第一町人発見! って言いたいけど相手のメンタルがそれどころじゃない
ついに知的生命体に会えるという興奮で、私は一気に塔の頂上までの階段を登り切った。
因みに、この出来事で得た教訓はいくら猫でもビル二十階分の高さに匹敵する階段を一気に駆け上がるもんじゃないと言う事である。マジで死ぬかと思ったし、佐藤家のおばあちゃんとおじいちゃんが綺麗な花畑で、笑顔で手を振っている幻影が見えたよ。あれ、絶対天国だよな。
息を整えたところで、私はこちらに背を向ける人影にどう声をかけるべきか迷った。
あれ、そもそも私猫だから人間の言葉話せないよ! どうすんだ。いや、猫語も知らないけど。
だが、ここで突っ立っていても状況は改善しない。えぇい、女は度胸!
とりあえずそっとその人に近づいて行けば、気配で分かったのか、さっと振り返った。殺気の籠った鋭い空色の瞳にビクリと全身を震わせて立ち止まるが、相手が猫だと分かったのかその人はふっと表情を緩めた。あれ、この人泣いていたの?
「猫か。おいで」
この人動物は平気らしい。しゃがんで差し出された右手に擦り寄り、彼を見上げてニャーと鳴いてみる。警戒心なくすり寄る姿に彼は驚いたように瞳を大きくしたが、すぐに嬉しそうに破顔した。
トルコ石を思わせる綺麗な空色の瞳に思わず見惚れてしまう。青は私のお気に入りの色だ。
私は女だから、塔の上に居た人が男の人だったことに一瞬ヒヤリとした。
佐藤家は好きな人のために1回は必ず死ぬ。その後、何故か生き返るけどね。キリストもびっくりだ。新しい宗教を作らないと。
でも、私に希死念慮はないし、誰かのために死ねるほど高潔では無い。だから恋なんて真っ平だ。
本当に今の姿が猫で良かったと胸を撫で下ろす。人間の姿で出会っていたら、彼が私の死因になる相手かも疑うが猫ではどう頑張っても誰かと恋愛まではいかないよね。
私の好みはまず人間だから雄猫にアプローチされても響かない。絶対、大丈夫。
「首輪。飼い猫だから人懐っこいのか? ごめんね、俺食べ物は持っていないから何もあげられないんだ」
申し訳なさそうな顔で毛並を撫でられ、私は黙って首を振った。
人の言葉が分かるみたいだな、そう言って彼が微笑んだ拍子にまだ目じりに残っていた涙の雫が零れる。
うわ、やめてくれ。佐藤家の家訓は【人には特上の優しさで接しなさい】というもので、説教らしいことはなく、優しく接して育ててくれた両親に、これだけはと口を酸っぱくして教え込まれたから人の涙見ると駄目なんだよね。
我が家の床の間に立派な書としてしたためられ、高価な装丁を施した掛け軸として家訓が飾られていたからな。毎朝この文言を見てしまい、細胞レベルでインプットされた行動様式の一つになってしまった。
慰めるようにすりすりとすり寄ってみれば、抱き上げられて膝の上に載せられ頭を撫でられる。
調度いい。どーれ、アニマルセラピーじゃ。我が魅惑のモフモフに癒されるが良い! あ、ついでに私を飼ってくれませんかね? この撫で方、優しい飼い主さんになってくれると思われる。
爪をたてたりしませんよ! 人の言葉分かるからある程度の言う事聞くよ! なんて、自分のセールスポイントを目線で訴えるが当然お兄さんに伝わるはずもなく。
「やっぱりお腹空いているの? 何か買ってくるか」
私は違うと首を振り、たしたし軽く彼の胸をたたく。
「あぁ、そうか。飼い猫なら自分の家があるよね。もうすぐ夜になるから家へおかえり。家族も心配しているよ」
いないよ、そんなの。私はこの分からない世界で一人ぼっちなんだから。彼の目線に釣られて見れば、そこには真っ赤に染まる草原をはさんで遠くキラキラと光る街並みが見えた。
あの町の猫だと思われているの? 膝からそっと地面に降ろされる。彼はじっと遠く爛と光って揺れる街並みを静かに見つめていた。
「悲しい事でもあったんですか?」
猫の鳴き声とは違う人の言葉に私は自分でビックリする。
「あぁ、首輪に自動翻訳の魔法が掛かっているからか」
なんと。しゃべるたびに首輪の宝石が光るなとは思ったけど、ほんと優秀ですね、これ。
「ねぇ、もっと君の話を聞かせて。君の事が知りたいな」
相手が猫だから話やすいと思ったのか、彼はあっさりと具体的な経緯を話してくれた。
何と人間だと思っていた彼の正体は魔物なのだという。ファンタジーだー。とは言っても彼は大人しい性格で基本食事をしないため人を襲うことは無くむしろ人に興味を持って仲良くなりたかったらしい。
ただ、魔物が人に化けても気配で何となく正体を察せられるのか怖がられるか退魔の護符や剣などで追い払われるのがオチだったという。
