風に遊ぶ、森の妖精の歌声
辺りを見渡しても、木、木、木、大岩、木、木、川とどこをどう見ても由緒正しき森である。
陽の光に透けて、木々の葉が綺麗な翡翠色の輝いている。空気が恐ろしく清浄で、立っているだけでも自然と魔力が満たされていく。神域に近い、神聖な森なのだろう。おそらく、ただ人では近づけない場所のはずだ。
いつもなら、私たちを守ってくれる優しさが嬉しいはずなのに、今は苛立ちが勝る。
「ここは、森の精霊王が支配する聖域です。愛良様が囚われている研究施設からは大陸の位置的にほぼ正反対といって場所ですね。この空間内では常に気候が春であり、様々な花々や豊かな実を鈴なりにならした果樹があり、妖精たちが仲良く暮らしています。空間内には純粋な魔力で満たされており、その魔力圧の強さから、人が入ればすぐに魔力に耐えきれなくて死んでしまう森になっています」
白木さんの説明は、概ね私の予想通りだった。花楓君がどうりで、と呟きながら視線を森に走らせる。
「とりあえず、愛良って神様にはフラれてしまったわけだし、羽月の身が心配だからそっちを探して落ち合うか」
「そうだな。でも一体どこにいるんだか……。スマホでメッセージを送っても一向に既読が付かないし……」
「聖域を抜けますと、人の子が作った街道が通る平原に出ます。その街道を真っ直ぐ進むと大きな街に出ますから、まずはそこで情報収集をしてみてもいいですね」
何もかも手探りだ。そもそも私たちはこの惑星についての知識が明るくない。衝動的に飛び出して来てしまったが無謀だったのだろうか。やはり、ここは一度地球に帰って戦力を整えるべき? 菖蒲さんのお兄さんである壱春さんがまだ日本に居てくれているのなら、訳を話して助力を請うのもアリか。彼だって、大事な妹が危ない目に合っているかもしれないのに、何もしないではいられないだろう。
チクン、と心臓が痛んだ。どうしてか心に天使様の顔が思い浮かぶ。お兄ちゃんたちには絶対に言えないけど、本当は天使様のことも気になっている。
でも、天使様はお兄ちゃんを傷つけた鴻池さんの部下だ。だから、どんなに仲良くしたいと思ってもこの先敵として相対するのは避けられない予感がある。そのことは別にいい。散々敵だと天使様に言われても、手を伸ばし続けたのは私なのだから。
だから、天使様との戦いは出来れば私だけで決着をつけたい。それが、●●の神である私の役目だ。
シリアスな空気に浸っていたのに、盛大にぐーっというお腹の音が轟いて一気に暗い感情がどこかへ飛ぶ。音の主である花楓君は顔を真っ赤にしつつお腹を押さえている。
「やべぇ、マジで腹が減った……」
「よく考えたら夕飯の時間とっくに過ぎているもんね。ここは果物が豊富に取れる場所ではあるみたいだし、ちょっと分けてもらおうかな」
お兄ちゃんの目線の先には、真っ赤に熟れた林檎の木がある。季節感が違う気がするけど、森の精霊王様の聖域なら有り得るのかも。
そこで、何処からか楽しそうな澄んだ歌声が聞こえて来た。
「ねぇ、なにか聞こえない?」
「誰か居るのならそちらに行ってみるか。聖域の果物だし、無許可はやっぱり気が引ける……」
花楓君の言葉に頷き、私は歌声が聞こえる方に足を向けた。茂みを抜けると、そこには一面花畑が広がっている。ピンクと黄色の花の絨毯だ……。
その上を、透き通った蝶の羽を背中に生やし、花のドレスをまとった妖精が飛び回っていた。人間の手ほどの大きさしかない。うわー、本物の妖精さんだ! とっても可愛い!
