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野良猫(仮)のあきらめは悪い!  作者:
第5章  裁きの女神と黒百合の剣編
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神罰

『野良猫~』4年目に突入です。いつも読んで頂きありがとうございます。

今年中にはこの小説を完結できるよう、頑張って執筆していきますので、今後ともよろしくお願いいたします。

 世界が変わったのは、俺が心底絶望した時だと思う。




 白く輝く太陽が黒く染まり、空を黒い天幕が覆い世界を闇が包み込む。空には、血のごとく不吉な色へと変わった満月が浮かび上がった。

 暗い闇夜に赤いオーロラが広がった。夜空から支えを失って、星が次から次へと地上に落ちてくる。地へと落ちた星は街や森を焼いていく。川が毒々しい紫へと変わり、腐臭を放ち始めた。魚の死骸が次々と水面に浮かび上がるから、きっと水は毒へと変化したのだろう。

 世界の終わりに相応しい光景が展開される。


「こんな……何故。まさかお前か!?」


 俺に詰め寄る魔術師の男に笑ってやった。この男は分かっていない。何にも分かっていない。

 この男がこの星を救いたいと真に願っていたのなら、誰よりも丁重に接しなければいけなかい相手は彼女だったのに。祟り神でさえ正気に戻し、救うことが出来る夕理なら、この星が抱える問題を解決するなんて容易いはずだ。

 この男は、間違っても夕理を殺すなんて馬鹿な真似をしてはいけなかった。彼女は俺なんかよりはるかに重要な神格を持っているのだから。


「神の呪いだよ」


「何故だ。お前の力は地上を害する行為には使用できないよう枷をかけているのに! 今もその術が破られた形跡はない。枷は問題なく機能している。なのに何故」


 詰め寄る男の顔を、ただじっと見つめる。呪いをかけた神のことも分からないのか、と内心嘲笑していた気配は分かったのか。忌々しげに舌打ちをすると、俺に言うことを聞かせようと魔力を込めて命じてくる。


「今すぐこの魔法を解け」


「これは俺がもたらした魔法ではないから無理だ」


 今まで逆らえなかったのが不思議なくらい、魔術師の命令に背くのは簡単だった。


「それより、お前は自分の心配をしたほうがいいぞ。遺言があるのなら、まともに話が出来る今しておくことをオススメする」


「な、なにを言って……」


 呪いの矛先が変わった。神の怒りを買った、この城にいる魔術師たち全てに災いをもたらすための使者が現れる。深淵そのものの穴が、城の内部に開く。そこから、黄金の冠を被った闇の獣が、恐ろしい唸り声を上げながら這い出てきた。

 善良な人間や生き物には目もくれず、ただ、罪を犯した人間たちだけに襲いかかる。魔法は一切効かず、命ごいも意味をなさずに次から次へと獣に貪り喰われていった。彼らを襲う恐怖は相当なものだろう。




 だが、それでも即死だった彼らは幸せだったのだ。











 目の前の男が突然苦し気に咳き込んだ。押さえた手の隙間から鮮血が溢れ出る。男の身体が急速に膨らみ、破裂すると赤い巨大な肉の塊へと変化した。堕ち神としての自分が言うのもなんだが、見る者にとっては、吐き気も催すような怪物じみた姿だ。


「タスケテ……タスケテ……」


 驚くべきことに、この状態でも男はまだ生きていた。

 目や鼻、口は辛うじて残っているがそれ以外はただの肉塊に成り果てている。この状態で生きているのは、一体どんな感覚なんだ。

 神の呪いにより無理やり生かされている身体は、寿命という概念さえも奪われ永遠の時を生きることが決定付けられている。死、という救いなど与えないという明確な意思を感じる。

 俺は床に転がる赤い塊を見ても、心は少しも何も感じなかった。俺が受けた被害からしたら、罪のない人々の命をこの星の発展のために奪われたことを考えたら、この男の末路にざまぁ見ろと思うべきなのか。

 しかし、憎悪も忌避感も哀れみも、何の感情も湧かない。彼女がもうこの世にいないのに、元凶に罰が下ったとて何の意味もない。

 夕理の骨が宿した魔力の効果か。俺にかけられていた呪いが跡形もなく消滅した。祟り神に堕ちたことで、不安定になっていた身体も再生されている。おそらく、神として堕ちる前の力を振るえるはずだ。

 だが、今さら自由に動けるからと言ってなんだというのか。夕理のいない永遠など意味がない。心に大きな穴が開いて何も出来ない。




 俺を救ってみせたのだ。生きていてほしい、と夕理に願われているのは分かる。夕理の願いなら、何を犠牲にしても叶えてあげたいと思うのは本当だ。でも、どうしようもなく悲しくて、これ以上歩くことができない。

 この星の全ての命を火葬の薪にして、俺も彼女の跡を追おう。変異しきった世界で生きるのは酷だ。ここで終わらせてやるのが慈悲だろう。

 あの、機械じかけの偽物の神の少女が望んだ通りに事が進んでいるとしても。もう、どうでもいい。

 窓から見えた、真っ赤に染まった満月は泣いているようにも見える。俺の感傷がそうさせるのか。苦痛がないよう、一瞬で終わらせてやろう。

 そう決めて踏み出した足は、しかし1歩として動けなかった。


「ダメだよ」


 殺戮に向かおうとする身体は、暖かい腕に後ろから抱きしめられて引き止められる。ポロリと1つ、涙が零れた。


「ただいま、愛良さん」


 鈴を転がしたような、聞き心地のよい優しい声。間違うわけがない。この声と魔力は確かに。

 もう2度と失う恐怖など味わいたくない。さよならなど2度と聞きたくない。捕まえておかなくちゃ。

 振り向いて、その小さな身体を抱きしめ返した。

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