第二十九話 反撃
※2023/10/8 誤字報告有難う御座いました!
一部訂正いたしました。
火の古代龍討伐を目指す僕らの前に、思わぬ強敵が立ち塞がった。
成龍エスタレイウス。
彼が空中に描き出した六つの魔法陣が一際強く輝くと、それぞれの中心から産み出された太い光の柱が、僕ら五人に襲い掛かってきた。
光の柱が生み出す膨大な熱量で、僕らの周辺の大地が融解し始める。
通常の成龍では絶対に作り出し得ないその熱量と威力は、或いは魔王に匹敵するかもしれない。
今まで、味わったことの無い力の奔流に、無意識に戦慄が走る。
だが、勇者としての矜持が、最後のところでぼくを鼓舞し、その場に踏みとどまらせた。
「シオン、君のシールドが破られそうだっ!内側に追加でもう一枚張り直せっ!」
「了解っ!もう泣きそうだよぅっ!」
「ソフィア、ラミィ!シールド内に絶対零度の壁を作れ!僕らを中心に、真円に築くんだ!」
「分かった!」「承りましたわ」
その光の照射は、傍から見れば精々十数秒位なものだったのだろう。
しかし、体感的には何十分にも感じる。
生きながらにして、灼熱の業火に包まれる恐怖。果たしてシールドが耐えきれるのだろうか……。
上空の高みから、エスタレイウスは地上の有り様を睥睨する。
大地は着弾点を中心に円形状に融解し、マグマとなって赤い焔をちらつかせていた。
その中心は膨大な量の水蒸気を上げ、その白煙に包まれて状況を確認することは出来ない。
『万が一にも生き延びたとは思えんが、火竜王陛下に報告する以上、せめて水蒸気が晴れるまでは確認せねばな。』
抜かりなく、強力な対魔法シールドを張りながら、再びホバリングにより空中に待機するエスタレイウス。
ふと、その視線の先の白煙の一点が、キラリと瞬いた様に見えた。
何か?と目を凝らしたところで、白煙を丸く穿ち、一条の細い光が放たれるのを見た。
━━━キンッツツ!!
硬い金属の弾かれる様な音が響き、エスタレイウスは自分の対魔法シールドがあっさりと切り裂かれた事を悟る。
その光は僅かに上下へ動くと、その直線上に有ったエスタレイウスの右の手足を、いとも容易く切り落とした。
『何ぃっ!?』
焼けつく様な鋭い痛みがエスタレイウスを襲い、突然失った片側の手足の重さと激痛でバランスを崩し、不自然な挙動をしながら地面に落下した。
だが、結論から言えば、その予測不能な落下軌道がエスタレイウスの命を救った。
つい先程まで自らの首が有った辺りに、再び細い光線が放たれていたのだ。
ドゴゥッツツ!!
エスタレイウスの巨体が墜落し、地面が抉れて人の身体より大きな岩石の雨が周囲に飛散する。
硬い鱗に鎧われた外皮はさして損傷を受けなかったが、落下の衝撃はエスタレイウスの内蔵へ致命傷に近い傷を与えていた。
「な、な、何なの今の?」
勇者パーティーとして長年一緒に戦い続けたフィリーでさえ、僕の光の一撃に度肝を抜かれた様だ。
それはソフィアもシオンも同じ様で、ラミィに至っては瞳を潤ませ、完全に蕩けた表情を見せていた。
あ、ラミィ君は喋らなくて良いからね!
何言うかだいたい分かるから。
フィリーも最初の衝撃から立ち直ったのか、目を輝かせながら、
「なぁ~に?こんなん使えるなら始めからやってよぉ~」
と、肘でクイクイつついてくる。
「ま、まぁ、何にしろ倒せて良かったよ。
ソフィアとシオンは土魔法で、この周囲一帯の溶岩地帯を何とかして貰って良いかな?
フィリーは、ラミィが正気を取り戻すまで、少し面倒見て上げてね」
暫く後、僕はソフィア達が作ってくれた即席の石橋を使って、エスタレイウスの落下地点まで近付いた。
ゴヴォオッ!
