(34)波乱の予感
「確かに、この事態についての謝罪は必要なかったかもしれない。だが君には、明確に感謝を伝えなければいけないことがある。我が国の国民の命を救ってくれて、本当にありがとう」
「いえ、それも改まってルーファさんにお礼を言ってもらうことではないですから。薬師として当然のことをしただけですし」
(ルーファさんって、本当に真面目なのね。それに王族として、一面識もない人のために頭を下げるようなこと、なかなかできることではないと思うもの)
医師組合や薬師組合に関して思うところがある上、そんな組織を長年放置してきた歴代国王に対しては色々と物申したいアメリアだったが、ルーファに限っては誠実な人だなと改めて思った。
「君は薬師としてすこぶる優秀だし、その使命感と勇気は誇ってよいものだ。一人の人間として、尊敬に値する女性だと思う」
「あの、ルーファさん。それくらいにしてください。本当に褒めすぎですから」
「そのような人間を吊し上げたり陥れたりするような愚かな行為を、許してはいけない。私なりに徹底抗戦をすることにした」
手放しの賛辞に照れくささを覚えたアメリアだったが、ここで不穏な言葉を耳にして戸惑った顔つきになった。
「え? ちょっと待ってください。なんだか今、穏やかではない言葉が聞こえてきた気がするのですが……」
「君の身の安全は、どんな事態になっても私が保障する。君の兄や薬師所の店員にも話を通しておくように、レストに指示した」
真剣極まりない顔つきでそう言われたアメリアは、恐る恐る問いを発した。
「あの……、皆に何を伝えるように言ったんですか?」
「上の連中が君に厳罰を科すように、薬師として働くのを禁じるような理不尽な判決を下したら、全員の逃亡を手引きする」
「ルーファさん!?」
とんでもない内容に、アメリアは思わず声を荒らげた。そんな彼女には構わず、ルーファは冷静に説明を続ける。
「既に当面の生活資金や身を隠す場所も手配してあるから、心配しないでくれ」
「そうじゃなくて! そんなことをしたら、王子であるルーファさんの立場が悪くなりますよね!?」
話が一気に深刻な方向に進み、アメリアは慌てて言葉を返した。するとルーファが、僅かに表情を緩めながら宥めてくる。
「私の立場を心配してくれるのか? やっぱり君は優しいな。そこは極力露見しないようにするから、気にしないでくれ」
「気にするとか気にしないとかの問題じゃないんですけど!」
「つい先ほどレストが戻って報告を受けたが、君のお兄さん達も了承してくれたそうだ」
「……兄さんが、何を了承したんですか?」
もう嫌な予感しか覚えなかったアメリアだったが、仕方なく尋ねてみた。すると容赦のない答えが返ってくる。
「万が一の事態に備えて、必要最低限の荷物をまとめてくれている」
「そうですか……」
(兄さんに自制するように言い聞かせてきたのに……。王子のルーファさんと関わり合ってたのが判明した上、話の流れ次第ではどういう処罰が下るか分からないとか言われて、兄さんが激怒していそう。荷物をまとめることに同意したっていうのは、ルーファさんの手引きで逃亡するんじゃなくて、竜の国に帰る算段を立てていそうなんだけど……)
そんなことを考えて、アメリアはがっくりと肩を落とした。そんな彼女を見て、ルーファが心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫か? 今の話は最悪の事態を想定してのことだから、そんな事態にならないように最大限の手を打つつもりだ。私も参加して君の弁護をするから、あまり心配しないでくれ」
(ルーファさんは完全に善意からだったのだし、しかたがないわよね。元々どうしようもなくなったら引き払うのも選択肢には入っていたし、後はなるようになれだわ)
そう腹を括った彼女は、苦笑交じりに告げた。
「大丈夫です。自分がしたことの責任は、きちんと取るつもりでいましたので。その代わり、思うところをきちんと訴えるつもりです。その結果どうなっても、後悔しませんから」
「そうか、頑張ってくれ。私もできるだけ応援する。それではそろそろ失礼するよ」
「はい。ここまでわざわざ来てもらって、ありがとうございました」
笑顔でルーファを見送ったアメリアは、彼の姿が通路の向こうに消えると、力なく寝台に腰を下ろした。
「思っていた以上に、騒ぎが大きくなってる……。それに、兄さんから母様に話が伝わって、強制送還される羽目になったらどうしよう……」
国の上部組織と揉める以上、ある程度の処罰であれば甘んじて受けようと、アメリアは内心で覚悟していた。しかしルーファの介入で余計にこじれる予感を覚えた彼女は少しの間頭を抱えたが、体力温存のために余計な事は考えず、さっさと眠ることにしたのだった。




