第2話
ラツィだ。彼女は相変わらずの釣り目がちな瞳で私をきっと見つめている。
表情こそ怒っているのではないかと思うほどに厳しいものだけど、雰囲気は非常に落ち着いている。
「別にぼーっとはしてない」
「本当に? じゃあ、なんで周りをじーっと眺めてたのよ?」
「凄い注目されてるから……なんだろうって思って」
「それは……あんたが色々目立つことしてるじゃない?」
「目立つこと?」
「そうよ。この前、ガルス様とも仲良さそうにしていたじゃない」
「仲良くはしてない」
「……肩をこう抱かれるように密着していたじゃない。そんな状況を見ていた人から色々噂になったんでしょうよ……羨ましい!」
羨ましいというのならいくらでも代わってあげたいんだけど。
ラツィ、アレアとともに、私たちは列の最後尾へとついた。
私の隣にティルガも並ぶ。
それから、大人しくするようにその場でお座りの姿勢をとった。
しばらくきょろきょろと周囲を眺める。
……宮廷精霊術師はもちろん、騎士達の姿も多くある。
ここに集まった人の中で、一番多いのは騎士たちであるため、その様子は圧巻だった。
また、騎士の隣には宮廷以外の精霊術師たちも待機している。その数は騎士の半分ほどだけど、宮廷精霊術師よりはもちろん多くいる。
「たくさんの人がいるんだね」
私が呟くように言うと、アレアがにこりと微笑んだ。
「そうですね。そういえば、ルクスさんはいきなり宮廷精霊術師になったんでしたっけ?」
「うん。どうかしたの?」
「いえ。まだ時間もありますし、知り合いとかいたら話してくるくらいはできると思ったんですが……」
「ああ、それなら心配しなくても大丈夫。特に知り合いいないから。アレアは?」
私と違って、アレアやラツィは精霊術師から、宮廷入りをした。
知り合いはたくさんいると思うけど……その質問にアレアの表情が引きつった。
それ以上の質問をするのは、やめた方がいいんじゃないかっていう表情だったので、私は別の話題に切り替えようと思った。
しかし、そんな私の複雑な心境など知らないとばかりに、ラツィが振り返った。
「アレア、友達いなかったんでしょ?」
「……うぐっ!」
アレアが痛いところを突かれたとばかりの声をあげ、胸元に手をやる。
クリティカルヒットしたのは確かで、ラツィがからかうように笑っている。
このまま話していると、さらにアレアに連撃が叩き込まれてしまいそうなので、私はそこに言葉を挟んだ。
「ラツィはどうなの?」
「あたしは別にそういうのじゃなかったわ! ただ、あたしの実力についてこれる人は中々いなかったのよ!」
「……馴染めなかったんだね」
「そんな可哀想なものを見る目でみるんじゃないわよ! べ、別に馴染めなかったとかじゃないし!」
ラツィはふんっと腕を組んでそっぽを向いた。
とりあえず、アレアの話題は終わり、彼女もいつもの表情へと戻っている。
……二人の宮廷よりも前の話しはあまりしない方がいいのかもしれない。
そんなことを考えていると、ラツィはキョロキョロと落ち着きなく周囲を見ていた。
「ラツィ? どうしたんですか?」
「うーん……さっきから探してるんだけど、いないのよね」
「何がですか?」
「あたしのところの師団長よ。なんか、今回の作戦に来るって言っていたんだけど……来ないなら嬉しいわね!」
ラツィのところの師団長……?
ラツィは確か第五師団に所属していたと思うけど、そこのリーダーの顔は……さすがに思いだせなかった。
その時だった。
無邪気な子どものように笑っていたラツィの背後から、ゆらりと一人の女性が現れた。
美しい女性だ。少し目つきは鋭く、近寄りがたい雰囲気をまとってはいるけれど。
その女性はラツィの肩をとんと叩いた。
ラツィは眉間を寄せてから、振り返る。
「何よ? いきなり誰!?」
苛立った様子で声を上げたラツィだったが、その女性の顔を見て、顔を青ざめた。
「な、ナーサ!?」
「おい、ラツィ。さっきの発言はなんだ? そんなに私と一緒に仕事したくないのか?」
「ひぃぃっ! る、ルクス助けて!」
ラツィは一瞬で女性の手を払い落とし、私の背後へとやってきた。
必然的に、私とナーサと呼ばれた女性が向かい合うことになる。
どこかやる気なさそうに見えるけど、今こうして対面していてもまったくといって隙がない。
私が踏みこめば、きっと腰に差している剣を抜いて即座に対応してくるだろう。
……強い。
彼女を崩すにはどうすればいい?
どこから攻めこめばいい?
私はじっとナーサを見続けて、
「……ルクスよ。今は戦闘に対しての好奇心を抑えた方が良いのではないか?」
ティルガがそんなことをいいながら、くいくいと服の裾を掴んできた。
いけない。
ついいつもの癖で戦闘力の判断を始めてしまった。
こほん、と咳ばらいをしたところで私は首を傾げた。
「えーっと、ラツィの知り合い、でいいの?」
私が問いかけると、女性はきょとんとした顔になった後、くすくすと笑った。
それを見ていた周囲の人たちが驚くようにしてこちらを見てきた。
周囲の目は「信じられない」、と言っているかのようなものだった。
……みんなが知っている人なんだろうか?
そんな時、アレアがこそこそと話を始めた。





