第十一話 魔法を教わる
翌日の早朝。
ランニングから帰ってきた俺はリビングで寝転がっていた。足がガクガクと震え鉛のように重たい。昼からシルヴィアの服や家具を買いに行くのに、一歩も動ける気がしなかった。
そんな俺を見て苦笑したシルヴィアさんが喋りはじめる。
「ある程度形になるまでは朝は走り込みと魔法の勉強、昼と夜は素振りをします」
「はぁ、はぁ、はい……」
「訓練を止めたいと思ったらいつでも言ってください」
「はぁ、わかった、はぁ」
日本は今、ほとんどの学校が休校している。いつまでかはわからないけど俺にとっては都合が良かった。俺の気力と体力が続く限り修行することができるのだから。
「俺は、本当に不甲斐ないな」
「そんなことはありません。最初は誰もが新人です。日々の訓練で体力や技を身につけて、地道に強くなっていくのです」
「そう、だよね……ありがとう。俺も地道に頑張って、絶対に強くなるよ!」
「ええ、その意気です」
昨日の話し合いで、俺はシルヴィアに対して普段通り接するように言われた。
私も普段通り接しますね、と言っていたシルヴィアだけど特に変わったようには見えない。誰に対しても丁寧な言葉遣いということだと思うけど、少し壁があるように感じてしまう。
……もしかしたら、俺がシルヴィアを異性として好きになってしまったことに気付いているのかもしれない。俺なんかに好かれるのは迷惑だろうし、異世界に帰るのが目標なんだから適切な距離感を保とうとするのも納得のいく話だった。
俺自身シルヴィアと恋仲になろうだなんて思っていない。俺を好きになってくれると思うほど自惚れてないし、そもそも俺には資格がないのだから。
ようやく息が整う。体を起こそうとすると、シルヴィアが俺に手を差し伸べてくれた。
お礼を言って手を取ると、シルヴィアが微笑みを返してくれる。
思わず見惚れる俺にシルヴィアが言う。
「買い物に行くまでまだ時間があります。今から魔法の勉強でもしましょうか」
「え、いいの!?」
「ええ、構いませんよ。私はもう聖騎士では……っ」
興奮する俺に微笑んでいたシルヴィアがハッとなにかに気付いたような顔をする。
心配する俺に気付き我に返ったシルヴィアは、血の気が引いた顔にぎこちない笑みを浮かべた。
とても気になるし、凄く心配だ。今のシルヴィアは明らかに普通じゃなかった。
首を突っ込んでいいものかと悩むけど、俺はシルヴィアの力になりたいと思った。だから、悩みを振り払って聞く。
「何に気付いたのか、聞いてもいい?」
「……すみません。確証がない話ですし、もう終わったことですから心配しないでください」
「……わかった。でも、話したくなったらいつでも言ってくれ。大して役に立たないかもしれないけど、俺もシルヴィアの力になりたいんだ。」
「ありがとうございます、トオル。そう言ってもらえて嬉しいです」
もう気持ちの整理がついたのか、シルヴィアの表情はいつも通りに戻っていた。
シルヴィアはやっぱり凄い。俺と同じ十六歳なのに、俺よりずっと大人だ。
俺も彼女みたいなかっこいい人間になりたいと思った。
「気を取り直して、魔法の勉強をしましょう。トオルの部屋を借りてもよろしいですか?」
俺はベッドに、シルヴィアは椅子に座って向かい合う。
魔法には多種多様な種類がある。教え方も発動方法も千差万別で、適性がなければ使えないものもあれば、魔力さえあれば扱える魔法もあるらしい。
シルヴィアが教えてくれる聖騎士魔法だ。正式名称は聖魔法だけど、同じ名前の魔法がたくさんあるからほとんどの人が聖騎士魔法と呼んでるらしい。一般には聖騎士にだけしか使えない魔法とされているが、条件を三つ満たしていれば聖騎士じゃなくても会得できるものなのだとシルヴィアは言った。
「一つ、魔力を認識し操作できること。二つ、善なる魂を持つこと。三つ、神の声が聞こえること。
簡単に聞こえるかもしれませんが、この三つを併せ持った人はとても少ないです。一つ目と二つ目の条件を満たす人は多いですが、三つ目の条件を満たす人が圧倒的に少ないのです」
「どのくらい少ないんだ?」
「現役の聖騎士が二十四人、引退した聖騎士が八人、侍従騎士が十五人、騎士見習いが確か……十人前後だったはずです。神の声が聞こえる者は一年で零人から五人ほど見つかり、騎士団に入ることを強制されます」
神の声が聞こえる者は国中から集められる。適正ある子供を隠す親もいるけど、色々な要因ですぐにバレてしまうらしい。従騎士とは聖騎士に成れなかった騎士見習いで、二つ目の条件を持たなかった人は処刑されてしまうのだと、シルヴィアさんが顔を曇らせて言った。
「善人じゃないから処刑されるって、そんなのおかしくないか……?」
「私もそう思います。ですが、以前の私もそれが当たり前のものだと思っていました。悪事を働いた騎士見習いが処刑されると聞かされていたからです。
