尊敬していた。
そして、ローゼリアちゃんは、私がルシアン様を見つめる時の、あの熱っぽい視線に、きっと気づいていたでしょう。
たまに、優しく微笑んで見守ってくれていた。
ローゼリアちゃん、マジ天使。
そして、ルシアン様を尊敬してやまない……いや、尊敬というより、もはや憧れの対象であり、乗り越えるべき目標、といった複雑な想いを抱いていた天才魔導士カスパール君も城で生活し、ルシアン様の部屋に入り浸るように一緒に過ごす時間が長かった。
カスパール君にとって、ルシアン様は世界の全てと言っても過言ではなかっただろう。
ルシアン様ってば、本当に色んな人から、色んな形で、慕われる存在なんだ!
私の、私の大切なルシアン様は、世界の中心で輝く、まばゆい光だった!
カスパール君、私がルシアン様にどれだけ夢中か、きっと知っていたに違いない。
そして、時々、何か言いたげな、複雑な視線を私に向けていた。
***
ある日、ルシアン様と私は、城の高い塔の上で、静かに街を見下ろしていた。
二人きりの時間。
私にとって、それは世界の全てよりも大切で、何よりも、何よりも、心満たされる、特別な時間。
この時間が、永遠に続けばいいのに、と、いつも願っていた。
脳内では、既にこの二人だけの時間で二次創作が何十本も生成される。
その日も、夕暮れ時。
ルシアン様と私は、城の高い塔の上で、オレンジ色に染まる街を見下ろしていた。
西の空は茜色に燃え上がり、地上の街には、一つ、また一つと温かい明かりが灯り始める。
温かい風が、私の紅いポニーテールを優しく揺らす。
ルシアン様の隣にいる。
ただ、それだけ。
それだけで、私の心は、全身は、温かい光で満たされる。
彼が傍にいるだけで、世界の全てが輝いて見える。
こんなに、こんなにも幸せでいいのだろうか。
二人の間には、言葉のない、だけど心地よくて、たくさんの想いが詰まった静寂が流れていた。
「この街も、平和だな」
ルシアン様が、静かに言った。
彼の蒼い瞳が、遠くの地平線の、夕日を見つめている。
その完璧な横顔を見つめているだけで、どうしてこんなにも心が温かくなるのだろう。
私の世界の光……私の、私の大切なルシアン様……。
尊い……。
脳内では、彼の横顔スケッチが自動生成されている。
ルシアン様は、ふっと、私の方へ視線を向けた。
蒼い瞳が、私を捉える。
その瞳に、温かい光が宿る。
「俺だけじゃない。セラフィナ。お前たちの力があってこそだ」
(……っ!! 私を見た……ルシアン様が、私を見てくれた……! しかも、その瞳に温かい光が……! 私だけに向けられた優しい光……っ! そして「私たちの力あってこそだ」なんて……! )
私は、脳内で推しにファンサをもらったオタクのように、心臓を鷲掴みにされた!
私に、そんなお優しい言葉を……!
私は、頬を染める。
彼に認められることが、彼の傍で共に世界を護ることが、私にとってどれほど嬉しいことか。
彼と共にこの平和を守れていることが、どれほど満ち足りたことか。
私の心臓が、キュン! ドクン! バクバク! と、忙しく、幸せそうに高鳴る!
私の、私のルシアン様……。
推しの言葉は、最高のエネルギー源だ!
「セラフィナ」
ルシアン様が、私の名前を呼んだ。
その声は、普段よりも少しだけ、甘やかで柔らかい響きを含んでいた。
私の心臓が、またドクン! と、大きく跳ねる!
この声! 私だけの、ルシアン様の声!
私の「推し」の声!
ああ、もう、どうにかなってしまいそう……!
頭の中で、推しの名前を呼ぶ破壊力についての考察が始まる。
「はい……ルシアン様」
私の声も、少し上ずっていたかもしれない。
ルシアン様は、街の明かりを指差した。
「あの明かり一つ一つに、人々の生活がある。笑い声があり、時には小さな悩みもあるだろう。俺たちが護っているのは、そういう、当たり前の、ささやかな幸せだ」
(彼は……いつも、世界の全てを見ているんだ……そして、私のことも……?)
私は、ルシアン様の言葉を聞きながら、彼の手を見つめた。
この手が、どれほど多くの魔法を操り、世界を護ってきたか。
そして、この手が……(いつか……この手に、触れることができたら……)
そんな、もしかしたら叶わないかもしれない、だけど、ずっと心の中に、心の奥底に、密かに、だけど確かにあった、切ない願いが、心の片隅で微かに、チリッと揺れる。
それは、騎士としてではなく……一人の女性として、私の「推し」、私の愛しいルシアン様に触れてみたいという、禁断にも似た、だけど愛おしい願いだった。
私の聖剣は、ルシアン様が創り出した宝珠と共にある。
私の力は、ルシアン様と共にある。
そして、私の心も、全て。
ルシアン様に、ただ、ただ、傍にいたい。
彼の一番近くで、彼を見守っていたい。
二人の間に流れる空気は、言葉以上に多くのものを語る。
私たち二人にしか分からない、特別な空気。
互いへの深い信頼。
私たちは、言葉で確認し合わずとも、静かに、だけど確かに感じていた。
ルシアン様の蒼い瞳が、一瞬だけ、私の緑の瞳の中で優しく揺れる。
それは、私だけのルシアン様。
ああ、尊い……。
この空気感、脳内二次創作が捗るやつだ!
「……明日も、いい日でありますように……。」私は、祈る。
表向きは、私が、世界の平和のために祈りを捧げているように見えたであろう。
が、しかし!
実際は、前世で佐倉花が、毎晩、ルシアン様祭壇にしていたあの祈り。
「願わくば、私のルシアン様の、明日も、いい日でありますように……。そして、ルシアン様の世界がずっとずっと平和でありますように……。(ああ、尊い……)」
私の推し!
ルシアン様の幸せが、いつまでも、永遠に、永遠に続きますようにという、私の前世からの願いだった。
そんな祈りだなんて、つゆ知らず、ルシアン様は、何も言わず、ただ静かに頷く。
彼の表情は穏やかで、その隣に立つ私は、この瞬間が、本当に、永遠に続けばいいと、心から、心の底から願っていた。
聖剣の使い手として、ルシアン様の騎士として、彼の傍に立つ。
そして何よりも、私の「推し」であるルシアン様の、一番近くにいる。
推しと共に、世界を守る。
それが、私にとっての、最高の、最高の幸せだった。
これ以上の幸せなんて、考えられなかった。