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ゲームを買いに その⑮

 トランスのオフィスは、修理屋の中でも特にわかりにくい場所にあった。

 入り組んだコンテナの迷路の中、薄暗い路地を抜け、螺旋状の階段をいくつか登った。


 オフィスの中は、明るい照明が灯り、暗い路地に慣れた目にまぶしいほどだった。

 内装はごくシンプルで、接客用のソファーとテーブルが一セットと、トランスが座っている事務用の机の他、大き目の棚が二つ壁に沿って並ぶだけだった。

 個人の会計事務所、あたりが近い雰囲気だろうか。


 トランスは、私にソファーに座るよう言い、自分も事務用机から立ち上がった。


「何か飲みますか?」

「何がある?」

「そう言っても、コーヒーしかありませんが」

「コーヒーを頂くよ」


 トランスは、棚からコーヒーメーカーを取り出し、セットした。カップを用意する間、香ばしい香りがオフィスに漂い始める。


「電化製品や水道なんかは、どうしているんだ」

「デパートの電気や水道をそのまま使ってますよ。細々した電化製品なんかは、ほぼ自作ですね。修理屋ですから、得意な者がいます」

「ほとんど人間の生活環境と同じ物が再現されているんで驚いているよ」

「グレイの店も、ほぼ我々修理屋が手がけました。まあ、トイレだけはありませんがね」

 コーヒーを注ぎながらそう言うと、トランスは軽く笑う。

「あんたでも冗談を言うんだな」

「他の者には、秘密にしておいてください」

 棚の置かれた壁と反対側に、写真が一枚飾られていた。

 写真には、森に囲まれた山の頂に聳える、白壁の古いお城が写っていた。

「ブラン城です」

 コーヒーを持ってソファーに座りながら、私の目線に気付いたトランスが言う。

「ドラキュラ伯爵のお城か」

「そうですね。もちろん、行った事はありませんが」

 トランスの入れてくれたコーヒーは、すっきりとした苦みとほのかな甘みが感じられる品のいい口当たりで、グレイの入れてくれる物より、はるかに美味しかった。


「今日は後足労いただき、改めてお礼を言います」

 ソファーに座ったトランスは、丁寧にそう言うと、軽く頭を下げた。

「本題に入る前に、少し聞いてもいいかい」

「私に答えられる事ならかまいませんよ」

「この世界の事を、少し教えて欲しいんだ。ここに来てから、考える余裕も無いし、何より住人たちと接していると、いろんなことが自然に思えて来てしまっているんだ」

「私が生まれた時には、すでにこの世界は当たり前に存在し、住人たちは当たり前に生活していました。多くの住人は、ここがどういう世界なのか、深く考えていないのかもしれませんね」

「私もいつの間にかそうなりつつあるよ」

「不思議なものですね。そもそも、私なら、最初に三つ指を見た瞬間に踵を返してここを出て行ったでしょうね」

「それを言われると、自分でもよくわからないんだ。なぜか、それが必要な気がして三つ指に話しかけ、ルイーダから花を受け取ってしまった」

「間違いの始まりですね」

「どうだろう。満更、間違いだったわけでは無いような気もしているよ」

 トランスは、ほんの少しだけ、驚いたように眉を上げた。

「この世界の成立には、魔女が関わっていたらしいことだけは聞いた事があります。その頃の事を知っているのは、恐らく魔女とまだら熊さんだけでしょうね。ずっと、昔の話ですから」

「この世界と、現実のおもちゃ売り場とは、どうリンクしているんだい」

「それは、私にもよく分かりません。同じ作りになっていて、同じおもちゃが存在しているというだけで、まったく関係は無いのかもしれません」

「もうひとつ、ゲームというのは何なんだ」

「それも、私が答えられない質問のひとつになりますね」

「わかった。ありがとう、参考になったよ」

「それでは、本題に入らせていただきます」

 トランスは、そう言うと珍しく一度私から目線を外して顔を下げると、一呼吸置いて話を始めた。

 その時には、いつもの覗きこむような鋭い視線が戻っていた。


「死体を見つけたのは、ピエロのクランです」

「クランって名前なんだな、彼は」

「はい。ある日の明け方、レース場裏の広場で、死体を発見したクランが私に報告に来たんです」

「この件を知っている人物はあんたとあんたのボスだけだと聞いたが」

「クランは、他人を不快にするような行動は出来ません。この件について他人に話をすること自体が出来ませんからね。私だけは、知る事を望んでいたのでしょうね。彼が私にだけは話せた理由は恐らくそういうことでしょう」