花畑を飛び交う妖精の可憐なダンスと歌声に見惚れていると、向こうがこちらに気が付いた。
妖精さん達が一斉にこちらを振り向いて、ちょっと心臓が跳ねる。
「んー、なにか神様みたいな気配がするねー」
「お客さんー、珍しいね? 王様のところ連れて行くー?」
「でも、王様今具合悪いからねー。そっとしておこう。私たちでも頑張ってお持て成ししようよ!」
「そうだねー。エルフの民にも手伝ってもらおうー」
飛び回っていた妖精さんの一人が、こちらにニコニコ笑い掛けながら飛んできた。敵意がないことに一先ずホッとする。
森の妖精らしい、緑の髪にパッチリとした大きな水色の瞳。百合の花を使ったドレスを着ている。その顔はこちらがちょっと怯むくらいに愛らしい。
「初めまして。外の国の神とお見受けいたしますわ。私はこの森を総べる精霊王の娘・フィオと申します。どうぞお見知りおきを」
気品あふれる言葉遣いと振る舞い。森の精霊王の娘だと言われて納得感しかない。挨拶を受けて、お兄ちゃんが代表して口を開いた。
「ご丁寧にありがとうございます。俺は佐藤薺。地球というこことは異なる惑星からきた、闇の神の息子です。こっちは俺の妹で夕理。このオレンジの瞳のアホそうな男が星宮花楓です。どうか勝手に聖域に入り込んだ無礼をお許しください」
「アホそうは一言余計だ」
「とんでもございませんわ。久しぶりの客人なんて嬉しい事ですもの」
フィオ様の後ろに控えている妖精たちも口々に頷く。有難い。まぁ、過保護な所がある愛良さんが私たちを危険がある場所に飛ばしたりなんかしないか。
「そちらのお嬢様からは、人が作りし生き物の香りがいたしますね」
「ご慧眼、御見それいたしました。確かに私は理から外れて生まれた、機械仕掛けの神でございます。名をマナと申します。私の存在はご不快でしょうが、短い間ですのでどうかご容赦ください」
「ごめんなさい。貴方の出自を責める意図はなかったのです。ここは寛大なる森の王の聖域。王に認められた者しか入ることは叶いません。王の招いた客なのだとしたら、全力でお持て成しをしなければ」
フィオ様のお持て成し、という言葉にまたもや花楓君のお腹が盛大に鳴る。その様にフィオ様はクスクスと微笑ましそうに笑った。
鈴を転がしたような笑い声って、こういう声を言うのかもしれない。
「カエデはお腹が空いていらっしゃるのね。男の子だもの、それは一杯食べないといけないわね。すぐに食事を用意しますから是非食べていらして?」
「本当ですか! ありがとうございます! わーい、森のごはんー」
花楓君は嬉しそうにその場をクルクル回った。その隣で「アホ……」と呟いてお兄ちゃんが額を手で押さえる。
だが、私も正直お腹がペコペコだったのでその申し出は有難い。レディとして意地でも腹の音は鳴らさないようにしていたが、そろそろ限界だったのだ。森のごはん、楽しみだなー。
私たちは花畑の奥の、後ろに鬱蒼とした森が広がる草原に案内された。大きな木の切り株をテーブルにして、キノコの椅子が設置されたなんとも可愛らしい場所だ。テーブルの上には既に人数分の食事が載ったプレートが温かそうな湯気を立てて置いてあった。真ん中には、この森で採れたのであろう、果物の盛り合わせも載っている。
メインは牛肉のステーキのようで、玉ねぎのソースがかかっている。添えられているのはベビーリーフのサラダ。主食はパセリとコーンの混ぜご飯だ。ここにはお米が有るんだ。さらに紙に包まれた料理を開いてみると、鮭とトマトの蒸し焼きが美味しそうな香りを漂わせている。じゅわっと、口内に唾液が貯まる。お、美味しそう。これ全部食べていいの?
私の期待に応えるようにフィオ様が微笑んだ。「さぁ、どうぞめし……」あがれと続くはずだった言葉は凛とした声にさえぎられる。
「先ほどから森の木々が落ち着かないのだが、なにか変わったことでも……」
ピンッと尖った耳。太陽の光に輝く金髪。非常に美しい容姿は映画で見たエルフそのもの。感動で目をキラキラさせていると、エルフ(仮)さんがバッとこちらに向かって矢をつがえた。
「何故ここに人が入ってきているんだ!!」
神と人のハーフなので人間でもある。でも、まさか人というだけでこんな憎悪がこもった目で見られるなんて。
うわ、これ完全に侵入者だと思われていますね!




