幸運の四葉のクローバー
マッシュポテトを添えた、生クリームとラズベリーを使ったソースがクリーミーなミートボールにロールパン。デザートはブルーベリーがたっぷり入った濃厚なプリン。
ユグドラシルの伝統料理なのだと言う父親お手製の朝食を食べる。
煮物なんかの和食は俺の方が得意なんだけど、いざ、父親のを食べてみるとやっぱり料理の腕はまだまだ敵わないな。食べ終わった食器を流しに運んで、歯磨きをするために洗面所に向かう。歯を磨き、すっきりしたところで部屋に戻って鞄を手に取り、大分夏めいたギラギラした日差しを投げ寄越す外に出る。
嘘だろ。まだ5月だぞ。今、これなら夏本番はどうなるんだ。なんて、密かに戦々恐々としながら、いつものようにお弁当を受け取るために、あーちゃんと待ち合わせしている公園に向かう。
「おはよう、薺さん」
今日も俺の恋人は世界で一番美しいな。朝一番に俺に会えて嬉しそうに笑う顔が見られるのなら、俺は生きていて良かったと思う。
「おはよう。いつもありがとうね」
「ううん、薺さんが僕の作ったお弁当を食べてくれるのが嬉しいから。今日は球技大会だって言ってたから、いつもよりおかず多めに詰めておいたから」
「やった‼ 助かる。俺、バスケ選んだから体力使うと思うんだー」
お昼の時間が楽しみだな、とニマニマしながら丁寧にお弁当をしまう。
「メインはチキン南蛮だよ。それから、これ」
ぎゅっと手に何かを握りこまされた。開いて見てみれば、本物の四葉のクローバーが透明なケースに入れられているキーホルダーだった。
「薺さんのチームが優勝できるように。あと、これから体育祭や受験も控えてるんだから、それ全部に薺さんが勝てるように祈りを込めておいたから」
「ありがとう。大事にする」
正直、受験は俺の成績で落ちることはないと思うし、それ以上にただの学校行事の勝敗にも興味はない。ない、が折角恋人がわざわざ四葉のクローバーを探して大変有難いお守りを作ってくれたんだ。俄然競技に対するやる気が出て来た。
「あーちゃんの為にも、優勝できるよう頑張るね」
周囲に人がいないのをさっと確かめて、彼の頬に手をあて軽く柔らかい唇にキスをする。
「な、薺さん!?」
思えば、自分から彼の口にキスをしたのは初めてかもしれないな。自分から俺にする時は余裕たっぷりなのに、今は面白いくらいにあーちゃんの顔が赤くなっている。
「もう、朝からそんな可愛いことしないでよ! 学校に行かせたくなくなる」
「ごめんね。俺は優等生で通っているからサボリはしない主義なんだ」
ケラケラ笑って俺より少し高い位置にある金糸の髪を撫でる。毎日牛乳飲んでいるのに、何故俺の身長は伸びないのだろうか。あーちゃんの身長を抜かしてやりたいのに。
「でもさ、今日は生徒会もないから。早く帰れるよ」
あーちゃんは不満げに軽く頬を膨らませている。その頬を軽く人差し指で突きながら囁く。
「良ければ、俺の部屋で待っていて」
「……なんか、本当に柚月さんにソックリですよね」
そりゃ、親子ですからね。
「おはよう」
教室に入って、見知った顔に軽快に挨拶をしながら自分の席に座る。黒板には、体育委員であろう生徒が書いたタイムスケジュールがあった。1回戦からバスケ部が多いクラスかよ。ま、初っ端から運動部の精鋭が揃う化け物クラスと当たらないだけ良かったか。
「おはよう、薺。今日頑張ろうな!」
俺と同じバスケを選択している花楓が拳を突き出してきたので、笑って軽く拳を合わせる。
「私は卓球だから、スケジュール的に午後の決勝なら見に行けるわね。ちゃんと勝ちなさいよ」
髪を活動的なポニーテールにした菖蒲ちゃんが話しかけて来る。
「分かってるって」
「優勝したら我らが担任がケーキ屋のシュークリーム奢ってくれるしな。そりゃ、人の金で美味い物食いたい薺は頑張るよな」
花楓が笑いながらからかってくるが、焼き肉とは違い甘い物には興味ない。愛良がそわそわし出したから、シュークリームを手に入れたら食べさせてあげよう。
あれ、そういえば髪留めがいつもの白い花ではなく今日は水色の魚の飾りがついたヘアゴムで結んでいる。俺の目線を正確に読んで、菖蒲ちゃんが苦笑する。
「あー、これ? 兄さんからのフィレンツェ土産の一つよ。可愛いでしょ?」
「うん、似合っている」
なんとなく、彼女のもう1つの姿を思い出させるな。
「てか、星宮君も珍しくカバンに天使のカメオブローチを付けていたわよね? なーに、ついに貴方にも彼女が出来たの?」
「はぁ? そうだったらどんなに良かったか!……羽月のお兄さんと一緒で姉貴がフランスから送って来た土産だよ」
帰って来たって話も聞かないから、花楓のお姉さんは未だに世界一周恋人探しの旅を続けているようだ。
「へー、お姉様からのお土産律儀に使っているのね」
ニヤニヤと新たなオモチャを見つけたかのような笑顔を浮かべる菖蒲ちゃんに、花楓が盛大に顔を顰める。
「羽月が思ってるよーな理由じゃねーよ! 使わなかったら姉貴がどんな報復をしてくるか分かったもんじゃねーからな」
