第八章(3):カスパールの深淵、禁忌とガイアの真実、そしてフワフワの真相
夜の帳が降り、焚き火の炎がパチパチと音を立てる。ローゼリアちゃんは静かに横たわり、アルドロンさんも静かに瞑想している。
私は、ルシアン様のアクスタを胸に抱きしめ、いつものように夜空を見上げていた。
隣には、相変わらず無口なカスパール君がいる。
「……あんたの、くだらねぇ話を聞いたんだ。次は、俺の番だろうな」
突然、カスパール君が重い口を開いた。彼の瞳は、焚き火の炎とは異なる、冷たい光を宿していた。
「俺は、ルシアン様が異界に行った後もずっとルシアン様を探していた。そして、お前らも知っての通り、禁忌を犯した。目覚めた時には、異界の狭間にいた。ルシアン様がいるであろう異界には行けなかった……しかし、すぐそばにいたと思う。そこは、ガイアの管轄から切り離された空間だ。そこで俺は、自身の魔力を、そして禁忌の知識を、より深く、より広範に習得した。あんたらには理解できないだろうが、それは、世界の根源に触れる、危険な領域だ」
彼の声は、乾いていて、まるで過去の記憶が彼自身の傷跡であるかのように響く。
「俺が従属魔物を生み出せるのも、その禁忌の力によるものだ。こいつらも、異界の残滓から俺が形を与えただけの、言わば俺の分身だ」
彼はそう言って、傍らに控える従属魔物の一体を、感情のこもらない目で撫でる。
その仕草に、ふと、私は口を開いた。
「ねぇ、カスパール君。その従属魔物って、すごく……個性的だよね?」
ローゼリアちゃんも身を起こし、キラキラした瞳でカスパール君の肩に乗るピンクのフワフワなウサギを見つめる。
「うんうん! 特に、その肩に乗っているピンクのうさちゃん、すごく可愛らしいわ! 触ってもいいかしら?」
カスパール君は一瞬、眉をひそめたが、ローゼリアちゃんの純粋な好奇心に、わずかにたじろいだようだった。
「はぁ? 可愛いだぁ? なんだそりゃ。勝手にしろよ。だが、変な真似したらタダじゃおかねぇぞ」
そう言いながらも、彼はウサギがローゼリアちゃんに近づくのを止めなかった。
ローゼリアちゃんがそっと触れると、ウサギは嬉しそうに体をすり寄せ、私とローゼリアちゃんは思わず顔を見合わせて「かわいい〜!」と声を上げたんだ。
(──このウサギは、ローゼリアから貰ったこのネックレスに触れた時に、異界の残滓から無意識のうちに形作ったものだ。あの時、あたたかくて、純粋なローゼリアの光に触れて、込み上げてきた、この感情……それが、こんな、ローゼリアの髪と同じ色の、馬鹿げた姿になるとはな……今は、このことは伏せておくべきだろう。)
カスパール君は、内心の動揺を隠しながら、再び硬い表情に戻る。
「なぜ、俺がそこまでルシアン様に執着するのか……あんたらには分からねぇだろうな。俺は、かつて人間たちに裏切られ、絶望の淵に突き落とされた。何もかもを失い、復讐の念に囚われていた。ルシアン様を探すことだけが救いだった。彼だけが、俺の唯一の光だった」
カスパール君の声に、苦しみが混じり始めた。彼の過去が、どれほど彼を深く傷つけているのか、私は初めて肌で感じた。
「だからこそ、俺はルシアン様の真意を知りたい。そして、彼が望むというのなら、この世界を……いや、ガイアの『秩序』を、根底から覆すことすら厭わない」
彼の瞳に、深い憎悪の炎が揺らめく。
「ガイアは、『秩序』と称して、この世界を支配している。だが、その秩序は、常に完璧ではない。歪みを生み出し、時に、俺のような存在を排斥し、闇へと追いやる。ルシアン様は、その歪んだ秩序を正そうとしていたんだ。」
カスパール君の言葉は、私たちの知るこの世界の歴史を、根底から覆すような内容だった。ガイア様は、この世界の創造主であり、絶対的な存在だと、私たちは、教えられてきたから。
「ルシアン様は、宝珠を通じて、新たな『秩序』を築こうとしていた。そのためには、四つの宝珠が持つ力が必要なんだろうな。ルシアン様は、俺がこの場所に来ることも、あんたらと協力せざるを得ないことも、全て見越していたのさ。忌々しいが、彼の思惑通りだ」
カスパール君は再び、深く、長いため息をつく。
彼の言葉の端々からは、ルシアン様への複雑な感情、憎しみと同時に、深い敬愛と信頼が感じられる。
それは、まるで、私とルシアン様の間に流れる感情と、どこか似ているような気さえした。
その時、ローゼリアちゃんがカスパール君の首元を見た。彼の首には、以前、ローゼリアちゃんが贈った、シンプルなチェーンネックレスが光っている。
「カスパール君……そのネックレス、つけていてくれたのね……」
ローゼリアちゃんの声は、喜びと、どこか安堵を含んでいた。
カスパール君は、一瞬、ギクリとしたように視線を逸らした。まるで、見られてはいけないものを見られたかのように。
「フン……たまたまだ。別に、あんたからもらったからとか、そういうんじゃねぇ。ただ、そこにあったからつけてただけだ。それより、もう話はこれでいいか?」
彼の言葉は、いつものようにぶっきらぼうで、照れ隠しが丸見えだった。
しかし、彼の頬が微かに赤くなっているのを、私は見逃さなかった。
ローゼリアちゃんは、そんなカスパール君の態度にもめげず、優しい笑顔を向ける。
「うん、ありがとう。つけてくれて、ありがとう、カスパール君」
私は、彼の話を聞き終え、言葉が出なかった。
彼の抱える闇は、私が想像していたよりもずっと深く、そして、ルシアン様の真意も、まだ全てを理解できたわけではない。
しかし、彼が、これほどまでに自身の内面を私たちに明かしてくれたこと、そして、ローゼリアちゃんとの間にわずかながらも心通わせる瞬間があったこと、それが何よりも、私にとっての「絆」だった。
「カスパール君……話してくれて、ありがとう……」
私は、震える声で、ようやくそう絞り出した。
私の言葉に、彼は何も言わなかったけど、その表情は、どこか穏やかになったように見えた。
焚き火の炎が、私たちの間に静かに揺らめき、四人の勇者の間に、新たな理解の兆しが生まれた夜だった。




