黒い森のさくらんぼケーキ
「あ、あの。私はそういったものは現在募集しておりませんので、考え直して頂けるとありがたいです!!」
精霊王様を配下にするとか恐れ多すぎて無理。吐くぞ。
私が神様だから、誠意を示す方法として私に仕えてくれると言ってくれているのなら、その必要はないとお断りしないと。
「そう、ですね。こんな呪いに安々とやられてしまう様な精霊王など、役に立ちはしないから配下になどおきたくないですよね」
「何故にそうなりますか!!」
思わず大きな声が出た。その悲しそうな顔は止めてくれ。神として希望を叶えてやりたくなるだろう!! だが、無理だ。私はまだ中学生で、他力本願上等な性格で、全然主人の器たりえない。まずもって徳が足りない。
「夕理さんは主従関係とか望んでいないだけだよ。君が善意で提案しているのは分かるけどね。夕理さんに恩返しがしたいなら、元気になった姿を見せるのが一番いい。それが一番喜ぶよ。ね?」
「そうです! それが一番です!!」
明陽さん、さすが分かっている。ナイスフォロー。私は彼の言葉に乗っかって全力で頷いておく。精霊王様は小さく微笑んだ。
男の人に使うべき言葉でないのは分かるが、可憐という単語が頭を支配する。私あんなに可愛く微笑めないぞ。やり方を教えてほしい。
「夕理様はとてもお優しい方なのですね」
「普通の倫理観だと思いますわ」
●●の神だけど、人間社会で普通に生活してるから道徳観念には気をつけているんだ。
とはいえ、とりあえずは納得して頂けたようで安心した。私もニコリと笑みを返す。そこで、タイミングよくノックの音が響いた。フィオ様が戻ってこられたのかな?
「お待たせいたしました。ケーキをお持ちいたしました」
「ありがとうございます、フィオ様」
「お父様、夕理様を困らせるような真似はしていないでしょうね」
フィオ様が若干表情の温度を下げた。
「だ、大丈夫ですよ! それよりケーキ美味しそうですね」
さくらんぼが載ったチョコレートケーキ。黒いチョコと赤いさくらんぼの色彩が、シックで大人なケーキである。チョコレートの黒が、深い森に茂る木々を思い起こさせる。森のお茶会で食べるにはピッタリなケーキだ。
真っ赤な赤い果実を見ると、愛良さんの瞳の色を思い出す。愛良さんと一緒にさくらんぼのタルトを食べたことが随分と遠く感じる。愛良さんは大丈夫だろうか。心配だ。
パフェを一緒に食べると約束したんだ。なにがなんでも愛良さんを地球に連れ帰ってやる。
「夕理様、どうかなさいましたか?」
何か粗相があっただろうか、とフィオ様が不安げな顔をする。私は慌てて笑顔を見せる。
「なんでもありませんわ。とても綺麗なケーキなので見とれていただけです。いただきます」
ケーキにフォークを突き刺す。ケーキの上に細かく刻んだチョコが沢山載ってるのがまた嬉しいな。一口食べると上品なチョコレートの甘さが口一杯に広がる。ほろ苦いココアスポンジと、さくらんぼのクリームの組み合わせがまた良い。大人の味だ。ちょっと背伸びした気分になる。これは、本当に美味しい。この星は食べ物が美味しくていいな。
「これで森の中で迷うことはありませんね」
森の精霊王様が小さく何か呟いた気がしたが、私にはよく分からなかった。
お屋敷をでて明陽さんと一緒に森の館に帰る。綺麗なリボンを頂いてしまって嬉しいな。後でお父さんに頼んで髪に結んでもらおう。
「そのリボンには強大な魔力が宿っているね。これからのことを考えたら、武器が増えるのは歓迎すべきか」
明陽さんの言葉に目が点になる。武器って。どう見ても綺麗な刺繍がしてあるだけのリボンにしか見えないけど。ま、森の精霊王様の加護が宿っているから普通のリボンでないことは確かだけど。え、武器って。鞭みたいに振り回せばいいのか?
「恐らく夕理さんが考えていることは違うよ」
「ですよね! それで武器って? 具体的にこれはどう使えばよろしいのでしょう?」
「そのリボンに魔力を通してみて」
明陽さんに言われたとおりに、リボンを握って魔力を通す。すぐにリボンが輝き、蔦のような装飾が美しい黄金の槍に姿を変えた。とっても綺麗。でも、私槍の扱いとか分からないぞ。お兄ちゃんなら得意だろうが。敵をこれで刺せば良いのか?
