旅は道連れ世は情け
「もう夜になりますから出発は明日にしましょう。高速鉄道を予約しました」
飛行機ではなく列車でシャングリラまで向かうようだ。
あの塔から見たキラキラ輝く街がシャングリラの中心街なのだという。私が最初に居た廃街は郊外のベットタウンの位置づけだったようだ。
出発は明日か。連れて行ってもらう身で贅沢は言えないのは分かっているが、リュイさんが心配だ。
私がこの街に飛ばされる直前、リュイさんってシアンさんと戦いになってたからな。
シアンさん一人ならリュイさんの魔力の方が上だから大丈夫だろうけど、もし応援を呼ばれたら。私の心配が伝わったのか躊躇いがちにフユカさんは私を腕に抱き上げ、優しく頭を撫でてくれた。
「大丈夫、大丈夫。貴方の飼い主候補はそんなにヤワじゃありませんから」
どこか確信を持った言葉に私は首を傾げる。
「貴方はリュイさんと面識があるんですか?」
「あー、まぁ、うん。いづれ分かりますよ」
刻一刻と色を変えていく空の色はいつしか赤から群青色が優勢になって来た。
金色の星が瞬く空に、私の住む町ではこんなに星が見えなかったからついつい空を見上げてしまう。
高い建物があるわけじゃ無いからビルの群れに邪魔をされることが無く、冴え冴えとした銀の月も綺麗に見える。今日は三日月なのか。
ライトアップされて、様々な色大理石で飾られた美しいドームを持つ建物がいよいよ神秘的な様相を帯びて来る。日干し煉瓦でつくられた建物が立ち並ぶ景色はひどく新鮮だ。
「何か食べますか? 佐藤さんは好きな食べ物は何があります?」
「嫌いなものはないです。どうぞ、貴方の好きなもので。貴方の好きなものが私は食べたいです」
お世話になっている身でそんな我が儘は言えない。実際、なんでも食べられるし。
「そうですか。では、この街は羊肉の料理が有名なので今晩はそれにしましょうか」
フユカさんの家に泊めてもらえるので、そのまま夕食も彼女の家で取る事になったのだが、フユカさんの家はまぁデカかった。まるで宮殿だ。ガチの金持ちだった。
使用人の方々(物語の存在ではなく実在するらしい)が一列に並んで深々としたお辞儀で出迎えてくれた。本当に場違い感が著しいのだが、姿が愛らしい猫のためか私を見る人々の目は皆好意的で胸を撫で下ろす。
女性は黒地にハスの花に似た紋様がラメ入りの青い糸で刺しゅうされたワンピースを着ていて、これがこの国のメイド服なのかなと興味深く見てしまう。お洋服が素敵。
すぐに、白いテーブルクロスの敷かれたダイニングに通されウェルカムドリンク代わりの冷たいミルクが出される。新鮮でコクがあって美味しい。
ひざ丈のロングニットとデニムに着替えて来たフユカさんと共に夕食をいただく。カジュアルな装いも可愛いね。欲を言えば髪型をポニーテールにしていただけたら。はッ! 去れ、煩悩!
焼いた羊肉とパン、そしてスープがこの国の食事の定番だそうでこの日の夕食もそのメニューだった。スープは香辛料が効いた赤いスープの中に野菜と肉団子が入っている。
美味しそうな香りに食欲を刺激され一口食べてみれば、ガツンと来る辛さではなく辛いのは辛いけどどんどん食べたくなってしまう、雑妙なお味だった。これは美味しい。
パンもフワフワで柔らかく、羊肉も初めて食べたが思ったより臭みがない。
「お口に合ったようで良かったです」
「はい、本当においしいです。ありがとうございます」
生粋のお嬢様なのであろうフユカさんは食べる姿も上品で、まるで映画の中に迷い込んだような錯覚が起きる。猫だからマナーはそんなに言われなくて本当に良かった。
食後は侍女さんに入れてもらったミルクを飲んで、金糸で刺しゅうされた綺麗なフカフカクッションたちに埋もれるようにしてその日は眠った。
明日はリュイさんを見つけて、シアンさんを一発ぶん殴るという大事なお仕事があるから、英気を養わないと。
翌日、フレッシュなリンゴジュースでのどを潤し、私は朝から美味しい食事を頬張っていた。
いや、本当に申し訳なくなってくる。
テーブルにはパンやチーズ、果物に熱々のスクランブルエッグ、とカリカリに焼いたベーコンというラインナップが美味しくない訳がない。本当にありがとうございます。
お礼になるかは分からないが、この屋敷で働くメイドさんたちの気が済むまで撫でられに行きました。皆目じりを下げて「可愛い、可愛い」言ってくれるので余は満足じゃ!
朝食を終えた私はかごに入れられてフユカさんと共にシャングリラに向かう。さすがに猫一匹じゃ列車乗れないよね。
手芸好きなメイドさんの一人が、一晩で縫って作ってくれた花柄が可愛い小さなリュックの中には、羊肉をパンで挟んだサンドイッチのようなお弁当と、何かあったらフユカさんの屋敷にすぐに帰って来られるように転移の魔力を込めた宝石が入っている。
本当に何から何まで申し訳ない、ありがとうございますと頭を下げまくったら、抱っこされて盛大に撫でられた。まぁ、私がひと時の癒しになれるのであれば満足だが。
ちなみに、一晩で既製品と遜色ないリュックを作ってくれた女性は、黄金を溶かし込んだような金髪に宝石のタンザナイトを思わせる、吸い込まれるような綺麗な瞳を持つ美女でした。
正直メイドより一国のお姫様ですと言われた方が納得してしまう様な上品な方だった。見習わなければ。ただ、私を嬉しそうに撫でるメイドさんを見て、フユカさんがゲンナリしたような顔をしたのがやけに印象的ではあったが。何でそんな顔を?
屋敷の皆さんに盛大に見送ってもらってフユカさんと共に駅へと向かう。
「シャングリラは買い物天国の街だから私もたまに行くのです。新しい洋服が欲しかったから丁度よかった」
そう言ってウィンクするフユカさんにもう感謝の念しかない。せめて交通費は私が出そうと金貨の山を渡したが必要ないと断られてしまった。女神かな。(二回目)
「佐藤さん、貴方の飼い主は大丈夫ですよ。落ち着いて」
しきりに私の毛並を優しく撫でて慰めてくれるフユカさんに、私はそんなに追い詰められた顔をしていたかと、前足で顔をぐりぐり撫でてみる。
魔法で動く列車で三時間。思えば随分遠くまで来たものだ。景色は砂漠から徐々に緑が茂る草原や森へと移り変わっていく。
しかし、直ぐに良い飼い主候補に会えたことと言い、リュイさんは分かっていてあの場所に飛ばしたのかな。分からないから後で本人に聞いてみよう。フユカさんとの関係も気になるし。
「到着。ここがシャングリラです」
賑やかな喧騒にまみれた大きな駅に私達は降り立った。
「廃街はあの道を真っ直ぐ行って草原を抜けた先になります。……本当に一人で大丈夫ですか?」
「はい、これ以上迷惑をかけるわけにはいきませんから。ありがとうございました」
深く頭を下げ、心配そうなフユカさんに猫流の笑顔を返し、私は廃街に向かって走り出した。
リュイさんはどこだろう。
はやる気持ちを足に乗せ、私は昨日ぶりに見る廃頽したどこか幻想的な雰囲気の街に向けて、草原を走り抜けていった。