間章:お守り袋の秘密
旅の途中、私たちは適当な場所を見つけて休憩していた時のことだった。
私は、いつものように、肌身離さず持ち歩いているお守り袋から、私の最愛の推し、ルシアン様のアクスタをそっと取り出し、眺めていた。
黒いお守り袋には、私が前世、このアクスタを手に入れた時に、記念に(ルシアン様への愛を込めて)書いた、小さな文字が書いてある。
「……む? セラフィナ、その袋に書かれた文字は……」
傍にいたアルドロンさんが、私の手に持ったお守り袋を見て、興味深そうに言った。
彼の瞳が、何か未知なるものを発見した賢者のそれになっている。
「え? ああ、これですか? これ、私が前世で……元の世界にいた時に書いた文字なんですけど……なんて書いたか、もう忘れちゃって……あんまり深く考えずに書いた文字なので……」
私は少し照れながら答えた。
自分で書いた文字だけど、勢いで書いたから、何を意図したか自分でも覚えてないんだよな……。
アルドロンさんは、私の許可を得て、お守り袋を手に取った。
そして、緑の宝珠が宿った彼の賢者の杖先を、お守り袋に書かれた小さな文字にそっと近づける。
彼の瞳の輝きが増し、真剣な、探求者としての顔になった。
「これは……かつてヴェクスが用いた、古代文字に近い……いや、全く異なる形式……異世界の文字か……? 見慣れない形式だが……私の宝珠が覚醒したことで得た、世界の理に関する新たな知識が……これは……読める……!」
アルドロンさんが、驚きと確信のこもった声を上げた。
彼の大賢者としての能力が、私の前世の文字という、この世界の常識から外れたものを認識し、解析し始めているのだ。
そして、彼は集中して、お守り袋の文字を読み解き始める。
その様子を、ローゼリアちゃんもカスパール君も、息を呑んで見守っている。
アルドロンさんが、私の前世の文字を読めるなんて……!
そして、数秒後。
アルドロンさんは、顔を上げ、真面目な、全く感情の読めない表情で、私に解読結果を告げた。
「この文字は……こう書かれている……『ルシアン様ハート』……と。」
「…………は?」
アルドロンさんの、あまりにも冷静で、あまりにも直球すぎる解読結果に、その場にいた全員が、そして何よりも私自身が、完全に固まる。
時間が止まったかのような沈黙が流れる。
『ルシアン様ハート』……!?!?!?
う、うそでしょ!?
私の……私の前世の私! 佐倉花!
お守り袋に、よりにもよって『ルシアン様ハート』なんて、直球すぎる、あまりにもストレートすぎる文字を書いてたんだー!!
しかも、それを、よりにもよって、ルシアン様の親友であり、五光の勇者の仲間である大賢者アルドロンさんに、こんな真面目な顔で読み上げられちゃったー!!
黒歴史すぎる……!
「え……っ、あ……あ、あの……! その……その文字は……! 前世の私が……! な……なんか……勢いで……書いてしまっただけで……! その……! あまり深い意味は……!」
私は、顔が茹でダコのように真っ赤になり、しどろもどろになりながら必死に弁解する。羞恥心で、今すぐ地面にめり込んで、この場から消え去りたい……!
ローゼリアちゃんは、私のあまりにも慌てた様子を見て、ふわりと優しい笑顔になる。
彼女の桃色の宝珠も、私の羞恥心とは裏腹に、優しく温かく輝いている。
「ふふ……セラフィナちゃん……ルシアン様のことが、本当に、本当に大好きなのね……! あなたの気持ち、とてもよく伝わってくるわ……」
ローゼリアちゃん……!
そんな天使のような優しい笑顔で私を見ないでー!
余計に、余計に恥ずかしいよー!
カスパール君は、完全に呆れたような、そして少しだけ面白がっているような顔をしている。
「はぁ? なんだそりゃ……『ルシアン様ハート』……? プッ……ストレートすぎて逆に引くわ……馬鹿じゃねぇの。」
彼は、私のあまりの直球さに、思わずそっぽを向いたけど、肩が微かに、そして断続的に震えているのが分かる。
こ……こいつ、笑いを堪えてるのか……!?
ムカつくー!
絶対、後で何か言ってくるに違いない……!
その時、私はふと気づいた。
カスパール君の肩に乗っている、あのピンクのフワフワ。
「ねぇ、カスパール君!」
私は、恥ずかしさから無理やり話題を変えるように、少し大きな声で問いかけた。
「そのピンクのフワフワの従属魔物さ……名前、何なの?」
カスパール君は、ギクリと体を震わせた。一瞬、焦りの色が見えたような気がした。
「は? なんだ、急に……別に、名前なんてねぇよ。」
彼は素っ気なく答えたが、その視線はチラリとピンクのフワフワへと向いた。
「えー、ないの? こんなに可愛らしいのに? じゃあ……『フワワ』とか?」
ローゼリアちゃんが興味津々といった様子で、提案する。
カスパール君は、顔を背け、さらにぶっきらぼうに言った。
「うるせぇ! そんな馬鹿げた名前、つけるわけねぇだろ! フワワなんて……フワワなんて……」
彼の言葉が、途中で小さくなった。
そして、私は、彼の口元が、わずかに笑みの形になっているのを見逃さなかった。
まるで、自分に言い聞かせるように、そして、隠しきれない照れを含んで、彼は小声で呟いたのだ。
「……もう、フワワでいい……」
「え? 今なんて言った?!」
私が聞き返すと、カスパール君は、焦ったように声を荒げた。
「何も言ってねぇ! 聞き間違いだ! 」
ツンデレめー!
絶対、フワワって気に入ったじゃん!
しかも、そのフワワって名前、もしかしてローゼリアちゃんの髪の色とか、その可愛らしい雰囲気を想像してるのでは……?
なんて、妄想が膨らんでしまう私だった。
アルドロンさんは、私たちの反応にも全く動じず、真面目な顔で考察を続ける。
「『ルシアン様ハート』……ルシアン殿への、非常に強い、そして純粋な好意……愛情を示す言葉と推測できる……この異世界の文字……興味深い……非常に興味深い研究対象だ……」
アルドロンさん!
お願いだから、真面目すぎる考察、やめてー!
私の黒歴史を、宝珠の覚醒した知識で深掘りするの、やめてくださいー!
私の、ルシアン様への、隠しきれない、あまりにも直球すぎる「推し愛」が、まさかの異世界の文字として、ルシアン様の親友であるアルドロンさんに解読されてしまった、あまりにも衝撃的な瞬間だった。
もう、こうなったら、完全に開き直るしかない!
そうです!私はルシアン様が大好きです!
推しです!
アルドロンさんの言葉は、ルシアン様が私たちに遺した宝珠が、私たちと前世の繋がり、そしてルシアン様へのあまりにも強い思いと、深く、深く結びついていることを改めて示していたのだ。
この宝珠は、私の「推し愛」の結晶なのかもしれない……!