明陽さんは興味深そうに槍を上から下まで眺める。そして何事か納得したように頷いた。何か分かったのか。
「なるほど。この槍は投げるだけで、自動的に槍の所有者の敵を殲滅する能力があるようだ。だから持ち主に戦闘力がなくても、槍が勝手に守ってくれるんだね。便利だな」
森の精霊王様ったら分かっている! いくら神様とはいえ、平和な日本で育った身としては上手く敵と戦えるか分からないからね。自衛の手段は多いほうが良い。皆の足は引っ張りたくないからな。
「良いものを貰ったね」
「はい。後で改めて精霊王様にお礼を申し上げなくては」
森の館に帰るとお父さんが出迎えてくれた。なんだか明陽さんに向かって、一瞬刺々しい目線が向いた気がするけど気のせいかな。
「お父様。先ほどこのリボンをお礼の品として森の精霊王様に頂きましたの。どうせなら身につけたいと思いまして。このリボンを使って髪を結ってくださいませ」
「これは、随分と強力な精霊の加護が着いている。まぁ、夕理さんの献身を考えれば当然か」
言うて私は大したことしてないと思うんだけどな。貰えるものは貰っておく主義だから、お礼を言って受けとるけど。
あと、お父さんも見ただけでこのリボンが普通じゃないって分かるんだな。
「こっちにおいで。可愛いくしようね」
お父さんは私の手からそっとリボンを取ると、手近な椅子に案内してくれた。
お父さんはヘアアレンジが得意だから、安心して任せられる。どんな髪型にしてくれるかな。
お父さんは慣れた手つきでリボンも一緒に編み込んで、一本の三つ編みにしていく。なるほど、そうキタか。あっという間に綺麗な三つ編みが完成する。
「はい、出来たよ。俺のお姫様」
「ありがとうございます、お父様」
鏡を見て、その可愛いさに満足感に浸る。
「リュイは結構その髪型女の子にさせるの好きだよね。昔は柚月さんの髪も同じように三つ編みにしてたよね」
「え、そうなんですか?」
実はお母さんとお揃いだったのか。今度お揃いで三つ編みにして一緒にお出かけとかしたいな。
「え、普通に可愛いくないかな? ダメだった」
お父さんが目に見えて焦った顔をするから、そんなことないよと首を振っておいた。
可愛い髪型にしてもらったら、他の人にも是非見てほしい。館の中を歩いていると、思ったとおり、書斎スペースで本を読んでいるお兄ちゃんと花楓くんを見つけた。
「お兄様、花楓様! 見てください。お父様に結って頂いた髪、可愛いでしょう?」
「お帰り、夕理さん。もう戻ってたんだね」
飛びつく勢いでお兄ちゃんに抱きつけば、危なげなく受け止めてくれた。花楓くんも側に来て、私の三つ編みをそっと手に乗せる。
「へぇ、綺麗なもんだな。さすが〰️。不器用な薺とは大違い」
「そりゃ父さんは何でも出来るからね。いつもの髪型も良いけど、三つ編みも雰囲気が変わって可愛いね。本当によく似合ってるよ」
お兄ちゃんがボンボン頭を撫でてくれる。褒められて嬉しい。
「菖蒲様や白木様にも見せに行きたいです」
「羽月たちなら2階のサンルームでお茶会しているはずだぞ。行ってみたら? 俺らもさっきお菓子のお裾分けしてもらったから、余っていたら夕理ちゃんも貰えると思うよ」
お茶会って優雅な響きだな。いや、私もさっき森の精霊王様のところでして来たけど、茶会のルールを私が知らないからただのおやつタイムになっていた気がする。
花楓くんに教えてもらったサンルームに向かう。そこでは、なんとも高貴なお茶会が展開されていた。映画みたい。
「あら、帰ってきていたのね。お帰りなさい」
「佐藤さんもこちらにどうぞ。菖蒲様と一緒にバナナのクリームブッセを作ったのだけど、結構上手に出来たから食べてみて」
「ありがとうございます。頂きますわ」
私とは作るお菓子のレベルが違う。クリームブッセって家で作れるお菓子だったのね。
「あら、髪型変えたのね。とっても似合っているわ」
「ホント、編み込んだリボンの緑が黒髪の良いアクセントになって。って、あれ? このリボン……」
「たっだいまー! 妖精たちに美味しい果物もらったから、これも一緒に食べようぜ! あれ、お姫様もここにいたんすね」
森で自由に遊んでいた金烏さんも帰ってきた。なんだか久しぶりに会う気がする。私に笑いかけてきた金烏さんが、私の髪を見て目を見開いた。
「お姫様、そのリボンは……?」
「森の精霊王様にお礼の品として頂きましたの」
「俺以外の武器を持たれるとは浮気ですかい? まぁ、いいですよ。どちらがよりお姫様のお役に立てるか証明すればいいだけですから。……おい、新入り。表に出ろ」
金烏さんの目が完全に据わっていらっしゃる! そんな低い声初めて聞いたよ!! どうやら、金烏さんの武器としてのプライドを傷つけたようだ。
「お、落ち着いてください!」
私は慌てて止めるが。売られた喧嘩は買う主義なのか、リボンの方も独りでにほどけると、槍の姿に変わった。金烏さんも剣の姿に戻る。そのまま二人して外へと飛び出していった。
いや、待てい!!!