星宮は基本的に女性上位な家だからな。考えるのも嫌だとばかりに体を震わせる花楓に、菖蒲ちゃんは一転して同情した目を向けた。
「ま、姉と弟の関係なんてそんなものじゃない?」
「俺も薺のところの夕理ちゃんみたいな可愛い妹が欲しかった」
「夕理さんも俺への扱いは雑だよ? 花楓と変わらないって」
そこで始業のチャイムが鳴ったので、そこで話は終わりになった。
「佐藤、頼む‼」
味方からのボールのパスを受け取り、お望みどおりシュートを打ってやる。人間以外の血が混じり、恵まれた運動神経を持っている身としては、スリーポイントシュートを決めるのだって別に難しくはない。
よし、試合に負けない程度に点差は付けたから、あとは適当に味方にパスを回していればいいか。
元々身体を動かすのは好きな花楓が張り切っているので、ゲームを任せる。そうしていれば、試合終了のブザーが鳴った。
うちのクラスは順調に勝ち上がり、残りは午後の決勝を残すだけになった。
「あー、やっとお昼だー!」
「お前、さっきの試合後半昼飯のことしか考えてなかっただろう」
お互いの健闘を称えあい、握手をしたあと、実行委員のお昼休憩に入るという有難い言葉にしたがって、俺は汗をタオルで拭きながらさっさと教室に向かった。手を洗ってドキドキしながらお弁当を取り出す。
「今日のお弁当の手間のかけ方すごいな。そりゃ、薺が弁当にしか興味向かなくなるか」
呆れと感心を器用に表情にのせながら、花楓が前の椅子にドカッと座る。
「本当にね。……いただきます」
お弁当はいつも通り2段で下にご飯、上におかずがたっぷり詰まっていた。しかし、いつもより品数が断然多い。
メインは朝聞いたとおりチキン南蛮だが、その他にもきんぴらごぼうやポテトサラダ、ネギ入りの卵焼きと野菜のかき揚げ、サバの塩焼きに煮物、牛肉のしぐれ煮などが彩りよく入っている。
お弁当を食べていると、体育委員の沢村さんが午前中の球技の結果を黒板に書いていった。ソフトボールやサッカー、卓球はすでに敗退していて残るは男女のバスケットボールだけだ。
教室にいるクラスメイトの目線が俺たちにも向かい、気まずくてごほん、と咳払いをする。花楓は納得したように呟いた。
「ま、女子バスケには鴻池がいるからな。そりゃ、決勝に進むよな」
「でも、次の相手はバスケ部が多い優勝候補のクラスだからキツいだろうね」
「うわー、悔しい‼ あと1点だったんだよ!」
バスケの試合は先に女子から始まった。応援席で友人達と試合の応援をしていたが、結果は惜しくも負けてしまった。鴻池さんは悔しそうに天井に向かって叫んだ。菖蒲ちゃんが「お疲れ様」と声をかけて、スポーツドリンクを差し出す。
「ありがとう。佐藤と星宮は次の試合出るよね? ボクの屍を越えて行け」
「試合に勝てってことか?」
不思議そうな花楓の質問に、鴻池さんが大きく首を縦に振る。沢村さんも花楓の肩にポンッと手を置いた。
「それなー。実際問題花楓君達が勝たないとシュークリームが手に入らないし!」
沢村さんの一言でまたもや皆の目線がこちらを向く。皆そんなにシュークリーム欲しいの? ま、あーちゃんにも応援されたし頑張るけどさ。菖蒲ちゃんが俺のジャージの裾をぐいぐい引っ張ってきたので、そちらを向く。
「薺、私もシュークリームが食べたいわ」
「男子バスケ、試合開始します! 選手の方はこちらに集まってください」
実行委員の言葉を聞いて上に着ていたジャージを脱ぎ、「試合終わるまで持っていて」と、菖蒲ちゃんに投げ寄越す。
「まかせろ」
さーて、たまには良いところを見せないとね。
シュートを打とうとする敵の手からボールを奪い、そのままドリブルで相手を抜いてボールを投げる。予想通りの放物線を描いてボールがゴールに吸い込まれていく。
「さっすがー」
すれ違い様にチームメイトとハイタッチをする。彼はそのまま、ボールの奪いあいに混じりに行った。多数の視線が刺さる。やっぱりマークされているな。ゴールに弾かれバウンドしてきたボールが偶然こっちに来たので、キャッチしてそのまま自分のゴールにロングシュートを決める。
はぁ、あっつい! 流れ落ちる汗が不快だ。体操服で汗を拭う。ちらりとタイマーを見る。あと、少しか。回ってきたパスをこっちに投げろと全身でアピールしてくる花楓にボールを回す。
難なくキャッチして相手選手を強引に抜き去ると、ゴール下まで来てダンクシュートをした。ひゃー、やっるー! 思わず口笛を吹いてしまう。女子からの黄色い声援の声が一段と大きくなった。また、花楓のファンが増えそうだな。
コート内を走り回り、割りと本気で取り組んだ試合は我がクラスの優勝という形で幕を閉じた。···呼吸が荒い。ヤバい、ちょっとハリキリ過ぎた。
「お疲れ様。よく頑張ったわね」
菖蒲ちゃんに差し出された俺のジャージと、よく冷えたスポーツドリンクのペットボトルをお礼を言って受けとる。
「ボクも佐藤の腕を食べればもっとバスケ上手になるかな」
鴻池さんはなんで事あるごとに俺を食べようとするの?
