第六章(1):聖剣に宿る情熱
宝珠が示す光の筋は、揺らぐことなく私たちを導いている。
その道中、私たちはいくつかの荒廃した場所を目にした。
かつて村があったと思しき場所は、建物が根こそぎ破壊され、大地は黒く焼け焦げ、不気味な魔力の残滓が漂っていた。誰もいないはずなのに、まるで今しがた激しい争いがあったかのような惨状だ。
そこには、まるで巨大な爪で引き裂かれたような痕跡や、焦げ付いた地面に刻まれた異様な紋様があった。
「これは……ヴェクスの残滓ではない……しかし、こんなに大規模な……」
アルドロンさんが険しい表情で呟いた。後で聞いた話では、この世界中あちこちで、このような異様な破壊跡が見つかっているという。
創造神ガイア様が、その修復のために建設部隊を派遣したり、神聖な力を送り込んだりしているという話も耳にした。
だが、その破壊の規模は、私たちが戦ったヴェクスの残党のそれとは比べ物にならないほど大規模で、異質な力を感じさせた。誰かが、意図的に、こんなにも派手に荒らしているかのような印象だった。
その荒廃した道を越え、宝珠が示す光の筋は、なーんにもない平坦な土地に、古い建物の基礎だけが、寂しく残っているような場所へと私たちを導いた。風が吹き抜け、草が生い茂っている。
見た目は寂しい場所だけど、ここに来ると、私の胸がキュッと高鳴り、手に握った赤い宝珠が、まるで私の心臓みたいにドクドクと熱を帯びるのを感じた。
この場所……この気配……!
私の体、そして赤い宝珠が、強く反応している!
ここ……ここは……!
かつて、聖剣の使い手セラフィナ(私!)が、幼い頃から剣の修行に明け暮れた、私の前世の故郷にある、小さな道場の跡地だったのだ。
かつての建物はなくなってしまっても、ここで剣の道を極めんとした私の情熱と、汗と涙、そしてルシアン様や仲間たちとの出会い……。
ルシアン様と一緒に修行した日々、彼に見守られながら聖剣を振るった、かけがえのない記憶……。
私の戦士としての、そしてルシアン様への、あまりにも深い思いが、この場所に深く、深く刻み込まれている。
この場所が、私の宝珠を呼んでいる……! 場所との共鳴が始まった……。
私の赤い宝珠が、激しく脈打ち始める。
ドクン、ドクンと、まるで私の一部みたいに、宝珠が生きているかのように。
宝珠から放たれる光が、辺りを赤く、そして温かい光で染め上げる。
その光の中で、私の脳裏に、前世の記憶が津波のように押し寄せてきた。
***
(セラフィナの回想)
生まれた時から、剣が傍にあった。
物心つく前から、泣き叫んでも、父は、私、セラフィナに小さな木刀を握らせ、素振りをさせた。
厳しい父だった。
前世の日本の記憶……佐倉花としての私にも、剣道をやっていた厳格な父がいたことを思い出す。
幼い佐倉花も、泣きながら竹刀を振っていた。
「もっと、速く! もっと、強く!」
父の声が、幼い私の耳元でこだまする。
いつしか、剣の道は私の全てになった。
何度もの血の滲むような鍛錬の末、私は、剣術大会で優勝を飾った。
その喜びは、佐倉花として剣道の全国大会で優勝した時の高揚感と、全く同じだった。
二つの人生の記憶が、鮮やかに重なり合う。
そして、その日、私に聖剣ヴォーパルブレードが授けられた。
それは、魔法使いの王ルシアン様が臨席する、厳かな儀式だった。
玉座に座るルシアン様の姿を初めて見た瞬間、私の胸は高鳴り、その麗しさに一目惚れした。
彼の瞳は、世界の全てを包み込むような優しさを宿し、その存在は、私にとっての光そのものだった。
「この聖剣を、そなたに託そう。セラフィナよ」
ルシアン様の言葉と共に、重厚な聖剣が私の手に渡された。その冷たい感触と、彼の手から伝わる温かさに、私の心は震えた。
その後、ルシアン様は、自ら私に剣の稽古をつけてくださった。
彼の剣は、力強く、そして優雅だった。
共に汗を流し、時には彼に支えられながら、私は聖剣の真の力を引き出す術を学んでいった。
彼との時間は、私にとってかけがえのない宝物だった。
ある日、ルシアン様は私に言った。
「セラフィナ。創造神ガイア様の命を受け、世界を護る勇者となっていただけないだろうか」
迷いはなかった。
彼の傍で、彼の護りたい世界を共に護る。
それが、私の全てだった。私は勇者になった。
しかし……悪魔ヴェクスとの戦いは、あまりにも絶望的だった。
そして……ルシアン様が、私を、世界を護るために、私の目の前から異界へ消えていった、あの……っ、あまりにも痛ましい記憶。
ルシアン様……っ!
