第五章(2):緑の宝珠、大賢者の覚醒
宝珠が示す光の筋は、旅を続けるごとに、日を追うごとに強くなっていった。
まるで、目的地が近いことを教えてくれるかのように。
数日後、私たちは宝珠の導きに従い、最初の目的地へと到着した。
そこは、古く、長い歴史を感じさせる場所だった。石造りの建物が立ち並び、静かで落ち着いた雰囲気がある。
かつては街だったようだが、今は多くの建物が朽ち果て、一部だけがひっそりと残っている。
「ここは……かつて、私が、少年時代からずっと、古文書を読み、世界の真理を探求した場所……王立図書館の、跡地か……」
アルドロンさんが、静かに、深い感慨を込めて呟いた。
時代の変遷を経て、図書館自体は姿を変え、大半が崩壊しているけれど、彼の前世の記憶に強く刻まれた、その場所の『核』のようなものが、宝珠と強く共鳴しているのが分かったんだ。
王立図書館は、アルドロンさんが若き日から老境に至るまで、世界のあらゆる知識を貪り、真理の探求にその生涯を捧げた、まさに彼の魂の故郷であり、知の源泉だった。
彼の叡智の全てが、この場所に凝縮されている。最初の場所との共鳴が始まった……。
アルドロンさんの手に握られた緑の宝珠が、場所への到着を告げるかのように、一層強く輝き始めた。
ドクン、ドクンと、まるでアルドロンさんの心臓みたいに脈打っているかのようだ。
私とローゼリアちゃんの宝珠も、それに呼応するように光を増す。
それは、ルシアン様が私たちに遺した宝珠が、私たちの前世の『縁の地』で、私たち自身の魂、そして失われた力と、再び強く共鳴し始めている証だった。
ここが、最初の場所。
宝珠の力が覚醒し、本来の形を取り戻す、その始まりの場所……。
アルドロンさんは、手に持った緑の宝珠を見つめた。
宝珠から伝わる温かい光が、その場所……かつて彼が世界の真理を追い求めた学び舎の跡地……から放たれる、古びた知識の気配と強く共鳴しているのを感じる。
宝珠が、この場所の持つ特別な気配を吸い上げ、そして変化しようとしている。
その時、王立図書館の跡地の奥深くから、奇妙な唸り声が響いた。
崩れかけた石壁の隙間から、黒い靄が立ち上り、不気味な形を成していく。
それは、知識を歪め、真理を隠蔽しようとする、ヴェクスの残滓……あるいは、世界の異変に呼応して生まれた、新たな『知の魔物』だった。
「これは……! 知識を喰らう魔物か……!?」
アルドロンさんが、眉をひそめる。
「アルドロンさん、危ない!」
ローゼリアちゃんが、不安げに叫ぶ。
魔物は、アルドロンさんの宝珠の輝きに引き寄せられるように、猛然と襲いかかってきた。
アルドロンさんは、まだ宝珠が杖に収まっていない状態。完全な力ではない。
彼は、知識を護るように、宝珠を胸に抱きしめ、魔物の攻撃を避けようとする。
「くっ……! この程度の魔物……本来ならば……!」
その時、アルドロンさんの緑の宝珠が、眩いばかりの光を放ち始めた。
珠の表面が微かに振動し、その形が、ゆっくりと、しかし確実に変わり始める。
宝珠は、まるで意志を持っているかのように、アルドロンさんが持っていた杖の先端部分へと引き寄せられていく。
そして、吸い込まれるように、杖の先端に「パチン!」と音を立てて、緑の宝珠が、まるで最初からそこに収まるべきだったかのように、ピタリとセットされた。
それは、ルシアン様がかつて意図した、大賢者アルドロンのための宝珠の形。
ルシアン様は、宝珠に、私たち自身の力を再び覚醒させるための仕組みを、仕込んでいたんだ!
なんて凄いんだ、ルシアン様は!私の推し、天才すぎる!
