第十話 徹の決意
最近泣いてばかりで自分が情けなくなる。
元々俺は創作で感情移入して泣くタイプだけど、ここまで涙脆いとは思ってなかった。肉体的にも精神的にも未熟な自分が酷く恥ずかしい。
「すみません……落ち着きました」
「いえ、私が召喚されてすぐに感謝を伝えていれば、あなたをここまで傷つけることはなかった。こちらこそすみません」
「そんな、謝らないでください。話を後回しにしてもらったのは俺なんですから」
「そう言ってもらえると助かります」
シルヴィアさんは悪くないのに、申し訳無さそうな顔をする。
もう一度謝りたくなる気持ちを抑えて俺は口を開く。
「シルヴィアさんが良ければ、シルヴィアさんのこと、住む世界のことをもっと知りたいです」
「わかりました。かなり長くなりますがよろしいですか?」
「はい、お願いします」
異世界の話が数時間で終わるわけもなく、夜ご飯が出来上がったタイミングで俺たちは話し合いを切り上げた。
リビングに降りると、豪勢な料理が食卓に並んでいるのが見える。驚いた様子の俺たちを見てニッコリと笑ったお母さんが退院祝いと歓迎会を兼ねているのだと言った。
「お父さんおかえりなさい」
「こんばんはタケシ殿、お邪魔しております」
「ただいま、そしておかえり徹、シルヴィアちゃん」
既に帰ってきていたお父さん。話し合いに集中していたからか全く気付かなかった。
俺はいつもの席に座ってシルヴィアさんに隣を勧める。お礼を言って座ったシルヴィアさんを見ると、なんだかソワソワしてきた。
「あら、なんだか娘ができたみたいで嬉しいわね」
「ああ、そうだな」
「お父さんお母さん、シルヴィアさんが困ってるよ」
「いえ、そんなことは……」
二人の言葉を聞いて戸惑うシルヴィアさんを見て納得する。
俺は一人っ子だから、普段ご飯を食べる時隣に人がいない。だけど今日はシルヴィアさんが隣に座ってるから落ち着かないんだ。
「冷める前に食べて食べて」
お母さんの言葉を聞いていただきますをすると、シルヴィアさんも祈るように手を組んでいた。
美味しいご飯を頬張りながら、先ほど聞いた話の内容を整理する。
シルヴィアさんのいた世界はやはり、ネット小説の異世界モノみたいな世界だった。
『地球』みたいに住む星の名前はない。人類が住む大陸はバライカとマールの二つで、シグレドという未開拓の大陸が一つある。シルヴィアさんが住んでいた国はカルゼア王国と言って、マール大陸の中で一番栄えている。
獣人族やエルフなどのファンタジー種族はいないし、魔物も地球に現れたダンジョンのモンスターとは違い死体が粒子になって消えることもない。ダンジョンは魔物が好んで住まう場所という認識だ。
俺たちの言葉がシルヴィアさんには大陸共通語に聞こえて、シルヴィアさんの言葉が俺たちには日本語に聞こえる理由はさっぱりわからないらしい。文字は読めないし、概念がわからない単語は翻訳されずに聞こえるらしいけど、今のところ俺は全て日本語に聞こえていた。翻訳魔法とかそういうのは聞いたことがないらしく、恐らく『召喚』の力だろうと俺たちは納得することにした。
シルヴィアさんは伯爵の三番目の娘として生を受け、神の声を聞ける者のみが任命される騎士団──聖騎士団に幼い頃から所属していた。
神童だ騎士団長候補だと持て囃されていたらしく、その評判に恥じないよう努力を重ねた自負がシルヴィアさんにはあった。
ダンジョンの魔物を討伐したり、盗賊を捕縛したりと任務をこなす日々を送っていたある日、とある盗賊団を偵察する任務でシルヴィアさんは魔女に呪われてしまう。その呪いは魔力生成を阻害する効力があったのだが、それ以上に問題だったのが神の声が聞こえなくなってしまったことだった。
呪いは術者本人を殺すか呪術師に解呪してもらうことで治せるけど、カルゼア王国にいる呪術師には手に負えなかった。神の声が聞こえない者は聖騎士ではいられない。解任されたシルヴィアさんは魔女と凄腕の呪術師を探す旅に出ることを決め、魔力回復ポーションを補充しにいく道中で暗殺者集団に襲われて殺されかけた。なぜ狙われたのかシルヴィアさんにもわからないらしい。
