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野良猫(仮)のあきらめは悪い!  作者:
第5章  裁きの女神と黒百合の剣編
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青いアネモネ

 確かに、肉を断つ感触が手に伝わってきた。何かが粉々に砕け散るような。そんな不快な音は妙に耳に残る。

 流星刀は私の意思に従って、天使様の首を跳ねた。普通なら、むせかえるような血の匂いが辺りに充満することだろう。

 しかし、星空を閉じ込めた美しい刀身には、血の跡一つない。天使様の白い首にも傷一つ付けることはない。当然だ。だって、流星刀は目に見えないものを切る時に使用する刀なのだから。物理的にモノを傷つけることは決してない。


「夕理さんは本当に優しいよね」


 家宝の力を熟知しているお兄ちゃんは、当然分かっていた。淡い笑みを浮かべると、ポンッと私の頭に手を置いてくる。


「何故……どうして……」


 天使様は戸惑いながら、自分の首もとを何度も撫でる。


「この刀に、人を物理的に傷つける力はありませんから」


 となると、あえて流星刀を使用しようとしたお兄ちゃんも、本心から天使様を殺すつもりはなかったんだよな。イマイチ分かりにくいひとだ。


「私のものにしていいか、という問に氷雨様は『是』とお答えになられました。これにて私との主従の契約は成されました。となると、貴方にかけられている既存の契約がとても邪魔ですからね。事後報告で申し訳ありませんが、破棄させて頂きました」


 あえて傲慢な神に見える表情で笑ってみせた。私に命までくれる覚悟があるのなら、それくらいしたっていいだろう。神隠ししなかった私偉い!

 流星刀なら精神に作用する高度な契約術式でも、簡単に破壊することが出来るのだ。つくづく、佐藤家の家宝は便利な物ばかりだな。


「そっか。次の俺のご主人様は夕理ちゃんになるのか。それも悪くはないかもね」


 憑き物が落ちたかのように、天使様の顔からはハッキリと殺意が消えた。なんだかんだで、私の想像以上に天使様の私に対する好感度って高いよね。嬉しいけど、ここまで好かれる理由が分からなくて混乱する。


「俺に選択権などありません。どうぞ貴方のお気のすむように、この身体を好きになさってください」


 天使様がそんな台詞を吐くとちょっとドキドキしちゃうな。好きなこと、って一緒にお出かけしたり、手料理振る舞ってもらったりしていいんだろうか。いや、違う。去れ、煩悩!


「さっそく何をいたしましょうか?」


 天使様があざとく小首を傾げながら問いかけてきた。どことなくテンションが高いような。


「お前、結構浮かれているだろう」


 金烏さんが若干引いた顔をしている。あ、やっぱり気のせいじゃなかったんだ。落ち込まれたら罪悪感がすごいことになるから安心したけど。


「嫌で嫌で仕方ない契約からようやく解放されたんだ。今なら夕理ちゃんの為になんだって出来るよ」


 やる気に満ちているところ悪いが、そんなに難しいお仕事を頼むつもりはないよ。


「夕理さん。彼を使い魔にするのは良い手段だとは思うけど、今氷雨さんを連れ帰るのはマズイと思うな。父さんは俺ほど甘くないから」


 お兄ちゃんが耳元でコソッと重要なアドバイスをくれる。天使様を普通に連れ帰るつもりだった私は、雷に撃たれたような衝撃を受けた。本当にそうだ。何故ラスボスの存在を忘れていたのだろうか。