宝珠が完全に杖にセットされた瞬間、アルドロンさんの体の中に、三千年の時を超えて、かつての膨大な知識と、大賢者としての力が、一気に流れ込んでくるのを感じた。
「っ……!」
世界の成り立ち、魔法の法則、歴史の全て……何千年も前の記憶が、まるで昨日のことのように、あまりにも鮮明に蘇る。
転生して得た、この時代の知識と、前世の大賢者としての膨大な知識が、頭の中で一つになる感覚。
その奔流は、彼の頭に激しい痛みを伴わせたが、彼はそれを耐え抜いた。
杖と宝珠が一体となり、彼の知性と力が、完全に覚醒したのだ。
彼は、自分が紛れもない大賢者アルドロンであることを、改めて、そして強く実感した。
***
(アルドロンの回想)
幼き日のアルドロンが、ひっそりと王立図書館の片隅で、埃を被った古文書を貪り読んでいる姿が脳裏に浮かんだ。
彼は幼い頃から人並み外れた知性を持っていたが、それが故に周囲から浮き、孤独だった。
貧しい生まれだった彼は、奨学金を得てこの図書館に併設されている学校へ通い詰めた。
知識だけが唯一の友だった。
(あの頃の私は……)
学生時代、彼は聡明で美しい女性と出会った。
彼女もまた、知を愛する者で、二人は共に授業を受け、夜遅くまで研究に没頭した。
次第に、アルドロンは彼女に惹かれていったが、彼女は学校の男子の人気者であった。
彼女をめぐって、面倒な争いに巻き込まれることもあったが、結局、彼女はアルドロンを選んでくれた。
彼女の澄んだ瞳が、「あなたは、誰よりも世界の真理に近い」と語った時、彼の心は震えた。
結婚してからの日々は、愛と知の探求に満ちていた。
大賢者としての力を覚醒させた後も、彼は母校で教鞭をとりながら研究にいそしんだ。
妻はいつも、彼の研究室に愛妻弁当を届けに来てくれた。
その温かい手料理は、彼の知的好奇心を満たすだけでなく、魂を慈しむ愛そのものだった。
彼女の存在が、彼の知を、より深く、より人々のために役立てたいという思いへと昇華させていた。
数十年が過ぎ、アルドロンの髪は白く、顔には深い皺が刻まれた。
彼はもはや若き日の面影を失い、老境へと差し掛かっていた。
その頃、魔法使いの王ルシアンの噂が彼の耳に届く。
並外れた才覚を持つ若き王が、世界を護る勇者を求めているという。
ある日、ルシアンが自ら、老いたアルドロンの元を訪れた。
「大賢者アルドロン殿。貴方の叡智が、世界には必要だ。創造神ガイア様の命を受け、勇者として、我々と共に世界を護っていただけないだろうか」
光栄な話だった。しかし、アルドロンは一度は断った。
「ルシアン王。私はもはや老いた身。若い者たちに道を譲るべきでしょう」
しかし、ルシアンは彼の言葉に首を横に振った。
「いえ、貴方でなければなりません。貴方の知識と経験、そして何よりも、世界を深く愛する心が、我々には必要なのです」
ルシアンの真摯な眼差しに、アルドロンの心は動かされた。妻もまた、彼の背中を優しく押してくれた。
「あなたの知識は、きっとこの世界を救うわ」と。
そして、彼は五光の勇者の一人となることを決意したのだ。
(アルドロン回想終わり)
***
「これは……! この感覚……間違いない……! 大賢者、アルドロンとしての、本来の力だ!」
アルドロンさんは、その驚きと喜びに満ちた声で呟いた。彼の瞳の奥に、かつての知性の輝きが、戻ったのが分かる。
覚醒したアルドロンさんは、杖を構え、魔物へと視線を向けた。
彼の瞳に、世界の真理を見通すような鋭い光が宿る。
「愚かなる歪みよ……真理は、お前には理解できまい……」
アルドロンさんが杖を振るうと、緑の光が魔物を包み込み、その存在を解析し、根源から消滅させた。
知識を喰らう魔物は、瞬く間に光の粒子となって消え去った。
目の前で起こった、あまりにも劇的な出来事に、私とローゼリアちゃんは息を呑んだ。
ただの珠だった宝珠が、眩い光と共に形を変え、アルドロンさんの杖に収まった……!
ルシアン様が私たちに遺した宝珠には、こんな力が隠されていたなんて……!
そして、アルドロンさんの雰囲気も、以前にも増して賢者らしく、威厳のあるものに変わったのが見て取れた。
「アルドロンさん……宝珠が……! 杖に……! すごい……!」
ローゼリアちゃんが、驚きと感動で声を震わせた。
彼女の桃色の宝珠も、アルドロンさんの覚醒への喜びに応えるかのように、優しく光っている。
「すごい……! 本当に、宝珠の力が……! アルドロンさん、なんか……前よりも、めちゃくちゃ賢そう……! ルシアン様が仕込んだ仕掛け、マジで神!」
私も興奮している。
ルシアン様が私たちに遺した宝珠の力が、本当に存在したんだ!
アルドロンさんは、杖の先端で穏やかに輝く緑の宝珠に触れた。
「ああ。間違いない。宝珠の力が覚醒し、私の杖と一体になった。そして……前世の大賢者としての膨大な知識と力も、全て……完全に、戻ってきた。」
彼は、ルシアン様が遺した宝珠の、そしてこの場所の持つ力の意味を理解した。
宝珠は、単なる道具ではない。
私たち自身の絆、そして前世のアイデンティティと深く結びついている。
ルシアン様は、この宝珠に、私たち自身の力を、再び取り戻すための仕組みを、綿密に仕込んでいたのだ。
なんて凄いんだ、ルシアン様は!私の推し、天才すぎる!さすがルシアン様だ!
アルドロンさんは、緑の宝珠を杖に宿し、その知識の片鱗を早速示した。
偶然立ち寄った街で、古い遺跡から出土した謎の石板について、この時代の学者たちが何日も頭を悩ませていたが、アルドロンさんは石板を見るなり、
「これは古代文字で書かれた、とある魔術師の、空間魔法に関する記録だ。内容は……」と、あっという間に解読してしまったのだ!
学者たちは「おおお!」とどよめいていた。
宝珠の力、すごい!
アルドロンさんは、杖の先で穏やかに輝く緑の宝珠を見つめた。
そして、その緑の光は、今度は別の方向へ、微かな光の筋を示し始めた。
次の目的地だ。
宝珠が、私たちに、次の道を、示してくれている。
ルシアン様へと続く道標が、光を放っている。
私たちの旅は、まだ始まったばかりなのだ。