「なるほど、あんたはあんたで大変だな」

「死体は、狼男の人形でした。名前は、ウール。廃車が積み重なった隙間に押し込まれていました。修理不可能なほど、切り刻まれていました」

「それがあんたの友人なんだな」

「友人だった、と言うほうが正しいでしょう」

 逸らしそうになる目を、意志の力で繋ぎとめているように見えた。

「思い当たる事はあるのか」

「無くもありません。彼は、以前からドラッグを使用していましたが、ここ数ヶ月、それが度を越していました。彼の日常は、ドラッグに支配されつつありました」

 その辺りに、二人が袂を分かつ原因があったように思えた。

「ドラッグの売買にあんたは関与しているのか」

「いえ。主に、ゲーム・エリアの住人が取り仕切っています」

「分かった。その辺りから始めて見るのがよさそうだな」

「よろしくお願いします」

 私が立ち上がり、部屋を出かかると、早くも仕事机に戻ったトランスに呼び止められた。

「あなたのことですから、大丈夫かと思いますが、もしも身に危険を感じる事態になりそうでしたら、言ってください。助けを寄こしますから」

「いや、そういう時はすぐに逃げるよ」

「それがいいかもしれませんね」

「それじゃ、コーヒー、ご馳走様。グレイの淹れる物より圧倒的に美味しかった」

「あそこのコーヒーは飲めたものではないですからね」

 そう言って、トランスはようやく口元に笑みを浮かべた。


 修理屋を後にし、フロンティアに顔を出した。

 カウンターに座り、暇そうにしていたグレイに、残り物でチャーハンを作ってもらった。

 コーヒーは不味いが、酒と食べ物は美味しい店だ。チャーハンも下手な中華料理店よりも美味しかった。


「最近ウールを見かけたかい」

 カウンターの中の椅子に座って煙草を吸うグレイに聞いてみる。

「ああ、奴を探すのがあんたの仕事なのか。そう言えば、最近見かけないな」

「誰に聞けばわかる?」

「そうだな、ゲーム・エリアの奴らってことになると思うんだが、ウールと親しいやつなんて、いないんじゃないか」

「嫌われていたのか」

「ジャンキーだからな。ここでも何度かトラブルを起こして、追い出した事があるよ」

「トランスの友人だったんだろ」

「昔はな。あの頃は、乱暴者ではあったけど、面倒見もいいし、下の者には頼りにされてたんだけどな」

 グレイは煙草をもみ消すと、昔を懐かしむような遠い目になった。

「あの二人は、若いやつらの憧れだったんだぜ。頭の切れるトランスと、誰よりも強いウール。最強のコンビさ」

「あんたもその一人かい」

「まあ、な」

 グレイは、新しい煙草に火を付ける。

「それだけに、最近のウールには失望しかなかったわ」

「ゲーム・エリアの住人を誰か紹介してくれないか」

「ああ、ここで踊ってる女の子の中に、あそこの住人が何人かいるよ。そろそろ誰か来る頃だ。後で紹介してやる」

 

 少しの間、苦いだけのコーヒーを飲んでいると、店の扉が開き、同時に「おはようございまぁす」と若い女の子の声がした。

 グレイが入り口を見て、立ち上がった。

「ああ、ちょうどいいとこに来たわ。おい、マーフ、ちょっと来てくれ」

 呼ばれてやって来たのは、女子高生の制服を模したコスチュームを着た、ツインテールの女の子だった。

 どこかで見たことがあるような気がしたが、私にはそれが何のキャラクターかはわからなかった。

「なんですか、店長」

「この人の話しを聞いて欲しいんだ」

「あ、4Fさんですね。こんな有名人が、私にどんな用なんです?」

「私はそんな風に呼ばれているのか」

「フォー・フィンガーズの略で、ヨンエフ。四つ指さんよりいい感じでしょ」

「自分の事のようには思えないな」

「それで、私に何を聞きたいんですか」

「ウールが仲良くしている人を誰か紹介して欲しいんだ」

 マーフは、少し首を傾げて考える。

「ううん。今はどうかわからないけど、ウールさんて、リリカさんと付き合ってたんじゃなかったかな。彼女に聞いてみたら?」

「リリカさんはどこにいるんだい」

「ああ、そうか、リリカか」

 私たちの会話を聞いていたグレイが言う。

「リリカなら、修理屋の先にあるホテルに住んでるぜ」

「ホテルがあるのか?」

「ああ、自分のホーム・エリアにいたくない奴ってのがけっこういるもんでな、そういう奴が泊るホテルがあるんだ。白雪姫もずっとそこにいたんだぜ」

「そんな所があるとは知らなかった。私も泊れるのか? いい加減ヌイグルミに囲まれて寝るのもちょっと恥ずかしくてな」

「誰でも泊れるよ。受付のブブって婆さんに聞いてみな。リリカの部屋番号も分かるだろう」

「ありがとう。行ってみるよ。マーフちゃんも、ありがとう」

「どういたしまして。もっと聞きたい事があったら、私はいつもここで踊ってるから。たまには私のダンスも見て来てね」

「ああ、そのうちね」

 マーフを見送る私の目が、無意識に緩んでいたのかもしれない。グレイが、少しからかうように、私に声をかける。

「俺たちの見た目は、ずっと変わらないけど、歳は取るんだぜ」

「ああ、そう言えば、さっきも若いやつとかって言い方をしていたな」

「そうだ。それでな、マーフはああ見えて、人間で言えば、そろそろ30歳くらいだ」

 口を開きかけて、止めた。

 何を言っても、言い訳がましく聞こえてしまいそうだったのだ。

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