第九話 待ちわびた話し合い
「お大事になさってください」
「はい、ありがとうございました」
最後の検査が終わり病室を出る。
先に検査が終わっていた茜とシルヴィアさんが待つ場所まで戻ると、茜のお母さんと俺のお母さんが合流していた。
この入院期間で意気投合したのか、楽しそうに小声で会話をしていた二人と挨拶を交わして五人で移動する。ロビーで会計を済ませた後、俺たちは茜のお母さん──小百合さんの車でファミリーレストランへと向かった。
「今日は三人の退院祝いだし、遠慮せず好きなもの選んでねっ」
「わーい!」
「あ、ありがとうございます」
茜に似て、いや、茜が似たのか……とても小柄で若々しい小百合さんの言葉に無邪気に喜ぶ茜と、メニュー表を受け取って戸惑うシルヴィアさん。
シルヴィアさんは日本語が読めないし、異世界にファミレスと同じような店がなかったのだろう。彼女を挟んで座っていた俺と茜が料理の説明をする。シルヴィアさんは俺と同じハンバーグを、茜はチーズハンバーグを選んだ。
「お、美味しい……!」
ハンバーグを恐る恐る口に入れ、感動したように呟くシルヴィアさんの様子に俺たちは微笑む。
瞬く間にハンバーグを平らげたシルヴィアさんにお母さんが聞く。
「シルヴィアさん、後どのくらい食べれそう?」
「え? ええと、このはんばーぐと同じくらいの量は食べられますが……」
「じゃあもう一品頼もうか。あ、デザートのほうがいいかな?」
「いえ、私はこれで十分です」
「もう、遠慮しないでって言ってるでしょっ」
遠慮するシルヴィアさんへ小百合さんが可愛らしく言う。
最終的に折れたシルヴィアさんはパフェを頼み、目をキラキラさせながら食べきった。
全員食べ終え少し談笑した後会計を済まし、小百合さんに家まで送ってもらう。
後部座席で美少女二人に挟まれて座る形になり、いい匂いに包まれる。こんな状況、数日前の自分に言っても信じられえないだろう。緊張と興奮で心臓がバクバクと鳴っていた。
「……こんなに美味しいものがあるとは……世界は広いですね」
「まだまだ美味しいものはたくさんあるから楽しみにしてねっ」
小百合さんの言葉に驚くシルヴィアさん。
検査や面会で時間があまり取れなかったシルヴィアさんは、まだ常識の一部しか勉強できていない。そのため日本のことをほとんど知らない彼女は、外に出てからずっと驚きの連続だった。それなのに、窓の外を興味深そうに眺めているシルヴィアさんの表情に疲れは見えないのだから、体力というか精神力の違いを思い知らされた。
「はい、到着!」
「送ってくれてありがとね、小百合ちゃん」
「なんもだよっ、またご飯食べに行こうね!」
お母さんに続いて俺とシルヴィアもお礼を言った後、隣に座る茜を見る。
茜は酷く寂しそうな顔をしていた。
「茜も今日はありがとう。詳しい話は明日電話で伝えるから、今日はゆっくり休んでくれ」
「うん。徹くんもゆっくり休んでね、今日はありがとう」
「アカネ、今日はありがとうございました。また会いましょう」
「シルヴィアちゃん……うん。絶対、また会おうね」
ダンジョンで出会った頃は大人びて見えた茜も、今は年相応に幼く見える。
やっぱり、あの時は無理をしていたのだろう。そんな彼女を謎騎士と戦わせてしまった事実に胸が痛む。
俺が謎騎士よりも足が速く、体力があれば俺たちは逃げ切れた。普段から体を鍛えていれば、茜を命の危険に晒すことも、シルヴィアさんを拉致することもなかったはずだ。
あの日ほど、体を鍛えていなかったことに後悔した日はない。どうしようもない無力感を思い出す。もう二度と、あんな思いをしたくなかった。
窓越しに手を振る茜に手を振り返す。
遠ざかっていく車を眺めながら、俺は決意を新たにした。
ここ数日信じられないくらい濃い時間を送っていたからか、自分の部屋が少し懐かしく感じる。
そういえば、自室に女の子を招くのはこれが初めてだ。ラノベや漫画、ゲームソフトが並んだ棚を見れば十人中十人がオタク部屋にシルヴィアさんを入れるのを少し躊躇ってしまうけど、いつまでも廊下で待たせる訳にはいかない。
どうぞ、と言って廊下に立つシルヴィアさんを招いた。
「ここがトオルの部屋ですか。本がたくさんありますね……トオルはもしかして学者なのですか?」
「違い違う! そんな凄い人じゃないですよ。これは絵本みたいなものというか……」
言葉に迷って少年漫画を一つシルヴィアさんに渡す。
丁重に受け取ったシルヴィアさんが表紙を見て驚き、ページを捲って目を見開いた。
「これが……絵本……? 素晴らしい芸術ですね……それに材質も見たことがない」
「正確に言うとこれは絵本じゃなくて漫画という名前で、娯楽のための物です」
なんとか頭を捻って説明する。理解されない単語が多すぎて簡単にしか説明できなかったけど、頭が良くない俺にはそれが限界だ。
「ありがとうございます、そしてすみません。今は話し合いを優先すべきでしたね」
「そんな、謝ることないですよ! 全く知らない文化ですから、シルヴィアさんが気になるのも仕方ないです」
「そう言っていただけると助かります……それでは、何から話しましょうか」