内蔵をやられたエスタレイウスは血の固まりを吐き出し、瀕死の体であった。
虚ろな目でこちらを見ながら、ひたすら荒い呼吸を繰り返していた。
僕は傍らにしゃがみこみ、彼の腹部にそっと手をあてる。
出来る限りの魔力を流し込んで、彼の治癒力が極限まで高まるよう手助けした。
『……何のつもりだ?』
暫くして呼吸が落ち着いてきた。
エスタレイウスが、巨大な眼で僕を見つめてきた。
「ん?上手く言えないんだけど、死にかけてるみたいだから、今ならまだ間に合うかな……って」
『貴様、この期に及んで、我を愚弄する気か?先程まで我を全力で殺そうとしていたではないか?』
「……そうだよね、うん。本気で殺そうとしていた。
でも今は、全力で治したいと思っている。何でだろう?
敢えて言えば、無駄な殺生は極力したくないから、かな?」
『ふざけた奴だ!我が傷が癒えれば、次は貴様を始め、貴様らの仲間を全て殺してやる!』
その言葉を聞いて、僕は一旦治療の手を止め、巨大な成龍の頭に近付き、その瞳を見詰めながら静かに言い放った。
「もし、戦場で再び相見えることが有れば、若しくは貴方が僕の仲間を少しでも傷付けるような事が有れば、次は貴方を容赦しない。
見付け次第、捻り潰します」
辺りに音が消え、そうして暫く僕らは無言で見つめ有った。
そして、何故か成龍が笑った。
『まさか、我が人の如き矮小なる者に恐怖を感じる日が来るとは、な。
いや、失礼した、偉大なる小さき者よ。
我が名はエスタレイウス。火竜王旗下、三高弟が一人なる者。
そなたの御名は?』
「私は、ユーキ=ローデンシウス。
人族の侯爵にして、クレーヴィアの領主です」
『ほう、その名は何処かで……。
そう言えば黒髪黒瞳のその風貌、もしやそなた、勇者ユーキ殿か?』
龍族までもが僕の名を知っているとは意外だった。
確かに、ここ臥龍山脈の龍族のことは知らないが、龍族を使役する魔族だって居たわけだから、魔王や勇者に全く無関心という訳では無いのかも知れない。
そこに、フィリー以下の四人がやって来た。
「ユーキ、何やってんの!?まさか、……治療してんの?」
フィリーが呆れたような声を出す。
一方、魔族三姉妹は特に何のリアクションも無い。
僕は彼女達を振り返り、
「紹介するよ、彼はエスタレイウス。火の古代龍の三高弟の一人だ」
そして、成龍に向き直り、彼女達を一人づつ紹介していく。
彼女達と成龍のぎこちない自己紹介が終わると、少しだけ場が和んだ気がした。
しかし、今回の旅の目的は火の古代龍との国境問題について決着をつけることだ。
ここで僕は考える。
ノルドホーンを出た時は、兵士やドワーフを殺された直後でもあり、火の古代龍の棲み家に潜入して奴を殺す積もりだった。
ただ、火の古代龍の三高弟エスタレイウスの強さが予想以上だったこともあり、更に同じクラスの成龍が他に二頭もいることを考えると、話し合いでケリをつけられるのなら、安全策としてそれに越したことは無いんじゃないか?
しかも、棲み家への奇襲は既に出来なくなっているし……。
━━━僕は火の古代龍と国境問題について話し合いたい。
その旨をエスタレイウスに告げると、
『火竜王陛下がどうお考えになるかは我には分からんが、用件を伝えることはしてみよう。
ただし、その結果まで保証は出来ぬが?』
そう言って、彼は臥龍山に棲む火の古代龍へ伝言を伝えることを引き受けてくれた。
その後、僕ら五人掛かりの治癒によって失った手足も夕方迄には再生したため、エスタレイウスは夕焼けに染まる西の空に翔んでいった。
さて、火の古代龍はどう出てくるだろうか……。
取り敢えず、もう一泊ここで野営しよう。
次回掲載は、3/2 0時を予定しております。
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