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 ◆ ◆ ◆


「私は魔女ではありません!」

 燃え盛る炎の中で、たくさんの悲鳴が響き渡る。

「……え!」

 突然眼前に現れた光景に、私は言葉を失う。

 辺りを見回すと、何処かの集落だろうか。燃え落ちる建物から逃げ惑う人々。それを追う兵士たち。

 一方的な暴力が、そこには広がっていた。

 逃げる人々を兵士たちが捕らえ、魔法を使おうとした者は、容赦なく切り殺されている。


「陛下! 私は魔女ではありません!」

 必死に叫ぶ女性の前に、一際立派な鎧をまとう人物が、一歩を踏み出した。

 彼は兜を外し、大地に放る。

 さらりと黒い髪が風に流れた。赤い瞳が彼女を映し、憎々しげに歪む。

 私はその人を見て息を飲んだ。

 アゲート?

「先に私を(たばか)ったのはお前だろう!」

「違います! 誤解です! 陛下、どうか信じてください!」

 彼は彼女の懇願など聞かず、彼女の首に下がるペンダントを引きちぎる。そして手にしていた剣で彼女の両足を斬った。

「牢に入れろ」

 黒い髪の青年は、痛みに転げまわる彼女を置き去りに、その場を離れてしまう。

「陛下! 違う、違うんです……っ」

 何度もそう訴えるが、彼の耳には届かない。

 すぐに彼女は意識を手放した。


 刹那、目の前が真っ暗になった。

 凄惨な悲鳴は聞こえなくなり、その代わりに、がりがりと何かを引っ掻く音が響いている。

 次第に闇に目が慣れはじめた。うっすらと私の視界に映ったそれに、ごくりと息を飲む。


 先程、足を斬られていた女性が牢の壁をひっかいている。

 虚ろな瞳に光はなく、汚れた包帯が足に巻かれているが、床に血を引きずったような跡が残っている。

 歩けないのだろう。

 その悲惨な姿と前世の自分が重なってみえた。


 胸にこみ上げる吐き気を抑えるように、私は浅い呼吸を繰り返す。

 がりがりがりがり、ずっと壁をひっかき、彼女はぶつぶつと言葉を繰り返す。

「……陛下……へい……か」

 私は彼女に手を伸ばす。触れることは叶わず、手が空をきる。

「望み通り、死んであげる……」

「……!」

「だから謝って……謝って……謝って……、このままじゃ死にきれない。自分が間違っていたと謝ってよ……」

 彼女は強い力で壁をひっかき続ける。すでに爪は無く、指先は血に濡れている。

 気が狂うような目に遭っているのに、彼女の口から出る言葉は呪詛ではなく、ひたすら懇願だ。


 がりがりと壁をひっかく音を聞きながら、前世で散々味わった屈辱が走馬灯のように脳裏に浮かぶ。

 アゲートの冷たい赤い瞳が私を捉えるたびに、もうこれ以上関係は改善されないと分かっていた。

 彼の不実さえ、最期の瞬間はどうでもよかった。

 ただ間違ったことをしたのは私だけではない。

 アゲートにも非がある。

 それを認めてほしかった。


「わたしも、ただ謝って欲しかったんだわ……」


 ふと壁をひっかいていた音が止まった。彼女は顔を持ち上げてこちらを見やる。

 初めて真正面から彼女を見た。

 その姿に見覚えがあった。

 薄紅色のふうわりとした髪。栗色の大きな瞳。

「ローズ……さま?」

 