「仕方ないよね。魔物の中には相手をいたぶる事しか興味がない凶暴なのもいるんだから。この町もそんな魔物に襲われて壊滅した」
この国の魔術師部隊によって魔物の群れは一掃されたそうだが、まだ血の匂いに釣られて魔物がやってくるため後数十年はこの場所に人が住むことは出来ないらしい。
「そういえば、白熊に角が生えた動物とかに会ったな」
「え、会ったの!? 無事でよかったけど。小さいから見逃されたのかな」
いえ、バッチリ襲ってきたのでバーベキューにしてしまいました。
首輪から謎ビームが出てきて一瞬でこんがりと。獣が焼ける匂いは臭い事を学んだよね。
「貴方は只の猫だからよほどお腹が空いている相手じゃないと襲われないよ。でも、油断しない様にね。自分は大丈夫何て過信したら駄目だよ。伝わっているかなぁ? でも不思議だね。高位の魔である俺まで怖がらないとは」
そもそも危害を加えられてないのに正体が高位の魔物だという理由だけで君を怖いとは思わないよ。あれ、でも。
「あの町は大丈夫なのですか? こんなに近いのに」
「あそこは強力な魔術師が昔張った結界が張り巡らされているからね。普通の魔物は入れない。この町の人の大部分が今はあの街に避難しているよ」
「君は入れるのですか?」
答えたく無さそうに瞳を揺らすがやがて小さくコクリと頷いた。
だよね。さっき食べ物買ってくるとか言っていたもんね。この近くの食べ物屋さんはどう考えてもあの街だろうし。お兄さん、意外と凄いんだね。尊敬の意味を込めて額をすり付けてみる。
「こんなに懐いてくれるなんて。いや、嬉しいけど。そういえば、弟もこんな風に抱きしめさせてくれたっけ」
へぇ、弟さんが居るんだね。
暖かいなぁ、と抱きしめられて何だか照れる。私を飼えという下心しかないから罪悪感が。
「一緒に居たいけど、危ないから駄目だよ。今ちょっとこの国の皇帝に狙われているから貴方まで巻き込まれてしまう」
「え、大丈夫? 何があったんですか?」
「俺は強い魔力を持って生まれたから俺に勝てる魔物はそういない。だから、俺を術をもって意思を奪い使役してしまえば」
「魔を持って魔を制するということですね」
生存本能も分かるから、魔物をこの国から一掃するのに手を貸せと言いたくなるのは分からなくもない。でもさぁ、そんな卑怯な手を使わないでこのお兄さん優しそうなんだから友達になって、普通に魔物を退治するの手伝ってと頼めばよかったんじゃ。
あ、でもお兄さんも同種と戦うのは辛いよね。ある程度知能がある高位の魔物同士だったら話し合いで解決できないかな。
「まぁ、俺に頼みたいのは魔物退治だけじゃなかったみたいだけど」
お兄さんが言うには、人と争いを好まない大人しい子や弱い魔物が安心して暮らせるように強固な結界を張った広大な領土を持つ魔物の里のようなものを作ったらしいのだが、その土地を欲しがった王に命令されて親友さんは彼に近づいたらしい。
彼を操って里の魔物を退治してしまえば広大な土地も手に入り、魔物の数も減らせるから一石二鳥だと。あー、そういう政治がらみの思惑もあったのね。魔物を倒せる切り札が手に入れば周辺国もこの国を無下に扱えなくなるから、いいように国際的な取引も進められるだろうし。
「魔物を使役する人は今までいなかったのですか?」
「下等な魔物なら人にも使役できますが、人語を操る様な高度な知能を持つ者は自分が認めた主にしか従わないので強力な魔物を従える者は少ないかな」
そうなんだ。でも、飼い猫なら弱くても大丈夫だよね。何かこの人放っておけないし、私も飼い主が欲しいから調度いい。
「辛い話聞かせてくれてありがとう。今更だけど私ね、佐藤っていいます。お兄さんのお名前は?」
「えっと、リュイです」
「リュイさん。私を飼いませんか」
びっくりしたような目が私をじっと見る。真意を探るように見つめる視線と合わせてニッコリ笑う。
別に君を騙したり、傷つける意思はありませんよ。
「それは、俺と一緒にいたら佐藤さんまで避けられるし。それに貴方には飼い主がちゃんと」
「いませんよ。私もリュイさんと同じ一人ぼっちだから」
「貴方も?」
痛ましげな表情に別に死別とか捨てられた訳ではないから、と思いつつ私はチャンスを逃すまいとここぞとばかりに自分のセールスポイントを話す。
「私を飼えばモフモフの毛並に触り放題だし、しつけは出来てるから噛んだり爪で引っかいたりしません。暇なときは話し相手になれるしそれに」
これでもう一人ぼっちじゃなくなるよ。