クラスメイトに口々に労われてなんだかくすぐったい気分になりながら、高校最後の球技大会は終わった。
学校からの帰り道、無事に駅前のケーキ屋名物の巨大シュークリームを手に入れた俺は、少し考えて自分の神域の中に入った。早く帰らないとあーちゃんが来るから手短に済ませてしまおう。木の椅子に腰かけると、俺の中の神様に出てくるように呼びかける。
テーブルを挟んで目の前に触手の集合体のような見た目をした愛良が現れる。緑の瞳は心なしかキラキラと輝きながら、テーブルの上の今日の戦利品であるシュークリームを見ている。
「俺は甘い物苦手だから愛良にあげるよ」
「いいのか?」
「うん。夕理さんに見つかったら面倒だから、ここで食べてね」
「なら、シュークリームは夕理にあげてくれ。俺はいらない」
そう言うと思った。愛良も大概夕理さんに甘いよな。
「妹には父さんが用意したおやつがあるから、大丈夫だよ」
朝、イチゴをたっぷり飾ったアイスケーキを作って冷凍庫に入れていたからな。食べ過ぎになってしまう。それにもし妹に万が一バレても、愛良にあげたと言えば文句も出ないだろう。
「だから二人だけの秘密、ね?」
此方になつくように伸ばされた触手の1本を手に取り、軽く撫でながら提案する。
愛良は何か言いたげだったが、思考を切り替えるように1度目を閉じると、シュークリームに触手を伸ばした。
「あは、おっきい……♡」
語尾にハートマークでも着いてそうな甘ったるい声での呟き。ゾクゾクっとした何かが背中を駆け抜けた。なんとなくこうなる予感はしていたから、やはり家で愛良と代わらなくて正解だったなと思う。
小心な人なら遭遇するだけで気絶しそうな見た目の神様がシュークリーム食べているだけなのに、どうしてこうもドキドキさせられるのだろう。やっぱり、声か。声に色気が溢れているからか!?
「なんか今は目の前に愛良がいるの変な感じだけど、時期にこれが普通になるんだよな」
思考が変な方向に行きそうだったから、軌道修正のために話題をふってみる。夕理さんが完全に剣の力を掌握してしまえば、二心同体の状態は終わりを告げる。それは遠くない未来の話だ。喜ばしいことなのに、生まれた時から一緒の相手と離れるのは寂しい。まったく、親離れ出来ないガキかよ。
残りのシュークリームを全て口に納めた愛良が、俺の頭に恐る恐るという感じで触手を伸ばすと、そっと頭を撫でてきた。
「俺は君が許してくれるなら、君から完全に分離してからも、その、仲良くしたいと思ってるぞ」
「馬鹿だな。そんなの当たり前じゃん」
無意識に愛良の方へ身を乗りだそうとしたところで、強引に肩を掴まれ後ろに下がらされる。
「はいはい、仲良しなのは知っているけど恋人である僕を差し置いてイチャつかないでくれる!」
心地良い二本の腕に後ろからぎゅっと抱きしめられる。顔を上げれば、あーちゃんがちょっと怒ったような顔で愛良を見ていた。
「すまなかった。君に不快な思いをさせるつもりはなかったんだ」
「あーちゃん、別に愛良とはそういうのじゃないから」
愛しているのはあーちゃんだけだ、という気持ちを込めて頬にキスをする。あーちゃんは俺の肩口にぐりぐりと頭を押し付けてきた。可愛い。頭を撫でてあげれば、さらに強い力ですがり付かれた。離れる気は毛頭ないのだが。
「部屋に帰らないの? この間のゲームの続きしようよ」
「分かったよ。あれ気に入ったんだね」
するり、と愛良が俺の中に戻っていく。この感覚とも、もう少しでお別れか。
その時まで、俺はこのまま何のトラブルも起きずに無事に愛良の封印を解けると、無邪気にそれが当たり前のように信じていた。
まさか、この1ヶ月後に菖蒲ちゃんの出身地である惑星までも巻き込んだ大事件におそわれるなんて、想像すらしていなかったのだ。
これにて、第4章は終わりです。次回からは夕理さん視点でおくる第5章が始まりますので、よろしくお願いいたします。夕理さんが、天使様の生まれた惑星に聖剣持って殴り込みに行く話です。(多分)