 ◆ ◆ ◆


「ハーライト!」

 義兄の叫び声に私の意識は引き戻される。

 青い空が視界一面に飛び込んでくる。

 顔を傾けると、私は義兄に抱きかかえられていた。彼は目を開いた私を見て小さく息を吐く。


「ハーライト、少し触るぞ」

 モルダが膝をついて私の手首に触れた。彼には珍しく厳しい顔をしている。

「……お前、もしかして」

 私は身体を起こそうと動き、右手の中に何かがあることに気付いた。

 右手を持ち上げると、指に古い鎖が絡まり、飾りが零れ揺れた。

 三人はそれに視線が釘付けになる。

 ペンダントだ。ペンダントトップには真紅の宝石が嵌め込まれている。宝石は割れ、一部分しか残っていない。

「ハーライト、これは何処で……?」

 私の体を支えていた義兄は戸惑いながら問う。

「分かりません……。でも、これ」

 モルダが大きなため息をつきながら、私の手からペンダントを受け取った。

「これは魔法具だ。とても古い物だが、この宝石にこめられた魔力がまだ残っている。多分この魔力にハーライトが共鳴したんだ」

「共鳴……? あ、じゃあ、あれはその持ち主の方の」

「何か見たのか?」

「あの……」

 言葉を続けようとして、私は涙が溢れて先を告げられなくなってしまう。

「お、おい!」

 モルダが狼狽えている。

 申し訳ないから早く泣き止みたいが、ぼろぼろと零れる涙が止まらない。


 さきほど見た光景が、感じた想いが、胸に広がり苦しい。

「魔女狩りの被害にあった女性の物だと思います……」

 二人は言葉を失い、花に囲まれている石碑を振り返る。

「彼女は陛下と呼んでいた方の恋人だったようで、ずっと誤解だと叫んでいました」

「陛下? 何百年も前の、ルフス国王か?」

「いつ頃の国王陛下なのか……分かりません」


 私はなるべく言葉を選びながら、見てきた世界を語った。そして牢にいた悲惨な彼女の姿を。

「なんてひどい……」

 義兄は眉を寄せて、言葉に詰まっている。

「なあ、ハーライト」

 従兄は神妙な面持ちで口を開いた。

「お前は早くジェム国の大地を踏んだ方がいいと思う。ハーライトがペンダントの魔力に捕えられた時、女神の気配がしたんだ。おそらくお前自身は、すでに女神の寵愛を受けていると思う」

「寵愛……ですか」

「ああ。何も寵愛が魔力を持つことだけとは、限らない気がしてきたんだ。それを確認したい」

「なるほど……」

 モルダの言葉が腑に落ちて、私はゆるゆると立ち上がった。

 義兄が支えるように腕に手を添えてくれる。


「先を急ぎましょう。そもそも、おばあ様に会いに来たのですし、ジェム国の大地を踏むつもりでした」

「体調は大丈夫か? 俺が馬車を探してきてもいいぞ」

 モルダは義兄を見やり、二人で何か頷きあっている。

「大丈夫です。歩きながら見つけた馬車に乗せてもらいましょう」

 なるべく元気よく笑ったつもりだったが、彼らは困惑を深めたようだった。


 しばらくして、根負けしたように二人は先を進み始める。

 二人の背中を追いながら、私は足を止めて、先ほどの石碑を振り返る。

 綺麗な花畑だ。きっと死者を想い、当時の人々がこの場所を選んだのだろう。

 魔法使いたちは慕われていたのだ。

 あの華やかな容姿の彼女も。

 義兄たちには話していない。

 ペンダントの持ち主であり、魔女狩りの被害者が、ローズ=フラックス伯爵令嬢と容姿が似ていたことを。

 陛下と呼ばれた青年が、アゲートと容姿が似ていたことを。

 何故か話せなかった。


「ハーライト?」

 義兄が振り返り、心配そうにこちらに戻ってくる。

「お義兄さま、私も彼女と同じなんです」

「彼女?」

 手に握りしめていたペンダントを差し出すと、ちゃらりと鎖が音を立てた。

「私も、ただ殿下に謝って欲しかっただけなんです」

「ハーライト……」

 また泣きそうになって、ぐっと目元に力を入れる。

 ただ謝ってくれたら。

 熾烈な怒りも、悲しみも少しは癒されたはずだ。諦めるしかないと、納得することもできたかもしれない。


「ハーライト、行こう」

 義兄は何も聞き返すことなく、手を差し出した。

 手を重ねるとぎゅっと握り返される。

 ほんのり胸が温かくなって、癒やされるような気がした。

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