何から聞くか少し迷う。聞きたいことはたくさんあった。
「……それじゃあ、まずはダンジョンについて教えてもらっていいですか?」
「わかりました……まず前提として、私の知るダンジョンとあのダンジョンは少し違うところがあります。
ダンジョンは古来からそこにあるもので、新たに現れるものではない。それに、先が異空間に繋がる門もありません。滅多にないですが、魔物もダンジョンの外に出てきます。私は学者ではないので確信は持てませんが、恐らく別物でしょう」
ですのでダンジョンについては別の機会に話しましょう、とシルヴィアさんが言う。
「茜や他の生還者に起きた身体能力の急激な上昇については? 今は使えなくなったみたいですけど」
「アカネの話を聞く限り、恐らく『肉体強化』でしょう。魔力が体に満ちた時に無意識に行われる魔法で、ほぼ全ての人間に適正があると言われています。才能があれば意識して発動できるので魔力を満杯にする必要はないのですが、才能がない人は魔力を常に満杯にする必要があります」
「なるほど……俺が『肉体強化』を発動できなかったのは、魔力が満杯にならなかったからですか」
シルヴィアさんが俺の言葉に首肯する。
ふと、疑問が湧き上がった。
「俺の『召喚』は一体なんですかね?」
「確か、学んでいたわけでも、元々あった魔法陣に魔力を注いだわけでもないと言ってましたよね?」
「はい。急に少女の声がしたと思ったら、まるで最初から知ってたかのように発動の仕方がわかったんです。それまでは体の中の魔力にも気付いてませんでした」
俺の言葉に少し難しい顔をしたシルヴィアさん。
「神や精霊などの超常存在が人に力を授ける伝説はいくつかあります。もしかしたら、同じような存在がこのニホンにもいるのかもしれません……その少女はなんと言ってましたか?」
「えっと……すみません、あの時のことはよく覚えてなくて……」
「そうですか……正体はわからないですが、力を授けてくれたのも事実。あまり不安になりすぎない方が良いでしょう」
「……そうですね。あの時『召喚』を授からなかったら俺たちは死んでました。だからあの声の主には感謝してます……ですが、シルヴィアさんを拉致した罪は忘れてません」
俺の言葉に驚くシルヴィアさんに土下座する。
少し涙声になってしまったけど、はっきりと言った。
「シルヴィアさん。自分の命欲しさにあなたを召喚してしまい、本当に申し訳ありませんでしたッ! 召喚の効果がわからなかったとはいえ、俺がしたことは許されることじゃない。俺の人生をかけて、絶対にシルヴィアさんを元の世界に帰しますッ!!」
シルヴィアさんは信じられないくらい善人だ。異世界に問答無用で拉致されろくに説明されていないにも関わらず、傷だらけの状態で当たり前のように護衛すると言い出してくれた。
とはいえ、許されたとは思ってない。召喚した俺を恨んでるだろうし、怒りを抱いてるだろう。シルヴィアさんにも家族が、友人がいて会いたいはずだ。それなのに、それをおくびにも出さず彼女は俺についてきてくれた。
頭を上げてください、とシルヴィアさんの慌てた声が耳を打つ。
顔をあげると、申し訳なさそうにシルヴィアさんが言った。
「『召喚』が授けられたものだと聞いた時に気付くべきでした。トオルは勘違いしています。私は拉致されたのではなく、自分の意思で召喚されたのです」
「え……?」
「順を追って説明します」
シルヴィアさんが膝を付いて俺の肩に手を置き、真剣な目を俺に向けてくる。
「長くなるので詳しい話は省きますが、召喚されたあの時、私は暗殺者たちと戦っていました。魔女の呪いに侵され聖騎士の任を解かれたその日に命を狙われたのです。
呪いに魔力変換を阻害され、任務直後で魔力が減っていた私は死を悟りました。ですが私には聖騎士としての……元聖騎士としての矜持があります。命果てるまで戦い続けるつもりでしたが、戦闘中に声が聞こえてきたのです」
「それって……」
「いえ、その声は中性的で抑揚のない声だったので、トオルが言っていた超常存在とは恐らく別です……そして、その声の内容はこうでした」
『警告。あなたは滅びの定めにあります』『提案。滅びを回避したければ魔法陣に足を踏み入れてください』
シルヴィアさんが抑揚のない声で再現する。
まるでAIみたいだ。
「普段の私であれば罠を疑って警戒したでしょう。ですが、あの時の私はそれが真実であると疑いもしませんでした。
……死にたくない。そう思った私は、自分の意志で魔法陣に入ったのです」
トオルは私を救ってくださったのです。だから、自分を責めないで下さい。
そう言って、シルヴィアさんが頭を下げる。
「私を救ってくださり、本当にありがとうございました」
その言葉を聞いて涙が溢れる。
……良かった。本当に良かった。俺は、底抜けに優しい彼女を苦しめた訳じゃなかった。人生をぐちゃぐちゃにした訳じゃなかった。むしろその尊い命を救うことができたんだ。
シルヴィアさんが困った顔で俺を見る。
これ以上彼女を困らせたくない。情けない姿を見せたくない。そう思っても、涙を堪えることができなかった。




