展開の速さに猫はついて行けません。ここは何処?
「これでもう一人ぼっちじゃなくなるよ」
その一言は彼の琴線に触れたらしい。迷う様なそぶりにここぞとばかりに畳みかけようとしたその時、彼が厳しい目で私の後方を睨んだ。
釣られて振り返ると同時に閃光が走り、何か透明な壁に阻まれたように消え去る。
「どうも、リュイ。いきなり攻撃してくる何てひどいな」
どこか昏い執着を帯びた赤の瞳に私は本気の寒気を感じた。
うわ、あかん奴。これ、絶対地球だとサイコパスとか言われる奴。ストーカーで捕まる奴。
てか、展開が早くないか! リュイさんが狙われているって情報を今聞いたばかりでもう追っ手がくるなんて。
「これ位の攻撃、貴方には何ともないでしょう、シアン。何故追ってきた? 俺みたいな化け物なんて嫌いなはずだろう? あぁ、でも利用価値はあるのか」
「そうだね、君なんか大嫌いだよ。出来れば関わりたくない。でもさぁ」
残念なことに、その力は僕にとっては必要なんだ。
その言葉と共に魔法が放たれる。今度は黒い影の様な狼が数十頭も姿を現す。
この、シアンって人、間違いなくリュイさんを狙っている皇帝かなんかの仲間だよね。彼は私を抱えると憂鬱そうにため息を吐いた。
その瞬間、私達にとびかかろうとした狼たちは全て弾けて霧散した。
「あは、やっぱり凄いね。これ位の魔法じゃ君を傷つけるのは厳しいか。本当欲しい」
シアンって人は純粋にリュイさんの力だけを狙っているらしい。欲しか浮かんでないその赤が心底恐ろしい。
リュイさんはずっとこの視線に晒されて生きて来たのだろうか。
「ごめん、巻き込んでしまったね」
ごめん何て言わないでよ。悪いのは貴方じゃなくて皇帝一味扮するストーカーでしょう!
「逃げて」
そう呟かれた次の瞬間、私は大通りに立っていた。
おいマジか。
街灯に照らし出された淡い砂色の建物。あちこちにターコイズブルーのドームが見えて何となく中央アジアのウズベキスタンを思い起こさせた。
目の前の屋根付きのバザールに誘われるように入れば鮮やかな糸で複雑な文様が織り込まれた芸術品の様な絨毯や民族衣装、豪奢な宝石細工のアクセサリーなどが売られていた。
女性の腰の大きなリボンが特徴的な民族衣装のワンピースは可愛いな。着てみたい。って違う違う。道の両脇にはたくさんの屋台が立ち並んでいて美味しそうな匂いを漂わせている。
あ、おじさんその串焼きくれるんですか。ありがとう。シンプルな塩味がお肉の味を引き立てていて美味しいね。お礼にわが毛並をモフモフさせて進ぜよう。いや、違う。ここ何処だ。
「あら、可愛い猫ちゃんですね」
綺麗な声をした人物は花のような香りを纏っていた。彼女は近寄ってくるとニコニコしながら私の頭を撫でる。輝くような黄色い民族衣装が眩しいぜ。
うわ、雪の様な白い髪に古代の森を思わせる深緑の瞳が印象的な美少女だ。そういえシアンさんは桃色がかった茶髪でリュイさんは淡い銀髪だったな。
うん、日本じゃ中々お目にかかれない髪色だよね。目に優しくない。
「猫ちゃん、立派な首輪だけど飼い主はいるのでしょうか?」
「いませんよ」
「あ、翻訳の首輪か。なーに、貴方捨てられたのですか。私の所何て新しい我が家として如何でしょう」
綺麗な首飾りを付けた身なりのいい美少女は中々に裕福そうだ。
当初の目的は金持ちの優しい女性の家に飼われることだからこれで目的は果たしたことになる。
この先こんな好条件にあうことないしいいかな。だってここ何処だか分からないし、リュイさんと再会できる可能性は限りなくゼロだ。生きてくためには仕方ないよね。
ごめんね。私を飼う事を迷っていたみたいだしいいよね。私は精一杯可愛い子ぶって返事をするつもりだったのに、のどが締め付けられるように声が出ない。
お姉さんの首飾り。そのトルコ石の色。悲しみの色を宿したあの瞳を思い起こさせる。いいの? 私を逃がしてくれたあの人を放っておいて。自分から飼い猫にして、と言ったのに君も裏切るの?
「猫はあきらめが悪いのですよ」
「え、何?」
最初に狙った獲物は逃がさない。私はお姉さんに思いっきり頭を下げた。
「ごめんなさい! 私はもう心に決めた飼い主がいるのです。でも、貴方の気持ちは嬉しかったです。ありがとうございました」
「そっか。残念ですが仕方ありませんね。迷子なのですか? 家まで送りましょう」
なんて親切なお姉さん。女神かな。後光が差して見える。
「私は佐藤。実はかくかくしかじかなことがありましてここが何処だか分からないのです」
リュイさんの正体や皇帝に目を付けられていることは省いて、要点だけ説明し、私がいた廃街の様子を出来るだけ詳しく描写して伝える。
「私の事ははそうですね、フユカとお呼びください。よろしくお願いしますね、佐藤さん。で、貴方がいた街だけどそこはおそらくシャングリラの外れの街だと思います。建物の特徴からいってもね」
某バンドの曲が脳内を駆け巡る。『失われた地平線』という小説に出てくる理想郷の名だったはず。この世界に実在したよ。
「今貴方がいる場所からは2000キロは離れているからとても貴方の足だけじゃ帰れませんね。迎えに来てくれるのを待った方が良いのではありませんか」
私は正式に飼い猫という訳ではないし、彼も自分の因縁に巻き込んだのを後悔して逃がしてくれたのだから迎えはとても期待できない。
「自力で帰らなくてはいけないと思います。一番早い移動手段は何ですか? 金に糸目はつけませんよ」
万能首輪がお金をいくらでも出してくれるからね!(他力本願)猫に小判は有っても使えないと、利用しない方向でいたお金を生み出す能力の使い道がついに来たよ。
「うかうかしては要られないようですね」
フユカさんはちいさく呟くとすぐに頷き、何処かに電話し始めた。
え、あれってスマホじゃない。ファンタジー世界にスマホ。似合わない。夢が壊された。
いや、便利だからいいけどさ! これ、ひょっとしたら飛行機なんかもあるのでは。意外とこの世界は科学も発達した場所らしい。




