第3話 人質
シアラは扉の前で緊張に震えていた。一度は勢いよく聖女の前から飛び出したものの、時間が経つにつれ噂の元傭兵と出会うことへの不安感が増していたからだ。
(よく考えてみれば傭兵なんて話にしか聞いたこと無い……。大口開けてぐはぐは笑うおじさんだったりしたらどうしよう。いや、聖女様は年が同じくらいの理性的な人だといっていた。きっと紳士的な性格のはず!)
彼女は迷いを断ちきるようにかぶりを振ると、扉にノックをした。
「失礼します、聖女様の命によりお伺いしました、シアラと申します。シャンク様はいらっしゃいますでしょうか」
しかし、しばらく待ってみたものの応答はない。
(…外出中かしら?)
ほっとしたような期待外れのような感想を抱きなから、念のためもう一度ノックをしようとした瞬間。
「ぎゃあああ…」
「!?」
どこか遠くで悲鳴のような音が聞こえた。シアラは驚きから一瞬硬直したが、すぐに悲鳴の聞こえた方向へ走り出す。
近くに騎士は見当たらない。ならば事故の場合、少しでも速く人手が必要だろうという判断だった。
シアラが騎士舎から出、中庭に入ると茂みの側に3人の男が倒れているのを見つけた。
「大丈夫ですか!?」
思わず駆け寄り、声をかけた時だ。
「動くな!」
突然背後から腕で首を押さえられ、身動きを封じられる。
シアラは何が起きたか分からず反射的に暴れようとしたが、首元にヒヤリとした感触を感じ、すぐにおとなしくなった。
シアラを押さえつけた騎士服の男は叫ぶ。
「くそが、浮浪者上がりの傭兵風情が!お前如きが調子に乗るからこんなことになるんだ!」
シアラが前を見ると、黒い髪の男が立っている。顔の造形はよく整っているが、その見事な仏頂面が全てを台無しにしているような男だった。
「喧嘩を吹っかけてきたのはそちらだったと記憶している」
「うるせぇ!」
茂みで見えなかったが、恐らくこの二人は元々対峙していたのだろう。間抜けなことに、自分は喧嘩の真っ最中に飛び込んで行ったわけだ。
しかし
「喧嘩なら正々堂々と素手でやりなさい!刃物を持ち出した挙句、人質まで取るとは何事ですか!?」
まさか人質にこんな正論を言われるとは思わなかったようで、シアラを捕らえた男は一瞬呆然となる。
だが、すぐに我を取り戻し叫んだ。
「てめぇ、状況が分かってんのか!?大人しくしてろ、ぶっ殺すぞ!」
「貴方こそ分かっているのですか?ここは騎士団宿舎、すぐに騒ぎを聞きつけた団員たちがやってきます。人質がいるとはいえ、たった一人で数百の騎士団員相手から逃げられると思っているのですか?その上私は聖女様お付きの者です。帝国は聖女様の側の者を決して放ってはおきません。何があってもこの件を解決させるでしょう。それがたとえ犠牲の上に成り立つ物であってもです」
男は明らかに怯んだ様子を見せる。このまま説得できると踏んだシアラは言葉を続けた。
「今の状況ならまだ事を大きくする前に解決できます。必要ならば私から聖女様への口添えもしましょう。第一、先ほども言いましたが喧嘩ならば人質など取らず正々堂々と行うことです。仮にも騎士が守るべきものを捕らえるなど言語道断…」
「いや、それはおかしいだろう」
とても人質とは思えない態度のシアラが朗々と続けていると、無表情の男が言葉を遮った。
「む、何がおかしいというのですか」
「その男は私に勝つために最善の行動をしたに過ぎない。それが人質という手段であったとしても、君が批判する資格はない」
「被害者ですよ、わたしは!?」
「被害を受けたのは君が不注意だったからだ。むしろ私はこの状況でも諦めないその男を評価する。四人で襲いかかるのも、刃物を使うのも、人質を取るのも勝利を目的とするのなら当然のことだ」
「うわ、この人たち4人で襲いかかったんですか」
「ああ。まぁ最初から武器を使えばいいものを、何故か素手で襲って来たのは不可解だっが」
「つまり、4人で襲いかかったものの敵わず、刃物を取り出して威嚇したところへ私が現れ、咄嗟に人質にしたということでしょうか」
「その認識で間違っていない」
「なんと情けない…」
「うるせぇ!」
黙って聞いていた男もここで切れた。