第四十話 遂に開業
高く澄み渡った秋晴れのこの日、ノルドホーンの麓イペル村は、早朝から大勢の住人や工事関係の人々が中央広場に詰めかけ、祝賀ムード一色に包まれていた。
ここ半年で、我が侯国が注ぎ込んだ莫大な資金により、イペル村は大きく様変わりしていた。
のどかな田舎の畦道は、目抜通りとして大幅に拡張のうえ石畳で舗装され、藁葺きの小屋は、石と煉瓦で作られた堅牢な建物へ建て替えられていた。
もはや村というレベルを軽く越えて、郡都ブルージュどころか、侯都バーゼルに迫ろうかという立派な街並みになっていた。
僕は中央広場に面したノルドホーン開発本部庁舎三階の窓から、眼下を埋め尽くす人々を見下ろしていた。
この街の開発に深く関わった者として、感慨が胸に迫るものがあった。
「いよいよ、この日を迎えましたな、我が君。」
見た目は地味だが、このど派手な国家的開発事業を引っ張ってきたティルトもまた、込み上げる想いに目元を怪しくしていた。
その傍らに立つ美人のマリーネさんは、そんなティルトを暖かく見つめている。
━━━ん!?……何故か感じる。
自分の存在のお邪魔感?
ま、気のせいだろう。
え?気のせいだよね……?
さて、本日の祝典に合わせて、我が侯国は各地から招待客を呼んでいた。
主賓は、ドワーフ王国国王ヴィンダーグ。
次席は、我が侯国が所属するフラヴィア王国から、王弟エトーリア大公ヘンリエ=ベルクブルク。
勇者パーティーの仲間として、フラヴィア王国宮廷魔術団団長のエリウル。
最後に、先頃修好条約を結んでから、我が侯国を頻繁に訪れるようになった成龍エスタレイウス。
本当は、勇者パーティーの一員だった王都の大神官ルナ=ネーヴィルも呼んだのだが、都合により、と、丁重な断りの返事が来てしまった……。
彼等国賓待遇への接待は、最近僕が密かに名付けた『そつなしコンビ』の、エルリックとルイーザに命じていた。
彼等なら、その名に違わずそつなく接待をこなしてくれるだろう。
「我が君、そろそろ宜しいでしょうか?」
地味なティルトが地味に聞いてくる。
マリーネさんを見ると、嬉しそうに頷き返してくれた。
よかろう、と、僕は鷹揚に応える。
中央広場の周辺の建物から、上空に次々と花火が打ち上げられる。
乾いた破裂音が響き渡り、人々の歓声が地鳴りのように沸き上がる。
鼓笛隊のファンファーレを合図に、各所から一斉に鳩が解き放たれた。
目に染み渡る青空に、白く輝く鳩が群れをなして舞い上がる。
僕の目の前のバルコニーへの扉が開け放たれ、その瞬間、広場の歓声が直接雪崩れ込んできた。
その圧倒的な波動を心地よく感じながら、僕はバルコニーを進み出て、大群衆の前にその身を直接さらした。
「親愛なる我が侯国の民よ!
我こそが、この侯国を統べる侯爵、ユーキ=ローデンシウスである!」
人々の爆発的な歓呼をその身に浴びる。
「クレーヴィアの民よ!長く続いた冬の時代は、今この瞬間に終わった!
これからは、成長と繁栄の時代がやってくるのだ!」
僕は、このノルドホーン一帯だけの話をしているのではない。
魔鉱石採掘事業も、間もなく最初の産出が始まろうとしていた。
この地を皮切りに、クレーヴィア全土が豊かになり始めるのだ。
「生きるための戦いは、もはや過去のものとなった!
なぜなら、そなた達の身の安全は、召喚勇者たる我と、我が侯国が必ず約束するからだ。
これからは、より豊かに生きるための創意と工夫の時代となるだろう!」
ここで僕は、一旦言葉を切り、人々に静寂を促す。
大群衆が、誰かの咳払いが聞こえるほどの静けさに包まれる。
「クレーヴィアの民よ!
私は、この侯国の民である汝らを慈しむ!
民であれば、新しいか、古いか、男か、女か、そして人か、亜人かなど一切問わない!
その事は、わが友人であるエルフのフィリオーネの名に懸けて誓うものである!」
それが、僕のやり方だ。そしてこの侯国の国是だ。
この地に生きる全ての者は、それを知らなければならない。
「だからクレーヴィアの民よ!
汝らも、共にこの地に住む隣人を愛し、慈しめ!
そして、我と共に、この地に王道楽土を築こうではないか!」
人々から、どよめきとも唸りとも取れるものが沸き上がり、それはやがて、明確な歓声となって爆発する。
僕の言っている意味を本当に理解している人々がどれだけ居るのかは分からない。
ただ、この瞬間に、僕はこの世界に正式に宣戦布告をしたのだ。
真の意味での『万民平等』を実現する、と。
「我は、ローデンシウス侯爵として、ここに宣言する!
本日より、ここイペル村は、『フルーネン(泉の涌く地)』と新たに名付けることとする!
そして、今こそ、既にこのフルーネン郊外で、カジノや温泉を心待ちにする人々を共に迎えれようぞ!
ノルドホーン特別景観区域は、これより開業とする!!」
再びファンファーレと花火の音が鳴り響いた。群衆は兵士達の誘導により、目抜通りの左右に並び直す。
その整理が一通り済むと、フルーネンの城壁の門が開け放たれた。
━━━パレードの幕開けだ。
我が侯国の兵士の入城から始まり、まずは長い斧槍を携えたきらびやかなドワーフ兵と共に国王ヴィンダーグが入ってくる。
その一糸乱れぬ行進を、群衆が歓呼で向かえた。
続いて、騎兵に前後を守られたエトーリア大公ベルクブルクが、自身も甲冑を纏った騎乗の姿で現れた。
その黄金色に輝く甲冑は、まるで騎士物語の主人公のような華やかさを大公に添えていた。
その後は、我が侯国の兵士の先導で、僕の友人でもある宮廷魔術団団長エリウルの入城だ。
彼はその役職よりも、魔王を倒した勇者パーティーの一員として名高い。
吟遊詩人達によって唄われる数々のサーガは、この中年の叔父さんにも華々しい見せ場を用意していた。
恐らく、その二割増しにはなっている活躍のエピソードにより、やはり群衆から盛大な歓声や、惜しみ無い拍手が送られていた。
だが、今回の目玉は、一番最後に現れた。
巨大な体躯の飛竜に跨がった人形のエスタレイウスが登場した時、観衆の興奮は頂点に達した。
それはそうだ、生きた竜を間近で見る機会など、死を覚悟しない限り普通はあり得ない。
そして騎乗するのは、身長2メートルは有ろうかという筋骨逞しい長身の美丈夫だ。
おまけに、時折空に向かってドラゴンブレスの無駄撃ちをさせていた。
正直に言って、エスタレイウスに全て持っていかれた感が……。
もうやだ、このイケメン。
パレード終了後は、警備の関係上国賓にはそのまま宿泊地である白亜宮に向かって貰ったが、その他一般客達には、彼等に向けて中央広場で各種セレモニーが行われた。
こうして、興奮と感動に彩られた開業式典は、滞りなく無事に執り行われた。
次回掲載は、3/13 0時を予定しております。
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