「氷雨様、今すぐここを離れてください。貴方に身に危機が迫っています。貴方の力が必要な時にはお呼びいたしますから」


「いや、俺の立場を思えば貴方から離れるわけには」


「これは命令です」


「折角夕理さんが貴方を助けようとしているんだ。妹のことを想うなら今は逃げてくれ」


 深刻な顔のお兄ちゃんに思うところはあったのか、天使様が不承不承な顔をして頷いた。


「……何かあればすぐ呼ぶんだよ。俺も気をつけておくけどさ」


 天使様は青い花を取り出すと、私の髪にその花を挿した。


「貴方に忠誠を誓います、夕理様。俺の命は貴方のものだ」


 額に一つキスをされてビックリしてしまう。天使様は満足そうな表情を浮かべるとその場からかき消えた。


「やっぱり殺しておけば良かったかな」


 神にあるまじきどす黒いオーラを放つお兄ちゃんが地味に怖かった。









「おかえりなさい」


 お父さん(ラスボス)に気づかれないようこっそり帰る予定だったのに。玄関先の壁に寄りかかり、腕を組んだお父さんが待っていた。

 静かな声音と凪いだ赤い瞳からは、なんの感情も読み取れない。


「た、ただいま戻りました」


 お父さんは私の髪に結ばれたリボンと、手にある青いアネモネを見てすっと目を細めた。


「眷属にしたんだ。まぁ、夕理さんならそうするかもなとはおもっていたけど」


 見透かされている。お父さんは困ったように笑うと、私の方に歩を進めて来た。大きな手に頬が包まれ、こつんと額同士がぶつかる。近距離で見る、赤みがかった金の瞳は黄昏時の色に似ていて綺麗だ。いつまでも見ていられそう。私も同じ色を持っていることが誇らしい。


「夕理さんの相手の為に命だって投げ出しちゃうような、大きな優しさは大好きだけど。やっぱり父親としては心配になっちゃうな。今日は無事でよかった」


 前に私がお兄ちゃんに思ったことと、似たようなことをお父さんに言われてしまった。私はそこまで優しい子ではないよ。勝算があると踏まなければ行動しない。自己犠牲精神など皆無だ。なにせ⚫⚫の神だからね。これから行うことだって、神としての権能を行使するために必要なだけで、そんな高尚な想いはない。


「私は優しくないよ」


「本当に優しくないひとは、そもそも他人のためにそんな面倒なことしないよ」


 お父さんは私の頬を人差し指でツンツン突ついてきた。この強さ。抗議の意図を感じる。


 お父さんの物言いだと、これから先私がしようと企んでいることにも、気づかれているような気がしないでもない。タラ―と冷や汗をかく。だが、お父さんはそれ以上何も言わずに離れた。


「ほら、夜も遅いからちょっとでも寝ておいたほうがいい」


「何も言わないんだ」


 お兄ちゃんが拍子抜けしたような顔をする。金烏さんも戸惑い気味に私の周りを飛んでいる。


「お願いしたくらいで夕理さんが言う事聞いてくれるなら、いくらだって言うよ。でも、夕理さんは一度決めたことは何を言われても曲げないから。本当に柚月さんにソックリだ」


 嫌な所が似てしまったな、というボヤキが顔に書いてある。心当たりしかないのでそっと目を反らす。そこで、アネモネが手から抜き取られお父さんの手に移る。ぐしゃっと握り潰されたらどうしよう。一瞬ヒヤリとするが、勿論お父さんはそんなことしなかった。しげしげと花を眺めている。


「本当にあの火の神と魔力の気配が同じだ。ここまで完璧に力を移しとるなんて凄い技術だな」


 お父さんはポケットからアネモネのヘアピンを取り出した。あ、それ私がホワイトデーに愛良さんから貰ったものだ。


「それ、何故お父様が持っていらっしゃるのですか?」


「勝手に触ってごめん。あの神の魔力が最も宿っているのはこれだったから、何かの役に立たないかとちょっと拝借させてもらった」


 魔法の気配と共に、青いアネモネが光りヘアピンに吸い込まれていった。ヘアピンの飾りにピンクと紫のアネモネの他に、新たに青い花が追加される。お父さんは私の髪にそっと豪華になったヘアピンを挿した。


「夕理さんを守るものは多い方がいいからね」


「……ありがとうございます」









 翌朝。朝食の席で会った菖蒲さんは私のヘアピンに目をやると何とも言えない顔をした。


「青いアネモネの花言葉は『あなたに従います』よ。相変わらず気障な振る舞いするなー」


 菖蒲さんの言葉にビックリする。この花にはそんな意味が! 天使様が味方になってくれるのは心強いが、言いようのない気まずさに襲われるのはどうしてだろう。

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