魔法は多種多様で、仕組みも効果も学び方も大きく異なる。そのほとんどが門外不出で、教わるか教本を手に入れない限り自力で会得することはほとんど無理だとか。シルヴィアさんが会得してる魔法は聖騎士に伝わる魔法のみで、独り立ちすることが早期に決まっていたシルヴィアさんはノビルズ家に伝わる魔法を教われなかった。
他にもたくさん聞いたけど、一度で全て覚えきれる自信がしない。少しずつノートにまとめることにしよう。
「──シルヴィアちゃんはもううちの子よ! 私のことはママって呼んで!」
「ああ、ずっとうちにいていいからな」
「えっと、あの……」
シルヴィアの身の上話を聞いて号泣していた二人がシルヴィアさんに微笑む。
そんな二人を見て困ったような、けれど少し嬉しそうな顔をするシルヴィアさん。
うちの両親ってここまでチョロかったっけ、と一瞬思うけどシルヴィアさんの人柄や俺の命を救ってくれた恩を考えて納得する。俺もシルヴィアさんを心から信頼してるし、一年後には姉として慕ってるかもしれない……俺と同じ年齢だけど。
話をせがむ両親にシルヴィアさんが異世界の話をする。
俺もまだ聞いてない話だったから、頭の整理を止めて聞くことにした。
冷たい水を飲んで一息つく。お風呂上がりで体が水分を欲していたのかとても美味しく感じた。
二階に上がってシルヴィアさんの部屋──お母さんが予め掃除してくれていた元空き室──のドアを叩く。どうぞ、とシルヴィアさんの声を聞いて扉を開くと、パジャマを着たシルヴィアさんが座布団に座り日本語の教本を読んでいた。
本を閉じたシルヴィアさんが言う。
「噂には聞いていましたが、お風呂というものはとても素晴らしいですね。あれほど綺麗なお湯を体を洗うためだけに使うのは贅沢ですが、それだけこの国が潤っている証拠でしょう。もう何度も思いましたが、ニホンの文明はカルゼアとは比べ物にならないほど高いですね」
ローデスクに本を置いたシルヴィアさんが立ち上がる。
俺の要件に心当たりがあるのか、シルヴィアさんは真剣な表情で俺の言葉を待っていた。
「シルヴィアさん。話を聞いてもらっていいですか?」
「ええ、構いませんよ」
「ありがとうございます」
緊張で乾いた口を開く。
「俺は見てのとおり体が貧弱で、ゴブリンにすらびびってしまう臆病者です。守る力もないくせに小部屋から茜を連れ出したのも、一人じゃ心細かったからだと思います。そのくせ、いっちょ前に正義感を抱いたりしました。挙げ句の果てには、俺のせいで茜は謎騎士と戦わざるを得なくなった。
……ずっと、ずっと後悔してました。自分が不甲斐なくて、情けなくて……死にたくなるほど恥ずかしかった」
一呼吸置いて話を続ける。
「だから俺は強くなりたいんです。もう二度と後悔しないように、大切な人を守れるように強くなりたいんです。
……お願いしますシルヴィアさん。俺を、鍛えてくれませんか?」
頭を下げる。図々しいことを言ってる自覚はあった。
優しいシルヴィアさんのことだ、家に住まわせてもらってるという負い目を感じてるだろう。俺は何もしていないとはいえその家の息子で断りづらいはずだし、負い目がなくても断らない可能性すらあった。
その優しさを利用しようとする俺は最低なクズ野郎だ……だけど、俺はシルヴィアさんを異世界に帰さないといけない。そのためにはダンジョンに入る必要があるし、戦う力が必要だった。
シルヴィアさんの真剣な声が耳を打つ。
「わかりました。私があなたの師匠になりましょう」
「っ、ありがとうございます!」
「ただし、私の教練は厳しいですよ?」
それでもやりますか、とシルヴィアさんが言外に問いかけてくる。
俺の覚悟は既に決まっていた。
「俺はもう二度と、あんな無力感を感じたくない……だから、どんなに厳しくても耐えてみせます!」
俺の言葉を聞いてシルヴィアさんが微笑む。
こうして師弟関係になった俺たちは、寝るまでこれからのことを話し合った。