(セラフィナ回想終わり)
***
宝珠は、私の聖剣の使い手としての魂、そしてルシアン様への深い、深い思い、その全てと共鳴している。
私のルシアン様……っ。
彼を失った悲しみと、ルシアン様への、決して消えることのない愛が、宝珠の中で混ざり合い、新たな力として昇華されていく。
赤い宝珠の光が、さらに、さらに眩しさを増す。
珠の表面が細かく振動し、まるで生き物のように形を変え始める。
そして、それは、私が手に持っていた聖剣ヴォーパルブレードの柄頭へ向かって、一直線に飛んでいった。
私の魂の相棒である聖剣へ……!
吸い込まれるように、宝珠は聖剣の柄頭に「パチン!」と、心地よい音を立てて収まった。
それは、ルシアン様がかつて意図した、聖剣の使い手セラフィナのための宝珠の形。
宝珠が聖剣に完全に埋め込まれた瞬間、私の体内に、前世の聖剣の使い手としての、あまりにも膨大な力と、ルシアン様から受け継いだ聖剣の真の力が、津波のように、一気に流れ込んできた。
体が熱い!
血が沸騰するかのように熱く、力が全身に漲る!
この感覚……!
聖剣が私の一部となる感覚。
ルシアン様から託された宝珠と、私の聖剣の使い手としての魂、そして聖剣の力が、ここで完全に一つになったのだ。
かつての剣技が、体の奥底から、まるで昨日のことのように鮮明に蘇る。
ルシアン様と共に過ごした修行の日々、彼から学んだ全てが、この力と共に私の体に戻ってきた。
ルシアン様から受け継いだ、聖剣の使い手としての力。
それは、ルシアン様の存在そのものと、深く、深く結びついている力だった。
「推し」への愛が、力になったんだ……!
「うおおおおおおおおおっ!」
私は、全身から溢れ出る力に思わず咆哮を上げた。
力が漲る!
この力……間違いない……!
あの頃の、聖剣の使い手セラフィナとしての力だ!
いや、あの頃よりも、さらに、さらに強い力になったような気がする!
これが、ルシアン様が私に遺してくれた力……!
私の「推し」が、私にくれた力だ!
赤い宝珠が埋め込まれた聖剣は、かつてないほど強い、神聖な光を放っている。
私の瞳は、確かな力と、ルシアン様への、そして再会へのあまりにも強い思いで、メラメラと燃え上がっている。
「セラフィナちゃん! 宝珠が……! 聖剣に……!」
ローゼリアちゃんが、驚きと安堵、そして喜びの声で叫んだ。
彼女の桃色の宝珠も、私の覚醒を喜ぶかのように、優しく光っている。
「すごい……! セラフィナの宝珠も、覚醒した……!」
アルドロンさんが、いつもの冷静さの中に、感嘆の声を漏らす。
彼の杖の先の緑の宝珠も、私の赤い宝珠と呼応するように強く光っている。
宝珠が、私たちの前世の縁の地と共鳴して力を取り戻す……。
ルシアン様が仕込んだ仕組み……。
仮説が、目の前で確信に変わった瞬間だった。
***
その頃、カスパールは、遠く離れた広大な何もない土地にいた。
どれほど離れていようと、彼の紫の宝珠は、熱を帯び、仲間の覚醒を知らせる。
「チッ……なんだよ、派手にやりやがって。ちょっとは見直したぜ……って言いたいとこだな。」
カスパールは悪態をついた。
彼の宝珠は、セラフィナの覚醒に呼応するように、どんどん激しく熱を帯びてくる。
「くっ……! なぜ俺のは覚醒しない……! 」
彼は、自身の宝珠が覚醒しないことに、徐々にもどかしさを感じ始めていた。
カスパールの宝珠は、まだただの珠の状態だ。
そして、その宝珠の光は、相変わらず勇者たちのいる場所を指し示している。
セラフィナの覚醒をこんなにも離れていても感じるとは……。
「宝珠の覚醒には、やはりあいつらと一緒にいることが必要なのか……」
***
私は、輝く聖剣を強く握りしめた。
この温かさ……この強さ……!
「力が……! これが、宝珠の真の力……ルシアン様が遺してくれた……!」
私の瞳は、前世の記憶と、ルシアン様への募る思いで、潤んでいる。
宝珠は、単に力をくれたのではない。
私とルシアン様との繋がりを、再び強くしてくれたんだ。
聖剣を通して、ルシアン様の気配を感じるような気がする……。
私の「推し」が、確かにここに、私の中にいるような気がする……!
私は、聖剣をまっすぐ前……ルシアン様がいるであろう方向へ突き出した。
「ルシアン様……っ、待ってて……! 今、必ずあなたの元へ行きますから……! この力で、あなたを見つけ出しますから!」
私の決意に満ちた声が、道場の跡地に響き渡る。
私の「推し」ルシアン様への、再会を誓う、力強い声だ。
この力があれば、必ずルシアン様を見つけられる。彼のいる場所へたどり着ける。
そして、今度こそ、彼の傍を離れない。
二度と、大切な「推し」を失わない。
私のルシアン様への思いが、宝珠と聖剣に宿る、あまりにも大きな新たな力となったのだ。
私の、私の推し愛が、今、具現化したんだ!