……それが間違いであることに気付いたのは、クライスが──教え子が処刑されると決まった時。牢屋で彼と話すたびに私の中に疑念が芽生え、私は騎士団長に聞きました。その時に、聖騎士魔法を習得するための条件を知ったのです」
シルヴィアが一呼吸置いて話を続ける。
「私は処刑を止めることができませんでした。騎士団長から聞いた話を少しでも漏らせば、一族郎党を処刑されるからです。
……処刑を止められないと言った私に、クライスは感謝を伝えてきました。それどころか、私の心配までしてくれました。
『俺のことはいいから危ない真似はしないでくれ』と言って、最期まで私に笑いかけてきました」
俺がダンジョンで何度も味わったどうしようもない無力感。それと同じ、いや、それ以上のものをシルヴィアの乾いた笑みから感じ取る。
馬鹿なことを口走ってしまった自分が酷く恥ずかしい。よく考えもせずに発言してしまったことを後悔した。
「だから私は……すみません、話が逸れていますね」
「ぁ、いや、俺が馬鹿なことを聞いたから……本当にごめん」
「気にしないでください。これも、もう終わったことですから」
だから私は。その言葉の続きが気になったけど聞ける雰囲気ではなかった。
「話を戻します。騎士団の教練では、まず魔力を認識するところから始めます。確かトオルは『召喚』に目覚めた時に魔力を操作したと言ってましたよね?」
「うん。でも、操作はできるけど留めることはできないみたいなんだ。病院で少しずつ魔力が体の外に出てることに気付いてから、体に留めようとしてみたんだけど上手く行かなくて、日に日に魔力が少なくなってるのを感じてる」
「今の私は魔力を回復できないので推測になりますが、恐らく病院やこの家の魔素濃度が低いのでしょう」
「まそ……魔素?」
シルヴィアが言うには、魔力とは空気中に漂う魔素を人や魔物が吸収し変換したものらしい。滅多にない話だけど、魔素濃度が極端に低い場所もあって、そこでは上手く魔素を吸収できないのだとか。
参考物としてダンジョン庁に押収されてしまったゴブリンの宝石にも魔力が籠もってて、シルヴィアも魔石と呼んでいる。魔力には赤、青、緑の三属性があるけど、別に魔力の色で魔法の適性が決まるわけじゃないらしい。
……そういえば持ち帰った魔石、青色だけ少なかった気がする。その時は気のせいだと思ったけど、もしかしたら召喚時に魔石の魔力も使ったのかもしれない。
そのことをシルヴィアに話してみる。
「他者や魔石の魔力を操作できるのは、同じ属性を持つ者だけです。もしかしたら、トオルは青属性なのかもしれません……早速確認しましょう」
「確認?」
「はい。運が良いことに私も青属性ですので、魔力を確認してもよろしいですか?」
頷く俺を見て「手を出してください」とシルヴィアが言う。
シルヴィアが細く小さな手で俺の手を握り、目を瞑った。
「うお!?」
体の魔力が勝手に動いてびっくりする。
そんな俺を見て、シルヴィアさんがいたずらっぽく微笑んでいた。
「今みたいに、他者に魔力を操作させると不快感に襲われます。なので、許可なく他人の魔力を探ったり操作するのは厳禁ですよ」
「? ちょっとびっくりしただけで、別に不快感は感じなかったよ?」
「え……?」
俺の言葉が予想外だったのか珍しくキョトンとするシルヴィアさん。
普段キリッとしてるだけに余計可愛く感じる……のは今はいい。不快感を感じなかったことがそれだけ珍しいのだろうか?
少し照れたように頬を染め、呆れたようにジト目を俺に向けてくるシルヴィアに聞く。
「……いえ、別にありえない訳ではないですよ。相手を心底から信頼していれば不快感を感じませんから」
「……それって悪いことじゃないよね?」
「ええ、そうですね。それ自体は悪いことではありません。劇や詩でもこの魔力操作を使って愛を確かめ合う話も多いですから」
「じゃあ──」
「ですが、出会って数日の他人に全幅の信頼を置く人はそうそういないですよ」
「……」
シルヴィアは俺がチョロい人間だと言いたいのだろう。確かにとも思ったけど、ちょっとまってほしい。俺と同じ立場になったらほとんどの人がシルヴィアを信頼するはずだ。
俺と茜の命を救ってくれた。俺の罪を許してくれた。メリットがないのに師匠になってくれた。信じられないくらい美少女で、生真面目で優しい人格者だった。
パッと思いつくだけでこれだけの好き……信頼できる理由があるのだ。別に俺がおかしい訳ではないはずだ。
「……取り敢えず、事前説明なしに魔力を確認してすみません。ですが、これも魔力操作を教える上で大切なことなのです。もしトオルが教えることになったら、あなたもこの洗礼をしてください」
「わかった。もし教えることになったら必ずやるよ」
真剣な顔で俺を見るシルヴィアが俺の返答に満足そうに頷く。
それだけ大切なことなのだろう。忘れないように後でメモをとっておこう。




