【第8話】笑い飛ばされたトラウマ
グラウンドの裏手、古びた用具倉庫の陰で、ミラは膝を抱えてうずくまっていた。
「……なんで、いつもこうなるのよ」
ポツリとこぼれた声は、涙で震えていた。
「泣いてるの?ミラ」
不意に上から降ってきたのんきな声に、ミラは弾かれたように顔を上げた。
そこには、いつものように涼しい顔をしたアルノが立っていた。
「ア、アルノ……見ないでよ!あんたには関係ないでしょ!」
慌てて袖で涙を乱暴に拭うミラに、アルノはふわりと微笑み、彼女の隣にしゃがみ込んだ。
「関係なくないよ。同じDクラスの仲間だもん」
その飾らない言葉に、ミラの肩の力がふっと抜けた。
彼女は手元に転がっている無骨で太い杖をぎゅっと握りしめる。
「……フォルテシモ家は、攻撃も回復も完璧にこなすのが当たり前の家系なの。でも、ワタシはダメ。少し魔力を流しただけで全部爆発しちゃう。高級な杖を持たせてもらっても、ワタシの制御できない魔力ですぐに粉々に砕け散っちゃうから……こんな、ただの丸太みたいな安物の杖しか使えない」
自嘲気味に笑うミラの瞳には、深い諦めと劣等感が渦巻いていた。
「家族にも見放されたわ。ワタシなんて、味方を回復するどころか、巻き込んで吹き飛ばすだけの欠陥品よ」
「欠陥品なんかじゃないよ」
アルノはきっぱりと言い切り、ミラの丸太のような杖を指さした。
「その杖、ちょっと貸してみて」
「え?うん……」
ミラが戸惑いながら杖を渡すと、アルノは右手にはめていたダミーのグローブをスッと外した。
無数の細い指輪が陽の光を反射してきらめく。
「ミラの出力は大きすぎるんだ。例えるなら、巨大な水門が全開なのに、ホースの先を誰も持っていない状態。無理にせき止めようとするから、杖が耐えきれずに爆発しちゃうんだよ」
アルノは極小の魔力を指先に込め、眼鏡のブリッジを押し上げた。
「だから、せき止めるんじゃなくて、余分な魔力を『外に逃がしてあげる』道を作ればいい」
キュインッ!!
微かなキャスト音と共に、アルノの五本の指が、まるでピアノの鍵盤を叩くように軽やかに杖の上を滑る。
「えっ……!?」
ミラが目を丸くしている間にも無骨な木杖の表面に、うっすらと日焼けしたように唐草模様が浮かび上がる。
木目の質感が透けて見えるほど淡く、それでいて美しい柄。だがそれは間違いなく、直径1ミリほどの極小ルーンの緻密な集合体だった。
ものの数秒で、アルノは手を止めた。
「はい、完成。特別製の『アタッチメント(余剰魔力排出陣)』をルーンステッチで縫い込んでおいたよ」
「えっと……これ、何をしたの?」
受け取った杖をまじまじと見つめるミラに、アルノはにっこりと笑う。
「ミラの有り余る魔力を、杖の中で無理に抑え込むんじゃなくて、ルーンを通じてキラキラした光の粒子として外へ安全に排出する仕組みさ。これなら、必要な魔力だけを的確に魔法に変換できる」
「そんなこと……」
信じられないという顔をするミラに、アルノは立ち上がり、手を差し伸べた。
「ボクのルーンを信じて。さあ、もう一度グラウンドに戻って、みんなを驚かせてやろうよ」
差し伸べられたアルノの手と、自信を湛えたその笑みを前にして、ミラは思わず息を呑んだ。




