ゲームを買いに その⑲
部屋に戻りボロボロになったスーツを脱いで、下着だけになってベッドに横になった。
考えて見れば、ここへ来てからというもの、一人になれる空間を手に入れたのは初めてだった。
寛いだ気分でいたのも束の間、そのせいで自分の置かれた状況を冷静に振り返る羽目になった。
まるでジェットコースターに乗ったような日々に、いつの間にか日付の感覚を失っていたが、私がこの世界に来てから、恐らくすでに半月ほどが過ぎているのではないだろうか。
今頃、家族や会社はどうなっているのだろう。事故や事件に巻き込まれた事を心配する家族の顔が目に浮かぶ。
いつの間にかこの世界に馴染んでしまい、ここを楽しむ余裕すら出て来てしまっている。
本当は殺人事件の捜査などせず、さっさとゲームをクリアしなければならないはずなのだ。
一人暗い部屋にいると、思考はネガティブに向かいがちだ。私は次第に鬱々とした気分になっていった。
唐突に、ここの住人たちの言葉が蘇る。
「楽しめ」
何人もの住人が、私にそう言った。
どっちにしろ逃げ出す事は不可能。ゲームをクリアしなければここからは脱出出来ないのだ。
それならば、ゲームを楽しむべきなのだろう。
私はもう一度覚悟を決め直す。
ふと、煙草を吸いたくなった。
翌日、私は再びスペードを訪ねた。
スペードは前回と同じように、見せかけの愛想を振りまきながら、私を迎えた。
「酷い目に合ったって聞きましたよ」
「ああ、おかげで入院を体験出来たよ。この世界を理解するためにはいい経験だったかな」
「あは。前向きですね」
スペードの笑顔は、あくまで爽やかだ。
トランスが一目置くような人物には、とても見えない。それもこの男の武器なのだろう。
「私を襲ったグループはここの住人じゃないのか」
「さあ、僕は知りませんよ。まあ、知ってても言いませんけどね」
「そうだろうな」
「4Fさん、ウールを探してるって聞きましたよ。先日もそれでここに来たんですね」
「知っているなら話は早いな。あんたはウールと組んでたらしいじゃないか」
スペードは、少し顔を顰めるような表情を作る。
「組んでた、とまでは言えないかなあ。あの人が勝手に近づいて来たんですよ。僕としては、あの人の力は必要なかったんですけどね」
「ウールを引き込むことで、トランスを牽制出来たんじゃないのか」
「どうでしょうね。逆に目を付けられた所もありますよ。僕としては密やかにやりたいと思ってましたからね」
「そもそも、なんでドラッグなんか取り扱おうと思ったんだ。あんたはドラッグになんか興味無さそうに見えるけどな」
スペードは、私の問いに少しの間目を伏せて、沈黙する。
小さく溜息をつき、これまでとは違った表情で話しを始めた。
「あなたはここの住人じゃないから、少し正直に話してしまおうかな。多分、もう知ってると思いますけど、この世界では、僕たちは新参者でした。何かと反発も多かったんですよ。西洋系モンスターを追い出して、この一画を与えられた事もそうですし、何よりテレビゲームって、お年寄りには嫌われてたじゃないですか、最初の頃は。その上、子供以上に大人が熱狂するような扇情的なフィギアなんかもいましたしね」
スペードが私から目を逸らし、中空に視線を漂わせる。
「力が欲しかったんですよ。この世界に根を張るために。ここの住人たちが差別されたり見下されたりしないために」
「なるほどな。あんたにもそれなりの理由があったんだな」
ここの住人たちは、何かをする時、そのほとんどの場合が誰かのためで、この男もやはり例外では無いらしい。
「ここのドラッグは薬局からくすねて来た薬を調合してるんですけど、素材を調達するには魔女さんの力がどうしても必要でした」
「よくあの婆さんが許したな」
「いろいろ約束させられましたよ。体に長く影響を残す物や、暴力的になるような物は作らないとか」
「それでも、魔女には協力する理由は無いだろう」
「そうでもありませんよ。バランスってものがありますからね。秩序とも言えるかな。この世界を成り立たせるためのね」
スペードは、再び少しの間目線を下げて黙り込む。
顔を上げた時には、いつもの爽やかな笑顔に戻っていた。
「あは。しゃべりすぎちゃったかな。でも、本音を話せるってなかなか気持ちが楽になるもんですね」
そう言って笑うスペードの表情に、若者らしい脆さと素直さが覗いていた。
ゲームエリアを出て、三つ指の前を通りかかると、三つ指が嬉しそうに手を振っていた。
「もういいのかい?」
そう言いながら、自分の頭を指差す。
私は、三つ指にちゃんとお礼が言いたくて、一度体のサイズを元に戻した。
「ああ、あんたのおかげで大事にならないで済んだみたいだ。本当にありがとう」
「いいんだ。それより、頭までお揃いだな」
確かに、私の頭にも包帯が巻かれたままだ。
「どんどん似てくるな。そのうち私もあんたの隣に繋がれる事になるかもしれないな」
冗談のつもりだったが、三つ指の表情が一変する。
「馬鹿な事を。あんたは大丈夫。大丈夫じゃなきゃダメだよ」
三つ指の強い口調に、戸惑ってしまう。
「ああ、すまん。深い意味は無かったんだ」
「当たり前だよ。深い意味があったら大変だよ」
「あんたはどうしてゲームを諦めてしまったんだ」
「どうしてだろう。もう忘れた。ただ、おれとあんたは違う。それだけは確かだよ」
「だいぶ似て来たけどな」
「ああ、だいぶ似て来た」
そう言うと、三つ指はようやく笑顔になった。
三つ指に別れを告げ、ルイーダの前に行くと、ルイーダが私の顔を見てふと笑顔を見せかけて、慌てて顔を背けた。
「やあ。元気にしてたか」
「別に、いつも通りよ。あなたは随分痛い目にあったようですわね」
「ああ、もうほとんど治った」
「怪我までしたのに楽しそうなこと」
ルイーダが鼻に皺を寄せて皮肉を言う。
「君はあまり楽しそうには見えないな」
「ふん。それもいつも通りよ」
ルイーダは再び顔を背ける。私は、ずっと引っかかっていた事を聞いてみる。
「なあ、もしかしてなんだが、君はこの場所から動けないのか」
ルイーダが怒ったような顔で私を睨みつけ、何かを言いかけた。しかし、開きかけた口からは、何の言葉も出て来なかった。
ルイーダは口を閉じ、目を逸らす。
「だったらなんだって言うの」
「いや、ただ」
「ただ?」
「私に出来ることは何かないかい?」
ルイーダが、私を見つめて、口を開きかけるが、やはり言葉を飲み込んでしまう。
「ふん。あなたには何も期待してないっていつも言ってるでしょ。聞いてなかったのかしら?」
「そうか。それならいいんだ。気が変わったら、何でも言ってくれ」
「そんなことよりさっさと花を持っていらしたらどうなのかしら」
「頑張るよ。まだまだ先は長そうだけどな。それじゃ、私は行くよ」
私が立ち去りかけると、ルイーダが顔を上げた。
「ねえ」
私は足を止めて、振り返る。
「あなたには何も期待してないけど」
一旦言葉を切って、軽く目を伏せる。
「でも、ありがとう」
そう呟くように言うと、すぐに体を反転させて私に背を向けた。
スペードとの会話の中に、一つ引っかかる所があった。
私は、疑問の答えを見つけるために、フロンティアへ向かった。




